番外編 | ナノ
桜吹雪のない空 (6/13)


    

   



「わぁ、ピカチュウちゃん可愛いなぁ。
しかもいい毛並み! 明らかにウチのユウくんよりふわっふわだ! どんなブラッシングしてんの!?」
『気安く触んなし! 電撃喰らいたいの?』
「申告してくれるピカチュウちゃんマジ天使!
アイ君とかと大違い!」
『…………あんた、本当になにがしたいのさ…』

それと、ユウくんアイ君誰だし。え?俺の手持ち。…あ、そう。
レオに食い下がるピカチュウだったが、笑顔を絶やさず臆せず、こちらに合わすように屈んでくる彼女に、調子は狂いっぱなしだ。
もう本当に電撃くらいなら放っていいだろうか、と真面目に思考していたが、ずっと黙ってふたりのやり取りを見ていたサクラが割って入る。

「……なぁ、あんた」
「うん?」
「あんた……、」

本当に何がしたい?
その質問は何度でもしたいが、今の優先すべきなのは……。瞳が自然と、レオの何も飾られていない耳に向かう。

「……どこに翻訳ツールつけてんの?」
「ん?」
「いや、だから、」

翻訳ツール、どこにつけてんのさ?
笑顔のまま首を傾げたレオが、惚けているのかと思ったサクラは強い口調で、自分の右耳を指差してみせた。その耳には、綺麗な雫のような装飾がついているイヤリングがつけられている。
それに対して、彼女は耳に何もしていないように見える。見えない、耳の中側につけられるコンパクトサイズなのだろうか。他にブレスレット、指輪などはしているようには見えないし、唯一の彼女の装飾品、笛のペンダントのそれは、質感が違った。もっと安っぽい……ただの金属だ。
見えないサイズの翻訳ツールなのだろうか? だとしたら、この世界は技術が進んでいる。少なくとも、サクラが住んでいる世界よりかは。
少し、のみではなく、とてもそれに興味が湧いたサクラだが……レオは首を傾げたまま、あっけらかん。笑みを変える事なく、少女は言う。

「そもそも翻訳ツールってなに?」

「……はぁ?」
『え? あんたさっき持ってるって……』

「言ったっけ? んなコト」
『はぁあ? 言っただろ……、』


────へぇ、キミ“も”持ってんのかい?
────いやぁ、便利な世の中になったなぁ。


『言った………言っ……………い……、
…………ええええぇ……』

「な? 言ってないだろ?」

「いやいやいや、でもあんた“キミも”とか言っただろうが!」
「言ったカモだけど、誰も“俺も”なんて言ってねーぞ?」
「っっっはぁぁぁああ!?」

何を言っているか理解し難い言葉である。ぎょっと驚いて立ちすくむサクラに、くすくす笑う少女だが、そこからは馬鹿にするようなものを何故か感じず、ただ楽しそうだ。
呆然と固まるのはこれで何回目か。だが、これは……おかしい。
口八丁で騙されたと違いない出来事は、それほど問題がない。問題があるのはその言葉から浮かび上がる“矛盾”である。

『……え?
じゃあ、なに? あんた僕の言葉、勘で答えてた訳?』
「まっさかー、俺別にユンゲラーとかじゃねーし」
『やっぱし通じてるんだけど!?』

「……ふーん、翻訳ツールってやっぱ、ポケモンの言葉を理解する為の機械なんだなぁ」
「…………正確に言うと、
全ての言葉を自動翻訳できる道具だよ」
「え、なにそれ凄い。ドラえ●んのほ○やく○んにゃくみたいな?」

言葉の内容はふざけているが、見開かれた右眼はキラキラ輝いていて真面目に驚いているようである。
更に「あたしの世界では日用必需品。種類はイヤリング型、ピヤリング型、ピアス型、ネックレス型、ブレスレット型、指輪型とか…色々あるよ」と補足をすると「へぇえ……SF〜」と子供のように、羨ましそうに言う。
……この様子だと、この世界には翻訳ツールなどというものはないらしい。しかも、夢のまた夢、のような感じだろうか。
ならば、
ならば、この少女は? 何故、ビカチュウの言葉を理解した?

「……なぁ、この世界の人間はみんなポケモンの言葉が理解できる……、
なんて能力を持ってるのか?」
「あっはっはっ、まっさかー。
…………こんな能力持つヤツなんて、俺だけじゃねーの?」

───こんな能力……その言葉に、疑問を感じた。便利な能力だ。レオのポケモンの言葉が分かるそれは。
そう思ったサクラの疑問を感じ取った少女は、聡い。

「便利は便利だぜ。野生のポケモンとも会話はできるから、無駄なバトルをしなくてすむし。
……けど、無駄な関係を持つのも確かだぞ」
「無駄な……関係?」
「そ。
某有名な博士には質問攻め。やばそうな組織には目ぇ付けられる。某波動使いには興味を持たれる。手持ちの、相棒の言いたい事が分かってしまう。
………キミと出会っちまったのも、この能力がなきゃ、あり得なかったワケだ」

ほら、キミも今、俺を普通とは見ず、興味を持っている。
彼女は、笑みを変えず言葉は淡々と紡ぐ。そこから感じ取れる明確な感情はない。ただ、言葉の表面的なものとしては、彼女は“迷惑”をしているのだろうか。
表情は、依然として楽しそうで、分からないけども、

「……“迷惑”なら、なんであたしなんかに声をかけたんだよ?
わざわざ、跡までつけて……」

意味が分からないと肩を竦めて言うと、彼女は右眼を細めて、にこりとしながら立ち上がった。
今一度、サクラとレオの視線がが交わる。

「だって、
俺の目的は背に腹は替えられない、ものだからな」

──────少女は、手を後ろに。


「俺は元の世界に帰りたいんだよ」


──────まるで遊園地に来た子供のように、くるりと回った。


「ここで、ひとつ質問。
キミたちはどうやってこの世界に来たんだ?」


楽しそうに、笑いながら、微笑みながら、


「────できるなら、
俺を帰してくれ…」


僅かに開いた右眼は、切実な願いを宿していた。
───サクラとピカチュウは、はっと息を飲んだ。
今まで疑問を抱いていた数々のいくつかが、パズルのピースのようにかちりと嵌まったのだ。

何故、跡をつけてきたか。それはサクラが彼女と共通点があったから。
何故、サクラとピカチュウの会話に食い付いたのか。それは彼女にとって、キーワードだったから。
何故、彼女は意図も簡単にサクラが話す異世界を信じたのか。
何故、異世界がキーワードなのか。

それは、彼女が、レオという少女が、
サクラと同じ異世界人であり、迷い人、だったからだ。

なるほど…だからか……。唖然としたままで、静かに溢すサクラに、レオは「うん、納得してくれたよーで嬉しいわ」と表情をぱっと一際明るく染めた。
彼女が語る言葉に嘘はないだろう。こんな嘘をつく者など、異世界を知る神しかいないのではないだろうか。

「あんた……いや、レオ。
レオが望むなら、今すぐでも帰してやれる」
「っ!」
「だが、」

帰してやれる。その言葉を待ちわびたというように、レオの右眼が開かれ、拳に力が入っていた。
だが、この言葉に眉を引き攣らす。笑みこそ崩れないものの、確かに緊張という文字が顔に出ている。そんな少女に、サクラは強い口調でいい放つ。これが条件だと。

「レオの、正体。過去。この世界にやってきた経緯、方法。
包み隠さず、全てを話して貰う。
それが、あたしがあんたを信用するかの条件だ」

「───……信用、ね。
その信用、ってのが帰してくれる対価ってヤツ?」

「そうだ。
……安いもんだろ?」
「ははっ!
……くそ高ぇよ」

ニヤリとお互いに不敵に笑う。
そして、レオは自分の右眼と同じ色をした空を仰ぐと、静かに息を溢した。

「…………背に腹は、替えられねぇ……、
ってコトだよなぁ」

しゃーねぇか。
その呟きは、交渉成立を表していた。




    
   


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