番外編 | ナノ
桜吹雪のない空 (7/13)


    
  

   



「色々話すと長くなるから……、
ちょっと場所変えねぇ?」



その通常運転のレオの提案により、サクラ達はこの狭い路地裏から移動した。
最中「サクラさん達は俺を送ってくれたとして、その後はどうするか」という質問に、サクラは「この世界を見て回る」と答えた。ならば、宿が必要かという問いには、野宿するからいいと答えると、レオはピシッと足を止め、ぶんぶんと首を横に振った。曰く「女の子が…女の子が…野宿とか…麗しの美女が野宿とか…汚れる汚れる汚れるあかんあかんあかん…女の子ならポケセン泊まれ!」と何故か熱弁された。「お前もポケモントレーナーなら野宿するだろ」と、知人の女ったらしを想像して若干引きながら言うと「この際泊まってけ。こーゆー街の夜はチンピラ多くて面倒だから」と。
そんなもの、一蹴できる自信があるが確かに毎度毎度チンピラに絡まれたらまともに寝れない。それに、チンピラが多いという事は警察も多いということで……。
「だけど、この世界じゃ、このトレーナーズカードなんて使えないだろ」とバックから出したカードを見せたら、レオは眉を寄せてなんじゃこりゃと呟いた。レオもトレーナーズカードを見せてくれたが、サクラからしたらこれが、なんじゃこりゃ。形状は似ているが、書かれている内容が全く違った。
これは確かに使えない。ならばと「俺が借りてる部屋に泊まれば?」と提案される。

「今さ、俺の手持ちも部屋で待機してるんだ。
そいつらを野生に帰してほしいし。もち、俺が帰った後な」
「……手持ちがいるんだな。
どれくらい?」
「えーと……4、かな」
「へぇ、少いな」
「手持ちとか、つくるつもりなかったし」
「…………」
「サクラは?」
「今は6。帰ればもっといるけど」
「そりゃ賑やかでいいな!」
「………あとで、詳しい話聞くからな」
「うーん……話せる限りな」
「ぜ、ん、ぶ、だ、ぜ、ん、ぶ」
「……努力するけど期待すんなよー?」
「…………?(なにに、だ…?)」

まだ今一、レオの事を理解しきれない。
それが信用できない理由に繋がっているのだが……笑ったままの、レオの横顔を見詰めたサクラ。何かが、引っ掛かった。
何か、奇妙な胸の突っ掛かり。

それを理解するには、まだレオを知らなすぎた。
そうしている内に、ポケモンセンターについてしまった。

ポケモンセンターの外装、内装はサクラの世界のものとは特に大きな違いはなかった。
しかし、元の世界で有名人であり人気者であるサクラが、このような公共の場に来て顔を見られても、人だかりにならないのは新鮮なことで、自分の世界とこの世界が類似している故に、更に新鮮だ。それくらいだろうか。違いなど。
ロビーの受付に、何も変わりなくジョーイさんが居て、レオの顔を見て「お帰りなさいませ」と言い、隣のサクラの顔を見て「ポケモンセンターにようこそ」と言い、お辞儀をする。
エスカレーターに乗り、レオが借りる部屋まで歩くまでの違いはやはりなく、その部屋にたどり着いた。

「あ、サクラさんのポケモン出したらどうだ?
部屋広いの借りてるし、多人数でも大丈夫だし」
「なんでそんなの借りてんだお前」
「いやぁ、うちのコがヤンチャするからさー」
「……じゃ、預けとくわ」

「…………あ、
因みに俺の手持ち、異世界とかそんなんナニソレなんSF?って感じだから、
ピカチュウちゃん達、ナイショにな?」
『はいはい、あとでリザードン達にこっそり伝えとくよ…』
「頼むな、ピカチュウ」
『サクラの頼みなら!』

「……本当にサクラなつかれてるなぁ」

俺の手持ちもみんなそーならいーのになぁと、唇を尖らせながら……レオは自分の部屋のドアを、開けた。今、手持ちと遭遇してしまうかもしれないのに、彼女は何も躊躇なくそれを開けたのだ。
その瞬間、だ。
地響きのような足音が響いた。

「……おいコラ……」

───それと地鳴りのような、低い青年の声。
あ、とレオが声を上げて、何故かドアを閉じようとした。が、何かがが飛んできてドアの隙間に入り込むとつっかえ棒となり、完全に閉める事ができない。
後ろで眺めていたサクラとピカチュウは、思わず臨時体制に入ってしまった。何故なら、ドアの隙間に挟まったのは…………ぎらりと薄く翠の光を宿した鋭い刃の、ナイフだったからだ。
……その僅かに開いたドアの隙間を、ガシッと掴む手が、部屋の中から現れた。ギギギギッと鈍い音を響かせて、抉じ開けるように開いてしまったドア。レオは、あーららーと笑ったまま抵抗したが解き放ったドアからは、ひとりの人物が出てきた。
深緑の長い髪をうなじ辺りで括り、鋭く細い碧眼を人目を避けるように、長い前髪が流れている。その人物は米神を引き攣らし、眉間の皺を深く刻んだ顔立ちはそれでも美しかった。美形と言われる分類に入るであろうその人物は、思わず女性かと見間違えてしまう程だったが、低い声としっかりとした体つきから、男性。青年である。
その青年は、レオを鋭く強く、恨みと怒りを混ぜたような眼付きで睨むのだ。殺気付きで。

「……おい、閉めてんじゃねぇよ…能無し…」
「やぁ、アイ君、
今日はやけに機嫌が悪いなぁ」
「誰のせいだ…死ねクズなに勝手にまたチンピラ狩りに行ってんだよ死にてぇのか殺してやろうかこの馬鹿単細ぼ、」

「はいはーい、
とりあえずこれパスな」
『え』『は?』

青年の淡々と怒りを溜め込んだ言葉の羅列を、華麗にスルーしたレオはサクラの肩からピカチュウを突如抱き上げた。
それを抵抗するまでもなく、ピカチュウは青年の高いところにある頭に押し付けられたのだ。一瞬、呆気に取られるピカチュウと青年を良いことに、もはや苦笑まで浮かべるサクラから、モンスターボールがついたベルトを預かったレオは、たらい回すような自然な流れで彼に押し付けた。
咄嗟に受け取った青年は、やっと我に戻る。

「……なんの真似だ馬鹿。
電気鼠のおもりなんざ、もうあの半端野郎で手一杯だ」

『オイコラなんだとお前』

「半端野郎ってユウくんのコトかい?
まぁいいや」
「良くねぇよ阿呆」

「俺、ちょっとこの美女とデートしてくるからさ!」
「デー……ッ、」
「はぁ? てめぇそろそろ精神科と眼科逝けよそして死ね」
「罵倒のオンパレードひでぇ」

いや、これは酷いというレベルではないのでは。そうサクラが思うも、レオは慣れたように微笑むと、そのままターン。
サクラの手を掴むと、反対の手を挙げた。

「じゃ、
“すぐ戻るから”」

───サクラと、ピカチュウにだけ分かる、自然な口調で吐いた嘘。
何も変化はなかった。笑顔にも行動にも言葉にも。
それをキープしたまま、彼女は輝かしい笑顔を残し走り出した。
……その刹那、まるで許さないと言うように、青年は開いてる手で、彼女の、レオの手を掴んだのだ…。
パシッ……廊下に響く、音。
静寂がいくらか走ったあと、前を向いていたレオが、やっと振り返る。……そこにあった、青年の顔は、先程と何も変わらない。険しい、怒っているような顔だった。───少なくとも、サクラとその青年の頭に乗っていたピカチュウには、そう見えた。
レオには、どう見えたのだろう。彼女は、無言で睨んでくる青年に、困ったように、笑うだけ。

「─────“大丈夫だって”。
説教は“後で”“絶対に”“聞いてやるから”」

眉を下げて微笑んで、嘘を言うだけ。
───それが青年からはどう見えたのかは、分からない。

サクラはただ、青年の手を振り払ったレオに掴まれた手を引かれ、
そこから離れていった。



─────────本当に置いていったのは、自分ではないのに、
サクラは小さく遠ざかっていく立ち竦む青年を、肩越しに見詰めて、
胸を痛めた。

前を向けば見える、走るレオは、まだ笑っていたと思う。





 
  
     


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