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世界で1番気に入らない男が、俺の妹の彼氏になった。

▽△

『じゅーざ』
「……は?」
『……って呼ぶの、どう思う?』
「クソどうでもいい」

談話室に飲み物を取りに来ると、なまえがひとりでソファーに座っていた。
すぐに戻るとまた至さんの無限周回に付き合うことになるので、少し時間を潰そうとその隣に座っただけだ。
チャンネルを適当にいじって、めぼしい番組がなければSNSのチェックでもすればいい。そう思って。

だから別に、こいつとわざわざ無駄話をしようと思ってそこに腰掛けたわけではないのだ。
つまり俺が何を言いたいのかと言うと、そう。

座る場所をミスった。畜生。
ただそれだけである。

『兵頭って、私のことを“摂津妹”って呼ぶのよ』
「知ってる」
『万里のことは“摂津兄”って呼ばないのに』
「俺の方が先に知り合ってんだから、そりゃ認識的には俺が“摂津”になんだろーよ」
『そうなんだけど、そういうことじゃないの』
「めんどくせえ」

吐き捨てて、遠い目をしたままテレビの画面に視線を移す。が、どの局もCMばかりでつまらない。
スマホのデジタル時計を表示させれば、20時56分という微妙な時間だった。ドラマもバラエティーも21時からが本番だが、生憎今日はこれといって見たいものもない。

小さくため息をついて、仕方なく肩を落とした。
結局こいつの話を聞くことくらいしか暇つぶしがなさそうだ。

『付き合って1ヶ月になるの。名前で呼ばれたいって思うの、変?』

なまえが不安そうにそんなことを言うので、思わず笑ってしまいそうになるのを堪える。
付き合っている女のことを名前で呼ぶなど、相当特殊なケースを除けば普通極まりない話だ。当然逆も然り。

「大学生にもなって何に悩んでんだよ。別に初めて男と付き合うわけでもないだろ」
『そりゃそうだけど!』
「んじゃ別に今までの男と変わんねーだろーが」
『……か、変わる』
「あ?」

左眉をはね上げ、なまえに目線を移す。
と、そこには見たことのない顔をしたなまえがいた。

両頬を手で覆ったそいつは、照れ隠しからか顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけている。
むっとしたように突き出した唇が小さく動いた。

『……好きな人と付き合ったの。はじめて』

俺は思わず視線を逸らした。
居心地が悪い。腹の辺りがむずむずする。

そもそも何が楽しくて双子の妹から恋愛相談を受けなければならないのか。
こんなに気まずいのは兵頭と手錠で繋がれたクソみたいなあの日以来である。あれだって、気まずさよりも怒りの方が勝っていたというのに。

どうしたらいいのか分からなかった俺は、ひとまずこの状況から逃げることにした。立ち上がってペットボトルを手に取る。

「名前くらい、適当に呼びゃいーだろ。どうでもいいことにばっか悩んでんじゃねーよ」

無愛想にそう言ってから、談話室を出る。
ドアを閉める直前、振り返った視界に、だよねえ、と苦笑いをするなまえが映った。

▽△

報告をしてきたのは、なまえではなく兵頭だった。

お前の妹と付き合うことになった。
たしか2、3日も覚えていられないような、そういう簡素な台詞だったと思う。

その時の俺は恐らくアホ面を晒していただろうが、実のところ、心のどこかで納得もしていた。
なまえがこいつに惹かれることに、さして違和感を覚えていない自分に気が付いたのである。

甚だ遺憾なことだが、俺にとって兵頭十座という男は特別だった。それはどうしようもなく認め難い事実であり、同時になまえにとってもそうであることの裏付けにもなりうる。

つまりどういうことかというと、なまえが俺をあからさまに意識しながら生きている時点で、兵頭に惹かれることは必然だったのだ。なぜなら俺自身が兵頭を追いかけ、ここへ入団することを選んだから。

最初からそうだった。そういうふうに出来ていた。
俺が兵頭に執着すればするほど、なまえの中でもあいつの存在が肥大化していく。

そりゃそうだ。そうなるよな。
これは訳の分からない双子パワーでもなんでもない。
ただ単純に、理にかなっている。

理にかなっているから、無性に腹が立つのだ。

『そういえば、さっちゃんって分かる?』

声が聞こえて、ふっと意識を戻した。
何をしていたのだったかと考えて、ああ、と小さくつぶやく。
そうだった。飯を食い終えた後、リーダー会議のための書類を自室に取りに来たのだ。

ノブに引っ掛けていた手をピタリと止めて、意図せぬうちに息を潜める。
どうやら扉を挟んで向こう側に、俺のドッペルゲンガーがいるらしかった。

『大学でいつも私と一緒にいる子』
「分かんねぇ。お前、毎回違う奴連れてるだろ」
『そうでもないわよ。ほら、一昨日のお昼に私のこと迎えに来た』
「……ああ。髪が短くて背が低い」
『そうそう』

その子がさっちゃんって言うの。仲良しだから覚えなさいよ。
なまえはそう言って、恐らく両腕を組んだ。恐らく、と言うのは向こうの様子がこちらから見えないためだが、それならなぜ分かったのかと言うと、それがあいつの癖であるからだった。

俺に対してもそうだが、なまえは特定の相手に対してのみ命令口調で話すことがあり、そういう時には決まって腕を組むのだ。
この寮内でそれに当たるのは、親族である俺を除けばたったひとり、兵頭だけ。
初めてこの寮を訪ねてきたあの日からずっとそうで、多分そういう意味でも、なまえにとって兵頭の存在は最初から特別なものだったのだと思う。

「で、そのさっちゃんがどうしたんだ」
『ああ、うん。なんか、怖いんだって』
「あ?」
『十座のこと。怖いって言ってた。ウケる』

俺はドアノブを見つめながら、ふん、と鼻を鳴らした。

十座、ね。
なんだ。呼べてんじゃねーかよ。あんなに悩んでたくせに。

『あんた、ただのスイーツ男子なのにね』
「……馬鹿にしてんのか」
『えー、怒った?』
「怒ってねえ」
『うそだあ。怒ってんじゃん』
「……うぜえ」

面白くねーな、と思った。気分が悪い。
それでついに、思い切り扉を開けたのだ。
バン、と予想以上に大きな音が鳴ったが、左京さんの怒鳴り声が飛んでこなかったので気にしないことにする。

部屋に足を踏み入れると、兵頭のベッドに寝そべってスマホを眺めているなまえが目に入った。
びっくりしたように目を丸くしているが、そうしたいのはこちらである。

もとより低かった機嫌のバロメータが更に下がっていく音がする。
こいつは馬鹿か。彼氏とはいえ男の部屋に入りこんでベッドに転がるなど、軽率にも程がある。

しかも相部屋の相手は俺だぞ。よりにもよって血の繋がった兄貴だぞ。
なんで俺が現場を目撃するかもしれないリスクと隣り合わせで生きなきゃなんねーんだよ。ふざけんじゃねーよ。

チッ、と短く舌打ちをして、大股で自分の机へと向かう。
と、そこに低い声が飛んできた。

「リーダー会議じゃなかったのか」

話しかけてきたのは窓際に立つ兵頭だった。
そんな所で何をしているのだろう。外はどんよりと曇っているし、そもそも黄昏れるような柄でもねーのに。
そう思ったが、その手に握られたぐしゃぐしゃの台本を見てすぐに腑に落ちた。本読みをする時、たいていこいつは窓際に立つのである。

目線だけそちらへやって、また戻し、机上を漁る。
目当てのものは積まれた資料類の1番上にあったので、すぐに見つかった。

「忘れもん取りに来ただけ。邪魔者はすぐ退散すっから気にせずどーぞ」
「……」
「ああ、終わったら連絡入れとけよ。先に会議終わっても別に、適当に時間潰しててやっから」

ひらひらと手を振りながら、来た道を戻るため踵を返す。
おちゃらけたように無理やり上げた口角がひくついていた。俺は自分のことを器用な人間だと自覚しているが、こういう時に限って言えば、感情を隠すのは得意でなかった。

面白くない。

面白くない、面白くない、面白くない。
なんか、むかつく。

どす黒いものを心臓の中心に抱えながら、俺はふと、頭のどこかで自問を浮かべている自分に気付いた。

面白くない。なんか、むかつく。
無性に腹が立つ。形容し難い苛立ちが募る。

……それは一体、“どちら”に対して?

俺が答えが出せぬうち、その男は口を開いた。

「……お前、最近何考えてんだ」

そんなん、俺にだって分かんねえよ。

しおらしく返すつもりが、気付けば兵頭に殴りかかっていた。

▽△

目の前で何が起こっているのかよくわからない。
それでも絶対に止めなくてはならないことだけが、今確信しているすべてだった。

『ちょっと万里!突然何してんのよ!』
「……るせえ」
『やめなさいってば!』
「うるせえ!!!てめえは黙ってろ!!」
『はあ!?』

急いでベッド脇の梯子に手をかけるが、数秒の時間すら惜しくて飛び降りる。意外と綺麗に着地が出来た。
ぎょっとする兵頭……いや、十座と目が合う。その顔がおかしくて笑えたけれど、さすがにそんな余裕はないので、急いで2人の元へと駆け寄った。

どうして、どうして、どうして。
万里が十座に向かって拳を振るっている。十座は避けたりたまに手のひらで受け止めたりするだけで、やり返す様子を全く見せない。

どうして。訳がわからない。でも、何とかして止めないと。

『万里!やめなさい!』
「離せ!邪魔してんじゃねえ!」
『もう!なんで十座も止めないの!』
「…………」
『返事ぐらいしろや!!!』

万里の肩を掴んで引き離そうとするけれど、男の力に敵うはずもなく、呆気なく振りほどかれる。
声を上げることしか出来ない自分が腹立たしかった。

せめてこの騒音に誰かが気付いてくれればいいのだけれど、生憎この部屋が煩いのはいつものことだ。気にとめてもらえない可能性が高い。

どうしよう。
混乱することしか出来ずにいると、万里が今にも消え入りそうな声で言った。

「うぜえんだよ、なんでお前なんだ。なんでこいつなんだよ」

途端に心臓がどくんと脈打つ。
ああ、これは。私と十座のことを言っている。

気が付いていた。分かっていた。
私と十座が付き合うことを、万里が最初から良く思っていないこと。

気が付いて、知らないふりをしていた。
むしろ軽い調子で、鈍感ぶって相談なんて持ちかけていた。

だって、どうしたらいいのか分からなかったの。
家から離れたこの寮で、万里に認めて貰えなかったら。1番に分かって欲しい、1番に応援して欲しい、万里に見放されたら。
どうしたらいいのか、見当もつかなかったの。

下唇を噛んで、ゆっくりとふたりから離れる。
じゃあ、だめだ。万里がそれで憤っているのなら、私と十座に落ち着かせることなんてできない。

左京さんに協力を願おうと部屋を飛び出そうとした、その刹那のことだ。

突然低いバリトンが空気を揺らした。
十座の声だった。

「俺は、なまえに惚れてる」

……時間が、止まったのかと思った。

息ができない。瞬きの仕方が分からない。
髪の一本一本から足の指先まで、絵画に描かれた実在しない人間みたいに、固定されたまま動かすことが出来ない。

万里もぴたりと動きを止めて、十座の口元をじっと見ていた。

「なまえのことを大切にしたい」

十座は続ける。

「10年後も20年後も出来ればその先も、傍にいることを許されたい」

ゆっくりと、自分の言葉で、この場にいる、この場にある、すべてに誓いを立てるように。

「なまえの傍にいることを、てめぇに1番、許されたい」

深く頭を下げた十座に、誰も、何も言えない。

こういうの、苦手なくせに。
自分の気持ちを言葉にして伝えたり、誰かに対して主体的に歩み寄ろうとするなんて、普段なら絶対にしないくせに。

初めてだ。こんな風に、私への好意を口にしてくれたのは。
そんなものは無くてもいいと思っていた。そういう奴だと知っていたし、私を想ってくれていることは態度で分かるから、そんなものは無くても構わないと、そう思っていた。

なのに。

『……私の名前……初めて呼んだ……』

そんなふうに言ってくれるなんて、どうして想像できるだろう。

ほんの少しだけ。決して大きくはない脳みそのたった数ミリ分だけ、気がかりだったこと。
愛の言葉はいらない。元からそういうのが似合うような関係じゃないから。
お姫様扱いもいらない。王子様を好きになったわけじゃないから。

それでもただひとつ、欲張ってもいいのなら。
名前を呼んで欲しかった。
万里ではなく、私の名前を呼んで欲しかった。
他の誰でもない、兵頭十座という男に。

「……ムカつく!」

その場に突然しゃがみ込んだ万里が、ゴン、と鈍い音を立てて、思い切り床を殴った。
ぎょっとしてその手元を見ると、握りしめられた拳が震えている。力を入れすぎだ。爪が手のひらにくい込んで、血が流れてすらいるかもしれない。

「ムカつく!ムカつく!ムカつく!!」

万里は心底不快そうに、何度も何度も繰り返した。
私も十座も、何も返すことが出来ない。

万里は確かに短気だけれど、ここまで感情を露骨に見せるのはそうそうないことだった。

「……俺だって、何にムカついてんのか分かんねえんだよ」

柄にもなく弱々しい声色で、そんなことを言う。

「てめえのことも、なまえのことも、どっちもムカつく。何なんだよ……なんでよりもよって、お前らなんだよ」

ああ、と思った。ようやくストンと腑に落ちる。
私は思い違いをしていたのだ。

正直、自惚れていたのだと思う。
万里が不機嫌なのは、端的に言えば、私を取られたからだと思っていた。

私が珍しく恋愛事に夢中なものだから。私が珍しく、自分から好きだと告げた相手であるから。
だから十座に私を取られたようで、それに対してむしゃくしゃしているのだと。
それで私と十座が付き合うことを良く思っていないのだと、勘違いしていたのだ。

ああ、恥ずかしい。浮かれていた。
万里に対して、なんて烏滸がましい考えだったのだろう。

万里は十座に私を取られ、それと同時に私に十座を取られたのだ。

十座はおそらく現在の万里にとって、誰より近い存在だった。それでいて、誰より遠い存在でもある。
それは一等強い光で、世界中にたったひとり、万里の前を走り続けることを許された存在だった。
私にとって万里がそうであるように。

だからつまり、万里の中でもきっと、結論は既に出ているのだ。

“なんでよりにもよって、お前らなんだよ”

その一言にすべてが集約されている。
万里にとって特別な人間がふたり。それが同時に背を向けたと思ったのだろう。
万里に背を向けて、ふたりだけの世界へ行ってしまったのだと。きっとそう思ったのだ。

……私に言わせてみれば、それこそ勘違いも甚だしい。

『あんた、なに柄にもないことばっかり考えてんの』

私は腕を組んで、床に身を伏せる万里を見下ろした。
そうしてふん、と鼻を鳴らすと、その青い瞳に言い放つ。

『いい?万里は調子に乗ってないといけないの』
「…………は?」

ぽかんと擬音でもつきそうなほどに間抜けな表情でこちらを見ている万里。
私はしてやったり、と思った。こんな表情を見ることはなかなかない。最後に見たのはもしかしたら中学生くらいだったかも。
まあそんなことはどうでもいいのだけれど。

『あんたはいつも飄々としてて、私はいつもそれに腹が立ってるの。毎日世界中の人間が俺のことを好きみたいな顔して生きてるのが死ぬほどムカつくの』
「あ?喧嘩売ってんなら、」
『でもそれが万里なの。それが、私の憧れてる万里なの』

万里は閉口した。
否、正しくは閉じてはいないしそれどころか大きめに開いているほどだが、それきり何も言い返さなくなった。

私はそれをいいことに、話し続ける。

『それが私の憧れてる万里で、きっと十座が負けたくない万里よ』
「…………」
『ずっとそうなの。私も十座も、万里に1番負けたくないの。変えたくないから、変わらないで欲しいの』

ねえ、どうしたら変わらないでいてくれる?

ただの我儘をそのままぶつける。
私が十座と付き合い始めた時点で、変わらないなんて出来るはずないのに。
だって万里は私の兄貴で、私の彼氏になった男はこいつにとって1番気に入らない男だ。だから本来、そんなのは不可能に決まっている。

それでも万里なら、きっと変わらずにいられる方法を知っていると思った。
今のままで誰も、何も変わらない方法を知っている。

確信して、そう言った。

すると万里はしばらく黙り込んでしまう。
30秒か、40秒か、もしかすると1分くらいは過ぎてしまったかもしれない。わりあい長く思える時間だった。

そうして万里は突然立ち上がった。
驚いて数歩後退れば、壁にごん、と頭をぶつける。
私は思わずギャッと、ねずみが驚いた時に出すような潰れた声を上げた。続けて痛い、と叫びそうになるが、それは叶わなかった。

万里が先に口を開いたからである。

「3日!!!」
『……へ』
「落ち着くから、俺がこの部屋出たら3日ほっとけ。俺に話しかけんな。てめーもだ兵頭。いいか。稽古と業務連絡以外、一切話しかけんじゃねーぞ」
『わ、わかった』

勢いに押されてこくこくと何度も頷くと、万里は満足気に鼻を鳴らした。
万里を挟んで向こう側で、十座が「おう」と短く返事をしたのが聞こえる。

次に万里は振り返り、そちらを向いた。
また殴りかかったりしないだろうかと一抹の不安が過ぎったが、その口から飛び出してきたのはたった一言、しかも私が1ミリたりとも予想していないものだった。

「……許す」

何に対してそう言ったのか。聞かなければ意味がわからないほど鈍感ではない。

“なまえの傍にいることを、てめぇに1番、許されたい”

十座の声が、何度も頭の中に反響した。

「こいつのことは泣かせても別にいい」
『えっ』
「結構丈夫だから、ある程度なら雑に扱ってもいい」
『は?』
「ついでに知ってるとは思うがヒグマだ。守らなくていい」
『ちょっと』

あまりにも兄貴の台詞じゃなくない?
ドン引きしながら口角を引き攣らせていると、万里は最後にこう言った。

「でもお前と付き合ったことを後悔させたら殺す」

……なんだそれ。
真面目な顔をして、そんなふうに言うのはずるい。

十座はひとつ頷いて、当然だと返した。それにもなんだかむずむずしたから、視線を逸らして窓の外を見つめる。
てめえこんな時によそ見かよ、などと悪態をつかれるが、うん、何も言い返せない。

「なまえ、お前さ。俺に恋愛相談とかすんの、もうやめろよ」
『ぎゃあ!本人の前で言う!?』
「あ?なんだ、俺に不満でもあんのか」
『いや!全然大丈夫!何でもない!万里は後で校舎裏な!』
「どこだよそれは。別にいいだろ、解決したんだから」
『そうだけどもさ!』

慌てたように捲し立てる私と、いつものように落ち着きを取り戻した万里。
よく分かっていないのかそれほど興味がないのか、十座はそれ以上、特に追及してこようとはしなかった。

ジト目で睨みつける私に、万里は言った。

「俺に変わるなっつーなら、お前も変わんじゃねーよ」
『…………そうだね。ごめん』

うん。本当にそうだ。

反省して俯いた私の額をこつんと小突いて、万里はからからと笑った。
憑き物が落ちたような、どこか清々しくも見える笑い方だった。

十座を好きになった。間違っていたとは思わない。
十座に好きだと告げた。間違っていたとは思わない。
それでも万里が、どこか遠慮がちになったのが嫌だった。だからといって、どうしたらいいのかも分からなかった。

双子だから。
相手の気持ちを察することを、相手と心を通わせることを、そんな一言で何度も何度も片付けてきた。
それでも言葉にしなければ分からないことだって、いくつもあるのだ。

気付けば曇っていた空が随分と明るくなっていた。
今日は雨が降るかと思っていたのに、どうやら予想が外れたらしい。

晴れたら外でデートがしたい。
先週買った新作のワンピースがある。それを着て、お気に入りの靴を履いて出かけたい。
映画を見て、甘いものを食べて、観劇をして、話し疲れたらまたここに帰って来たい。

台本の読み合わせを手伝ってみたい。同じ部屋で試験勉強をしてみたい。
3日経って万里の気持ちが落ち着いたなら、その時はふたり揃って至さんの部屋に突撃したい。

少し先の未来に思いを馳せながら、私はゆるやかに笑った。

「おい。デカい音が聞こえたが、何かあったのか」

そんなことを言いながら左京さんがやってきたのは、それから少しあとのことだ。