「ねえ」
『ひぇっ!?びっくりした!真澄くん!?』
「うるさい、大袈裟」
『だって急に背後から声かけられるんだもん!びっくりするよ!』
「分かったから静かにして。監督に気付かれる」
『え…いづみさん?なんで?気付かれちゃまずいの?』
「まずい。サプライズだから」
『サプライズ?』
「そう。もうすぐ監督と俺の結婚記念日」
『ごめんもう1回ゆっくり言って?』
「もうすぐ、監督と、俺の、結婚、記念日」
『綴くーん!今日の真澄くんサイコレベル5ー!』
「うるさい黙れ。さっきも言った。知能指数低すぎ」
『いやマジで君には言われたくない』
「とにかく結婚記念日だから、相談がある」
『ハイハイもうなんでもいいよ…相談?』
「そう。プレゼントに何を渡すか」
『ほーう。なるほど。プレゼントねー』
「3日前からほとんど寝ずに考えてるけど一向に浮かばない」
『馬鹿じゃねーの!寝て!仮にも役者なら身体が資本なの分かってるでしょ!』
「俺の身体より監督の方が大事」
『アホか!いづみさんがここにいたら真澄くんの身体の方が大事だって言う!!絶対言う!!』
「……相思相愛…」
『マジでなんなの?私部屋戻っていい?』
「だめ。プレゼントの案出してから」
『えー…。プレゼントねえ。カレーのクッションとか』
「それはもうあげた」
『珍しいカレー粉とか』
「それもあげた」
『カレーのレシピ集とか』
「それは最初から持ってる」
『じゃあ分かんない!いづみさんの好きなものなんてカレーくらいしか知らないもん!』
「はぁ…使えない」
『ふざけん……あ。もう一個あった』
「何?」
『演劇』
「?…渡せない」
『渡せるよ。この雑誌見て、ここ。見える?』
「ビロードウェイ特集?」
『そう。うちの次の公演も載せてもらってるんだけど、それはさておき…ここと、あと確かここかな。この間いづみさんが行きたいって言ってた劇団の公演』
「!」
『高いスパイス沢山買っちゃって今月厳しいから諦めるんだって。真澄くんがチケット手に入れて連れてってあげなよ』
「……デート」
『そ、デート。どう?使えない?』
「使える。ありがと」
『どういたしまして。喜んでくれるといいね!』
「………俺がいちばん好きなのは監督だけど」
『知ってる』
「いちばん信用してるのはアンタ」
『………え?』
「これやる。お礼」
『……飴』
「アンタ、イチゴ味っぽい。嫌いだったら食べなくていい」
『え!た、食べる!』
焦った私が上擦った声でそう言うと、ソファからゆっくり立ち上がった真澄くんがうすく笑う。
私たち以外に誰もいない静かな談話室で、吸い込まれそうなくらい澄んだ瞳に私の間抜け面だけが映っていた。
真澄くん、やめてくれ。その技は片想いに効く。