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「恋に落ちる音?」

『そう。恋に落ちる音』

「それって例えばどんな?」

『ドキッ、とか。きゅん、とか』

「んー、個人差あるよねぇ」

『だから、一成くんの場合』

「え〜?オレの場合?そんなん知ってどうすんの?」

『参考にする』

「えっ何の?」

『今後の人生』

「重〜い!!責任重大じゃん!」

『大丈夫、あくまで参考だから!』

「ええ……?」

『はい、一成くんの恋に落ちる音まで!さん、にー、』

「わわっ、待って待って!」

『もー、なあに?さすがに初恋まだとか言わないよね?』

「言わないよ!大学生だよ!」

『じゃあはやくはやく!』

「え〜?ていうか恋に落ちる時って、ほとんど無意識なんじゃないの?」

『……たしかに』

「でしょ?」

『ちぇ。つまんないの』

「…………まあ、でももし音で表現しろって言われたら」

『?』

「……じわり、かな」

『じわり?』

「じーん、でもいいけど。心臓の芯までじわじわあったかくなる音」

『…………一成くん』

「ん?」

『……間違ってたらごめん。一成くん、好きな人がいる?』



美しい翡翠色の双眸を真っ直ぐに捉えて訊ねると、彼はあからさまに身を強ばらせた。
わたしは何も言わない一成くんを尚もじっと見つめ続ける。

空間いっぱいに立ち込める沈黙に耐えきれなくなると、彼はやがて小さく頷いて、それからゆっくり噛み砕くように、うん、と呟いた。

……そっかあ。

ふっと視線を落として自分の指先を見つめる。
下を向いてしまえば目から水滴のひとつでも零れ落ちてきそうなものだと思ったけれど、どうやら真っ白になってしまったわたしの頭では複雑な感情を処理することすら困難なようだった。

そのままどのくらいの時間が経過したのかはわからない。
突然視界に影が差したものだから、それでわたしはようやく顔を上げたのだ。

思ったよりもずっと近くに一成くんの顔があった。息を呑む。

彼はわたしの両手を取ると、やけに真剣な表情でじっとこちらを見つめた。
その瞳に熱が籠っていることに気付いたわたしは、反射的にその身を引こうとする。
それでも彼は、暖かいその手を決して離そうとはしなかった。



「…………好きな人、いる。誰だと思う?」



その意味すら察せないほど、わたしは鈍感でもお子様でもない。

じわり。

ようやくわたしの視界を歪めたそれは思ったよりもあったかくって、凍りかけていた心臓の芯をゆっくりゆっくり溶かしていった。



後日、とっくに恋に落ちている時にもそんな音が聞こえるの?と訊ねると、一成くんは一瞬きょとんと小首を傾げたあとで、とびきり幸せそうに笑った。