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「#エロ」のBL小説を読む
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この寮には双子の兄妹がいる。
姓は摂津、名は万里という兄の所属は秋組で、妹のなまえは彼よりも随分後になってここへ入寮してきた新顔だ。

よく知る者たちに彼らの印象を尋ねれば、おそらく様々な答えが返ってくるだろう。
自由。捉えどころがない。近寄り難い。気が短い。美しい。運動能力が高い。発言力がある。要領がいい。エトセトラ、エトセトラ。

そのほとんどを持ち合わせていない俺にとっては羨ましいことこの上ない評価ばかりだが、今回の件には全くもって関係がないのでひとまず俺の話は置いておくことにする。

さて、そのように2人1組の印象が強い彼らは、互いを「もう1人の自分」と表現することがたびたびあった。
確かにふたりは顔だけでなくその勝気な性格もよく似ているし、すぐに手が出るところなんかそりゃもうそっくりである。

だから言わんとすることは分からなくもないけれど、実際にそのような存在がいない俺にとってはやはりいまいちピンと来ない感覚だった。
……だった、と過去形で語ったのは、この寮内に双子が揃ったことによって、たびたび起こる不思議な現象を目の当たりにするようになったからだ。

つまるところ現在の俺は、些か非科学的な確信を持って、彼らが“ふたりでひとつ”であることを理解しつつあるということである。

堅苦しい前置きはこの辺にして、早速語っていくとしようか。
たとえばこの日なんかは確か、俺が深夜からぶっ続けでプレイしていた新作のゲームがようやくひと段落ついたところから始まったような気がする。

▽△

談話室にやって来ると、彼女を含む数人がテレビドラマに夢中になっていた。
なにしてんの、と気まぐれに声をかけてみたところ、扉に一番近い位置に立っていた椋から返事が返ってくる。

「録り溜めてた天馬くんのドラマを見てるんです。今季の、えっと……月9だったような」
「ふうん?いい役なの?」

問いながら既に、イエスが返ってくるのを察していた。

我らMANKAIカンパニーが擁する皇天馬という男は所謂時の人というやつで、ここ数年の映像分野においては視聴率の王様と言っても過言でないほどの人気を誇っている。
連続ドラマでは毎シーズン見かけるあの男が端役でないことなど、流行に疎い俺からしても火を見るより明らかだ。

「ヒロインに恋をするライバル役なので、とっても目立つ役ですよ!」
「なる、当て馬理解。美味しい役どころだね」
「至さんはどうされたんですか?」

俺が冷蔵庫を開けるのと同時に、小首を傾げた椋が訊ねてきた。
買い置きしておいたコーラを取り出しながら、ついでにつまめそうなものはないかとキッチンを漁る。

深夜から何も食べていなかったため、いつの間にやら訪れていた空腹に漸く気が付いたのだ。
休日に朝食を食べないのはいつものことだから、特に気にしてはいなかったのだけれど。

「俺は目が疲れたから休憩中」
「あはは、なるほど。お疲れ様です」

柔らかく笑いながら労りの言葉を述べてくれるこの少年は、齢15にして既に人間が出来上がっているらしい。
初めの頃こそネガティブ思考が目立ったが、慣れてくれば物腰柔らかで話しやすい、感じのいい少年だった。彼も高校生になったので、もう青年というのが正しいのかもしれない。

取り留めもないことを考えながら冷蔵庫を閉じる。
めぼしいものはなかったから、どこかで臣か綴を見かけたら軽食を強請ろうか。

そうしてふたたび来た道を戻ろうとした時、もうひとつの用事を思い出してあっと声を上げる。

「そういえば誰か万里知らない?共闘誘いに来たんだけど」

その場にいた劇団員たちがそれぞれ首を振った。
知らない、と返事をしてくれた奴らも何人かいて、俺もありがとうと返す。急ぎのクエストでもないし、別にわざわざ探しに行くほど優先すべき事項でもない。

小さく溜息を吐いてから今度こそノブに手をかければ、男ばかりの室内に凛としたソプラノが響いた。

『待ってれば?もうすぐ来るよ』

え?

振り返ると、表情ひとつ変えないままでこちらを見るなまえと目が合う。
俺が困惑していると、彼女もきょとんと首を傾げた。頭に疑問符を浮かべているようだが、彼女の言っている意味がよく分からないのはこちらの方である。

「えー……と。わざわざ呼んでくれたの?」
『え?ううん。私のスマホ、部屋に置いてきたし』
「あ、なんか用事あって約束してた?とか?」
『万里に用事なんてあるわけないじゃん』

いやいやお前ら何かにつけて一緒にいるだろ無意識か?などと苦笑してやりたかったが、短気な彼女がブチギレることは目に見えていたので、すんでのところで堪える。
代わりに「じゃあなんで」と口を開きかけたところで、廊下の向こうからバタバタと忙しない足音がふたつ、競うような速さで近づいてきた。

何事かと思っていれば、俺が手をかけたままのドアノブが突然がちゃりと音を立てて向きを変える。
驚いて咄嗟に飛び退くと、ほとんど同時に二人の男が談話室に飛び込んできた。

「だーかーら!あそこの台詞はもっと感情剥き出しでいいっつってんだろ!」
「それだと表現として安っぽいだろうが。抑える方が場面に合ってる」
「調子に乗ってんじゃねーぞ。決定権はリーダーの俺にある」
「監督だろ。お前じゃねえ」

入室するなり互いに殴りかからんと拳を握りしめる男たち。
彼らこそが秋組名物の犬と猿、摂津万里と兵頭十座の2者だった。

慌ててソファから立ち上がった一成がふたりの仲裁に入る。
近くにいた椋なんかは驚いて部屋の隅まで逃げてしまったらしく、俺もそれに倣ってこっそりソファの方へと移動した。

自分で言うのも何だが、俺は面倒事の処理には向いていない。春組はこのような喧嘩などとは無縁の比較的温厚な面子が揃っているが、その中で生まれたごくごく平和的な問題すら綴に丸投げしているのである。
今春24歳になりました、精神年齢末っ子です。どうぞよろしく、といった感じだ。
我ながら大いにクズである自覚はあるが、本当に劇団や春組が困った時には必ず尽力するから許して欲しい。
明日から本気出す、だ。今のところその兆しはないけれども。

いや、そんなことはどうでもいいのだ。
お目当ての万里が運良く目の前に現れたわけだが、ぎゃあぎゃあと騒がしい彼らの怒鳴り声をBGMにして、もはや俺の興味はなまえにあった。

うるさいなあ、天馬の台詞が聞こえないじゃん。
独りごちながらリモコンを操作する彼女に近寄り、ねえ、と声をかける。

こちらを向いたなまえの瞳が、ビー玉のように丸く透き通って見えた。

「なんで万里が来るって分かったの?」
『へ?』

“もうすぐ来るよ”
先程の彼女の言い方はなんだか、とても不思議な感じがした。

来る気がする、でもなく。
来るんじゃないかなあ、でもなく。

もうすぐ来るよ、というのは、勘などという頼りないものに基づいているのではないのだと分かる、妙に確信めいた言い回しだ。

まるで、未来を知っているみたいに。

『だって、分かるから』

彼女は俺に向かってそう言った。
至極当然のことであるかのように、この世における常識であるかのように、俺に向かってそう言った。

理由などない。
だって、分かるから。

呆れて言葉が見つからない。
何と返すのが正解なのか全く見当もつかなくて、俺は床に向かって吐き捨てるみたいに、「なんなのおまえ」と顔を歪めた。

なまえはずっと不思議そうに目を丸めたまま、俺のことをじっと見つめていた。

▽△

騒ぎを聞き付けてやってきた左京さんにシバかれ、漸く大人しくなった万里の勧誘に成功した俺は、またも自室に籠ってコントローラーを握っていた。
隣では万里がぼりぼりと買い置きしていたスナック菓子を頬張っている。食っていいと許可した覚えはないのだが、共闘を快諾してくれたのでまあいいだろう。

今年度に入ってから同居人となった卯木千景という男は俺の会社の先輩で、これがまた神経質な人間であるので、万里にも一応こぼすなよとだけ忠告しておく。
一応、というのは、現状彼がこの部屋にいる時間はごくごく僅かで、実質俺の一人部屋が継続されている状態であるからだった。

この部屋を汚しても恐らく先輩は気にしない。夜になれば出て行くから。
理由は知らない。どこへ行っているのかも。

彼は秘密主義者だった。
俺が何も聞かないのは、身に覚えがあるからだ。誰にだって隠したいことのひとつやふたつあるに決まっている。

「万里ぃ」

自分で思っていたのよりもえらく間延びした声で彼の名前を呼ぶと、なんすかぁ、とこれまた気だるげな返事が飛んできた。
画面を見つめる両目とコントローラーを操作する両手はそのままで、それまで前傾姿勢を維持していた万里がソファの背にもたれ掛かる。

話を聞きますよの体勢だ。
ゲーム内でありがたく回復アイテムの恩恵を受けながら、俺は先程から気になっていたことを訊いてみることにした。

「ねえ、なまえって人の気配とか分かるの?」
「はあ?気配ぃ?」

素っ頓狂な声を上げながら、あいつは忍者かよ、などと笑う万里に顔を顰める。

あの不可解ななまえの言動が腑に落ちないのは俺の方だというのに、なぜ俺が馬鹿げたことを言っているような扱いを受けなければならないのか。

むっとして万里に一連の流れを説明してやると、漸く納得したらしい彼は「なるほどな」と頷いて、早々に結論から述べた。

「それ、謎の双子パワー」
「……は?」
「俺らにもよく分かんねーんだけど、ガキの頃からお互いの居場所が分かるんすよね。まあ感覚としては何となくだけど、大体当たる」
「ってことは、万里も超能力者ってこと?」
「はあ?超能力?んな便利いいもんじゃねーって」

俺とあいつの間にしか適用されねーもん。
万里はそう言って笑った。

他の人間が近づいてきたって誰が誰だか分からない。足音を聞いても判別なんてつかないし、まして2階に咲也がいたところでそれを言い当てるなど到底不可能である。
それがなまえであるなら簡単なことなのだけれど。

万里はそのようなことを言った。
俺はもはや考えることを放棄しようとしている自分に気がつく。万里がよく分からないというのだから、誰にもよく分からないに違いないではないか。

例えばいつだったか、こんな文献を読んだことがある。

一卵性双生児に同じだけの金額を入れた財布を与え、同じショッピングモールへ連れていく。
時間いっぱいモール内を見てまわり、彼らがどんなものを購入して帰ってくるのかを調査する。

この実験では双子の趣味嗜好が似通っているかどうかを調べる目的で行われたものだったが、結果は学者の予想を遥かに超えていた。
簡潔に述べると、彼らは全く同じものを全く同じだけ買ってきたのだという。

だだっ広いモールの中の、数ある店の中の、膨大な数の商品のうちのひとつ。それを、ピンポイントでいくつも揃えてきたのだ。

結局何が言いたいのかと言うと、双子というのはそのくらい、常人には理解し難い次元で物事を共有しているのだということだ。
読んだ時にはまるで信じられなかったその実験結果も、今なら信じざるを得ないと言える気がする。

苦笑したその時、ガシャン、と音を立てて何かが床に落ちた。
驚いて意識を戻すと、足元にコントローラーが転がっている。
万里が握りしめていたものだ。これを落としたのか。

「おいお前、これ俺のなんだから……」

茶化しながら覗き込んで、息を呑む。
いつも飄々としている万里が顔を歪めていた。
苦痛に耐えるようなその表情に、何事かと焦りが生まれる。

「……万里、どうした?」

問いかけながら万里の手元を見ると、右手で左手の指先を握りしめるようにして抑え込んでいる。
万里が何も言わないので無理やり右手の拳を開かせるけれど、そこには何の変哲もない綺麗な指が5本並んでいるだけで、万里が何に苦しんでいるのかは全く分からなかった。

タチの悪いドッキリか?俺が慌てふためくのを楽しんでいるのか?
一瞬過ぎった考えを自ら否定する。万里の表情は切羽詰まったもので、冷や汗のようなものまで額に張り付いているのだ。これが演技なら紬や丞、あの天馬にだって引けを取らない。

痛みを耐えるように重たい息をひとつ吐いた万里が、漸く深く息を吸って「……あいつ」と眉間を抑えた。

……あいつ?

「切ったか、折ったか……いや、たぶん切ったな。折れたならもっと鈍いだろ」
「おい、何ブツブツ言ってんの。急にどうしたんだよ。お前、変だぞ」

ハッとした万里が顔を上げてこちらを見てくる。
気まずそうに視線を逸らすものだから、俺は逃がすまいと肩を掴んだ。

「切ったって何?指?お前の指からは血のひとつも出てないけど?」
「あー……えー……」
「その様子じゃもう痛みもないみたいだな?なんで?切ったのに?てかあいつって誰?」

まさかお前が今更厨二病に罹患するとも思えないんだけど?

捲し立てるように問いかけ続ける。
いつの間にかゲームモニターにはGAME OVERと表示されており、俺と万里のキャラクターが地面に倒れ伏していた。
が、それももう気にならない。目の前で起きたよく分からない現象の方がよっぽど重要である。

「……来てっから」
「は?」
「こっち。もう向かって来てっから」

諦めたようにため息をついた万里が、この部屋を示すように人差し指で床を指さした。
まるで訳が分からなくて眉をひそめれば、そのうちにこれまた忙しなくバタバタと足音が聞こえてくる。

俺が理解する前にそれはどんどん近づいてきて、この部屋の前でぴたりと止まった。
続けてゴンゴンゴン!としきりに催促するかのような、豪快な音のノックが鳴る。

慌ててわけも分からず「はいはいはい!」などと返事をしてしまったのだが、怪獣のようなそれを招き入れてしまって本当に良かったのだろうか。
正直なところ、扉の向こうにいるのが一体誰なのか、とっくに見当がついてしまっているのだけれど。

そうして勢いよく扉を開けて飛び込んできたのは、やっぱり俺の予想通り、美しい両目に微かな涙をたたえた彼女だった。

『万里!!バンソーコーちょうだい!』
「馬鹿なまえてめえ!掴みかかんな!汚れるだろうが!」

ぽかんと呆ける俺をよそに、早くも双子が取っ組み合いを始めようとしている。
我に返りひとまずなまえを宥めようと近寄っていけば、彼女の左手の人差し指から血が滴り落ちているのが目に入った。ぎょっとする。

「なまえ、とりあえず落ち着いて。えーと、タオルないからティッシュで押さえて」
『あっ床!ごめん至さん!てかそもそもここ至さんの部屋じゃん!』
「今気づいたの?」
『うん、万里辿って来たから』

万里辿ってきたから。

先程までなら訳の分からなかったその文脈も、今なら何とか理解出来る。
彼女は万里の部屋ではなく、万里がいる場所に向かってきたのだ。
何も考えず、自分の心の赴くままに、万里の気配を辿ってきたのだ。

平然とそんなことを言うが、俺でなければ話が通じていないだろう。

「絆創膏は俺も持ってる。取ってくるからここにいて」
『わー!ごめんなさい重ね重ね!』

その場を離れてラックまで移動する。
確か薬の類と一緒に小さな箱に仕舞っていたはずだ。ここで生活をするようになってから一度も使ったことがないので、恐らく未開封のまま残っているだろう。

箱ごと見当たらないので、探しながら会話を続ける。
クソ、こんなことなら少しでも片付けておくべきだった。反省したところで次には生かさないが。

「どうしたの、その指」
『臣くんに料理教えて貰ってたんだけど、私の不注意で切っちゃって』
「包丁?」
『そう』

顔を顰める。それは痛いな。
万里が「結構深いな」などと呑気に宣っているので、おそらく割とぱっくりやっているのだろう。

臣と一緒だったのならその場ですぐに傷口を洗わせただろうから、そのまま貼ってしまっても大丈夫だろうか。
漸く目当てのものを見つけて再び彼女の元へと戻ると、彼女は俺に向かって「ありがとう」とはにかんだ。

「貼ってあげる。自分じゃ無理でしょ」
『ほんとだ』

呆れながらも手を出すように言うと、なまえは素直に従った。
万里の言った通り、傷はかなり深い。もしかすると跡が残ってしまうかもしれない。

痛々しい傷口を封印するかの如く丁寧に絆創膏を巻き付けてから、これでよし、と呟くと、彼女はまた俺に礼を言って笑った。
笑える事態ではなかったのだけれど、本人がすでに痛みを忘れているのならそれでいい。というかあれだけ深く切っておいてもう痛まないなんて、やはりこいつは野生児か何かなのだろうか。

俺が礼に欠いたことを考えているとは露ほども知らず、なまえはすぐに部屋を出ていった。
料理の練習に戻るとのことだが、果たしてあの指で作業を継続出来るのだろうか。
俺なら猫の手を作ることすら不可能なように思えるが、彼女の生態は俺とはまるで違うらしいのでよく分からない。

そんなことを考えながら、嵐の去った空間でぽつりと万里の名前を呼ぶ。
万里はなんすか、などと適当な返事をしながら、テーブルの上のお菓子をつまんだ。こいつ、いつまで食い続ける気だ?

「……ねえ、もしかしてさあ」
「あー……考えてること、合ってるっすよ。たぶん」
「お前、俺の心読めるの?やっぱ超能力者じゃん」
「アホかよ。目の前で見てただろ。誰だって分かるわ」

包丁を使っていたなまえが怪我をしたのは、左手の人差し指だった。
そして万里が抑えていたのもまた、左手の指先だった。

“たぶん切ったか。折れたならもっと鈍いだろ”
傷口も見ていないうちから万里がなまえの怪我の詳細を言い当てたのは、“折れたならもっと鈍いから”。

痛みが、だ。折れたなら、もっと鈍く痛むのだ。
もっととは、何と比較して?

現在進行形で感じている、自分の感覚と比較して。

この双子はつまり、非常に信じ難いことに……痛みの感覚を共有している。

「そんなことって有り得るの?」
「知らねーよ。毎回ってわけじゃねーし」
「あれ、そうなんだ」
「ちょっとした怪我ならほとんど何ともねーけど、骨折とかはめちゃくちゃ痛い」
「なまえ、骨折ったことあるの?」
「右腕な。1回だけ。ジャングルジムのてっぺんから真っ逆さま」
「想像出来てしまう」

そりゃ万里も痛かっただろうな、と言いかけて、ハッとした。
いやいやいや。何受け入れてんだ、俺。

普通に考えておかしいだろう。痛みの共有なんて、天地がひっくり返っても有り得ない。
風邪や病気が移るのなんかとはわけが違うのだ。
同じ場所に傷が出来たわけでもないのに、どうしてそんなことが起こりうるだろう。

そう思うのに。
なまえがさも当たり前かの如く、まだ姿の見えない万里を見つけてしまうから。
万里が当然のような顔をして、まだ姿の見えないなまえの身を案じるから。

目撃者である俺はただ、目の前で起こったことをそのまま信じてしまうことしか出来ない。

「ていうか万里って十座にボコボコにされてたんでしょ?なまえはとばっちりだったんじゃないの、可哀想に」
「あ?ボコボコじゃねーよ。もう負けねー。……ああいや、でもあいつ何も言わなかったからな……何もなかったんじゃないすかね」
「喧嘩とか、故意に怪我しに行った場合は例外なのかもね」

言ってから、都合がいいなと自分で突っ込む。
万里もはじめは苦笑していたけれど、これまでの傾向からしてそれっぽい線はあるかもしれないな、とも言った。

なんだそれ。本当に都合がいいじゃないか。
いや、本来都合は悪いのだけれど。事故だとしても、片割れにとっては十分とばっちりだ。

「けどもしそうならお前ら、めちゃくちゃ痛い目に遭っても一緒に泣いてくれる奴がいるのか。羨ましいな」

俺のつぶやきを万里が笑う。

「至さん、痛いのだめそう」
「苦手だよ、どっからどう見てもそうにしか見えないだろ」

苦々しげに目を細めてみたけれど、万里はケラケラと笑い続ける。
5つも歳下の相手に馬鹿にされているようで無性に腹が立ってきた。いや、間違いなく馬鹿にされているのだが。

もういいや、と先に言ったのは俺だった。
コンティニューするぞとコントローラーを握る。完全に忘れていたが、俺の勇者が死んだままだ。かわいそうに。

早くしろよと急かすように万里を見ると、彼のコバルトブルーがじっと俺を見つめていた。
息が詰まる。

ビー玉のような目。なまえと同じ、零れそうなほど真ん丸で、透き通った深い青。

「なあ、至さん」
「うん?」
「俺たち、もしかしたらさ。ひとりじゃ痛みに耐えられないから、生きていけないから、だからふたりに分かれたのかな」

万里の言葉は俺の耳に、何度も何度も木霊した。

ひとりじゃ、痛みに耐えられないから。
ひとりじゃ、生きていけないから。
だから、彼らはふたりいる。

きっとそうだよ、とも、そんなわけないだろ、とも返せなかった俺は、弱々しい声でこう返した。

「俺だって、ひとりじゃ生きていけないよ」

正解だとは思えなかったが、万里はまた笑った。