番外編 | ナノ
桜吹雪のない空 (5/13)

   
     
    
 

本来ならば、伸ばされた手をかわし、掴み、サクラ自慢の背負い投げを披露すべきだった。だが、何故か身体が上手く動かない。本能が、何故か勝手に拒否反応を見せた。その結果が、これだ。

「…………」

ひらひらと、青空に舞った帽子は重力に逆らうこと等できず、地面に落ちてしまう。
と、同時にその帽子に隠していた──────綺麗な茶色の長い髪が、膨らむように溢れ出た。艶のある女性らしい髪から溢れた香りは、この緊迫した空気に似つかわしくなかった。
更に曝されたのは─────綺麗に整った、美しい顔立ち───。

フードの下で、少女は眼を見開いた。
すっと高い鼻。シャープな顎のライン。大きなダークブラウンの瞳は、強い意思を感じさせる強い正義の光を宿したそれは、眩しい。ふっくらとした唇は桜色で、柳のような眉……。花も恥じらう乙女……まさに、そう表すべき美女が、そこにいたのだ。

少女の僅かに見える空色の左眼と、サクラの瞳。正反対のような目付き、色、宿す光。それらが、今はお互い困惑という同じ感情を写している。
反撃、追撃、攻撃をお互いすべきなのだろうが、なにもできなかった。少女は口元の笑みを固まらせピシリと動きを止めて、それに釣られるように、サクラもピカチュウも何をすべきなのかを全て忘れたように、思考回路が完璧に凍結してしまった。ただ一驚。やっと彼女の隙を見付けたと思ったら、何故固まる?
かと思ったら、

「〜〜ぅぁあ……っっ」
「『……!?』」

膝を地面について、顔を両手で覆うとか細い声を挙げた。奇声のようなそれを漏らし、ぷるぷると震える彼女は一体何だろう人間か?人間なのか?こんな意味不明なこいつが?それともこの世界ではこれが当たり前なのか?色々な場所に行き、色々な人に出会ってきたけどこんな意味不明な言動する奴なかなか居な…、

「ぃ……」
「『い?』」

「癒しぃいいいいいいいぃいいいいい!」
「は? ──うぎゃぁあーっ!?」

それはまるで弾丸のよう少女がサクラに飛びかかってきたと、反動で地面に投げ出されたピカチュウは後に、同じ仲間であるリザードン達に語り警戒するように呼び掛けたのは、これが原因である。
漫画でありふれる目がハートへとクラスチェンジした、奴がサクラの首へ腕を絡ますように抱き付きにかかったのだ。奇声を発して。
それのみでも充分異様で、ジューサーさんに通報されてもおかしくない状況だが、ここから更に彼女の暴走は始まる。……既に始まってたのか……。

「ああぁ、やべぇ久々に正統派美人に出会ったやべぇやべぇやべぇなにこれ誰これ天使なの女神なの女神降臨しちゃったの大丈夫なのこんな汚い街に来ちゃって大丈夫なの汚れちゃわないの清純な美人だよ天使だよ女神だよ嫁だよ美しすぎるよ大丈夫なの大丈夫なのみんな目やられてないか眩しすぎる女神降臨で目瞑れない某ファンタジー映画の大佐になっちゃわないかバ○スされちゃってないか因みに俺は既に目がぁああぁあ目がぁああぁあぁああぁあ!!!!」

「……」『……』


どこからか流れ出すポクポクポクという木魚を叩く音と、震える少女の声。感極まっている、ように聞こえる。聞こえただけだ。
実際、サクラとピカチュウは夢から覚めたような呆けた顔である。何も聞こえないように思える。ワニノコのようにぽかんと口を開いたまま、微動だにできないふたり。
なぁ、ピカチュウ。うん、なにサクラ。あたし、どうするべき? 逃げていいの? いいのこれ? ……うん、気持ちは分かるぞサクラ……でも、これ、一歩でも動いたら駄目な気がする……。

「ぁああぁあぁああぁあくそ萌えぇえええええぇぇえええええぇぇえええええぇ」
「『ひっ』」

駄目な気がする。
主に彼女の頭が。手遅れな気がする。
バシィイッと奴の手は、色白いサクラの小さな手を握った。それを握る手も、幼げに小さいがそれに気にするほど、余裕があるものは今この場にはいない。

「いやぁ、お姉さん美人だなぁ美人って言葉が足りないぐらい美人だなぁ解語の花花顔玉容別嬪佳人どんな言葉を使ってもそれに恥じないほどおキレイだとは急に声かけちゃってごめんよお詫びといってはなんだがどうだい俺とお茶でもしないか?」
「『なんて言った今!?』」

「いやぁ、お姉さん美人だなぁ美人って言葉が足りないぐらい美人だなぁ解語の花花顔玉容別嬪佳人どんな言葉を使ってもそれに恥じないほどお綺麗だとは急に声かけちゃってごめんよお詫びといってはなんだがどうだい俺とお茶でもしないか?」
『あんた凄いな地味に!!』

本当に地味だけどな!

「いやぁ、照れるなぁピカチュウちゃん。誉めすぎだぞー」
『いやどこが!? 今のどこに誉めすぎ要素があった!?
寧ろお前だろ誉めすぎなのは! いや、サクラだから当然なんだけどな!』
「おい、ピカチュウ……」

「へぇ、お姉さんサクラっていうのか」
「『あ゙』」

───不審者に名前知られた、だと……!?

「いや、そんな衝撃的な顔されても」

ピカチュウちゃんが口滑らせただけだから、俺悪くないから。苦笑しながらそう言うと、サクラを腕の中から解放すると身を離すした。自分のフードに手をかけながら。

「こっちだけ名前知ってるのもアレだしなぁ」
「え……、」

いきなり何を言い出す? 困惑するサクラに、にっこりと微笑みを浮かべたその顔が、突如としてさらけ出された。少女が、自分からフードを剥ぎ取ったのだ。
───黒いコートに身を包んで、今まで散々理解不能な行動を取ってきたその不審人物は、意図も簡単に正体を自身から現したのだ。

「俺は、レオ。
ポケモントレーナーをしてる」

穏やかな口調。だが、男っぽいそれとは合わない、少女らしい顔立ち。
深海を思わせる深い藍の髪をセミロングまで伸ばし、左眼につけられた眼帯を隠すように前髪は長く、確認できた右眼は鋭い空色の薄い光を宿していた。肌色は、サクラのものよりも白い。いや、不自然に青白くも見えた。
レオ、と名乗る少女は、やはり少女だった。だがしかし、ふたりが想像していたものより、なんというか……あまりのギャップが……。
少女は、レオは笑顔輝き、それがよく似合う可愛らしい容姿である。……どうにも先程の凄まじい動きと、不審な行動を見せた少女と同一人物には見えない。

「いやぁ、サクラさんって髪キレイだなぁ。どうやったらこうなんの? 天性? 天性なのか? 俺の髪さー手入れしねーからか傷みっぱなしでさーほら、ネコミミみたいにぴょんっと跳ねちゃってさー、あ、因みにこれチャームポイントな。傷んでるけど」

……今の瞬間、あぁ、こいつやっぱり同一人物だわとふたりは同時に考えを改める。
口を閉じてればまとも。口を開けば変人不審者。それがレオに対する第一印象だった。



   
  
   


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