Fate Long Story


 アメリカの名高い建築家によって設計されたその洋館は、元々海外からやって来た要人をもてなすゲストハウスとして建築された。一応屋敷に分類されるが、かの帝国ホテルのプロトタイプとも呼ばれ、庭先、玄関、廊下、食堂、客室に至るまで、極めて多様な空間構成がなされている。石造りではあるが、柱や壁に施されたデザインは一言で表現するなら「変態」……訂正、「個性的」で、初めて訪れたものなら必ず細部まで緻密で趣向が凝らされた造形や色に見入ってしまうことだろう。
 その幾何学的で複雑な形を見る度、私はビスマス結晶と呼ばれる金属を思い出す。古い建物ではあるが、どこか未来的……宇宙的な雰囲気があった。

 文化的な価値もあり、何度か国から建物を譲るよう申し入れがあったのだと聞く。しかし、土地及び建物の所有者であった歴代の主達が、それを受け入れることはなかった。
 そんな我が家は、麓の街からバスで20分ほど田園と坂を越えた山中、大きな池に面した崖の上に君臨する。その威風堂々たる姿は、廃れた国の王様のようだ。

 明治の文明開化……世界へ繋がる天の岩戸を開いてから二百と数十年。列強諸国が持ち込んだありとあらゆる文化を享受し取り込み、古きを捨て新しきを受け入れ続けた結果、我が国は「自国が何であるのか」、すっかり忘却してしまった。結果として到来したのは、先進国の文化、経済に依存しその顔色を伺う、停滞と堕落の時代。具体的にいうのならば、他人の手を借りすぎて、自力で進歩する方法を忘れてしまった。
 一部の老人達や政党はやれ剣を取れ立ち上がれ列強に与するな、なんて言うけれど、大多数の国民は今当たり前に与えられている平和を失いたくないと考えているらしく、強い風にはならなかった。
 国の機能は帝都に集中しているが、相変わらず地方領主、かつての大名家の権力が残っており、麓の都市のように「未だに大名家の城があり、城下町として街が栄えている」土地は各地に在った。

 生まれながらにして世捨て人みたいな私にはあまり関係のない話だ。街から屋敷方面へ向かう1日2本のバスに揺られながら、意識は舟を漕ぐ。新緑の季節、道すがらの木々は生命力に溢れていた。
 田園地帯を抜けた頃、窓から風景を眺めると、山の中腹辺りに佇む我が家の灰色の屋根が見える。この辺りから人通りは少なくなり、同乗の客もいなくなるのだ。伽藍と淋しい車内を見渡す。あと10分くらいか。読みかけの文庫本を閉じ、目蓋を伏せて到着を待った。

 私の召喚に応じた英霊は、口数が少ない性質だった。クラスはキャスター。工房を構え、魔術やそれに類する術式を得意とするクラスだ。言わば、我々と近い……場合によっては同じ存在。当然魔術のレベルや規模は比べるまでもないが。
 召喚したその場で、工房として使う広い部屋を所望され、先代が使っていた地下の古い研究室を譲り渡した。特に次の希望が出てこないあたり、彼が求めるレベルのものが提供出来たのだろう。
 開戦の通達は未だにない。いや、それも教会がきちんと連絡してくれる前提があればの話だが。まだ全てのサーヴァントが召喚された訳ではないということだろうか。どちらにせよ、今日街を見回ってみてもサーヴァントや魔術師の気配はなかった。

 降車し、屋敷へ続く脇道を歩いた。バスは更に山の上に位置する教会を終着点として、登り坂を軽やかに走り去って行った。周りには木と木としかない。上空を飛び交う鳥はだいたいカラス。時々鳶。アスファルト舗装されているだけマシだと父は溢していたが、車を運転できない私にとっては大差ない。無言のまま山道を歩くこと約15分。白い壁が目に眩しい、巨大な屋敷が姿を現す。その背には面積が150平方キロメートル程ある池を負う。ワカサギ釣りのメッカとかで、シーズンになると釣り人が多く訪れるのが特色とのこと。

 錆びた鉄の門を押し開けると、庭の花が香った。手入れが行き届いていないせいで、父が育てていた頃から半分程に減ってしまった薔薇。目に入る度に申し訳ない気持ちになる……何かを育てるということは、私にとって得意なことではなかった。家を継いで、改めて実感した事項のひとつだ。

 自室にもリビングにも寄らず、地下室へ続く石畳の螺旋階段を覗き見る。部屋の扉の隙間から淡い明かりが漏れているので、キャスターは作業中のようだ。一応、召喚した時に自己紹介はしたけれど、以来言葉を交わしたことはない。
 その時に真名教えてもらったし、彼の戦い方の特徴についても理解している。聖杯戦争に向けて準備をしているとのことだから、何も不都合はないはずなのだが。
 気づかれて集中を妨げないよう、忍び足で階段を降り、大きな扉に手をかける。隙間からそっと中を見ると、キャスターは机に向かっていた。長く使われていなかった研究室に、久しぶりに光が灯っている。それだけで何だか懐かしい気持ちになった。机に向かう父の背中を見ていた記憶が甦る。正確には、類似する記録が検索に引っ掛かってきた、と表現するのが適切ではある。

「マスター?」

 キャスターは独特の低い声で私を呼ぶ。不意打ちの反応にひっくり返りそうになった。なんとか堪えて、扉にしがみつく。息を潜ませていたのに、まさか気づかれるなんて思わなかった。

「当然分かる。僕はきみから魔力を供給されているからね」
「そうでした。盗み見るような真似をしてすみません」

 人間、というよりは人形に近いのかもしれない。もちろん、史実では人間だったはずだ。それがどうして、この姿になったのか私は知らない。金属で出来た無貌の仮面、同じく金属で覆われた手足、豊かな金の髪。これは地毛なんだろうか。人形用のウィッグのようでもある。機械仕掛けの体は「鋳造」作業をする分には支障ないらしく……むしろ、作業に適しているらしく、器用に使いこなしている。
 出て行けと一蹴される訳でも、おいでと迎え入れられる訳でもなかった。キャスターは図面を描いているようだ。彼の方から話題を持ち掛けるつもりはないのか、振り返らないでそのままペンを走らせている。どうしよう……このまま撤退した方がいいんだろうか。せめて私が彼の専門「ゴーレムの鋳造」について詳しかったら、図面を見て「いい仕事しますね!」とかコメントしながら肩を叩けたのだろうか……残念ながら、私と彼では少し畑がズレている。近づいて図面をチラ見しても、ゴーレムの設計図であることしか分からない。恐らくこの注意書部分に機能とか必要な素材が記載されているのだろうが、見知らぬ言語で書かれた文字だ、全く読めなかった。

「邪魔してすみません。あっ、お腹とか空いてませんか?お食事を用意しましょうか」

 何言っているんだ。違うだろ。サーヴァントはマスターからの魔力供給によって存在を維持している。よって、食事は必要ない。人と話すのが久しぶりすぎて変な気の遣い方……というか、空回り方をしてしまった。絶対馬鹿だと思われた。第一印象はその後の印象の大多数の割合を形成する、と以前コミュニケーションノウハウ本で読んだ気がする。

「食事は要らない。聖杯戦争開始まで時間がない。僕らが勝ち抜くためには開始までにどれだけゴーレムが鋳造出来るかに掛かっている」
「は、はい……ですよね」
「それまでは時間が惜しい」
「すみません……キャスターにばかり仕事をさせてしまって申し訳なくて」
「?……見たところ、マスターはこの道に詳しいという訳ではなさそうだ。それに、ゴーレムを造ることは僕の望みでもある」

 要するに「素人は邪魔せず大人しくしてろ」とのことのようだ。どうしよう……キャスターに任せるだけでいいんだろうか。

「例えば、ゴーレム造るのに必要な素材を集めてくるとかでも協力できませんか!?お察しのとおり魔術師としての腕はいまいちですが、まだ開戦前ですし、自衛は出来るつもりです」
「八百年級の宝石や羊皮紙をきみが準備出来るとでも?」
「八百年級……かは分かりませんが、探してきます。私が持っているモノの中に使えるものがあるかも。他にも必要なものがあれば……」
「では、土と水を。取り敢えず、1体分でいい」

 手渡されたメモにはそれぞれ必要な量が書かれている。……。近くの池に行けば、指定された「自然水」も「土」も手には入りそうだが、一体何往復すれば条件を満たすことができるだろうか。それでも、彼の言う「開戦までに何体ゴーレムを鋳造出来るか」がこの先の我々の生存率に関わってくることは理解が出来た。


 夜の池に来るのは初めてのようで、悪いことをしている気分になり、露骨に胸が高鳴った。麻袋いっぱいに畔の土を詰め込んでみたが、存外手間がかかる作業だ。何と言っても1ヶ所から過剰に掘り出す訳にはいかない。翌朝謎の大穴出現とかいって絶対騒ぎになる。テレビ取材が来てしまう。出来るだけ目立たないように、均等にさらった。そもそも池周辺の土で良かったのだろうか。砂利とかごみとか雑草が混ざっている気がする……水の方はいくら拝借しても問題なかったが、問題は屋敷との往復だ。確かに池までは一直線ではあるが……坂もあるし、ポリタンクで運んでいたのではキリがない。

(魔術って肉体労働なんですね……)

 空間移動や重力操作の魔術を会得した自分を夢想しながら、ポリタンクを引っ張り麻袋を背負って坂を登った。具体的な術式や必要な要素どころかその論理すら思い付かず、上手く妄想出来なかった。
 ご近所さんや釣り人に目撃されたら不審者リストイン間違いなしだ……確かに果てしない作業ではあるが、無理ではない。20往復した辺りで夜が明けたので一旦中断する。
 なんとか必要量は集められたような気がする。全身に痛みとも異なる感覚が走る。これが、「疲れている」だろうか。体が動かない。研究室からは相変わらず光が漏れていた。夜通し作業をしていたらしいキャスターには申し訳ないが、少し寝よう……中庭に出来た土の山に最後の麻袋を投げ置き、そのままダイブする。土ってふかふかなんだなぁ……これならベッドなんて要らないじゃないか。ちょっと生臭いけど。水は台所の大甕に入れておいたし、後はキャスターが使ってくれるだろう。そういえば、宝石と羊皮紙についても探さなきゃ。いや、あれは実際に見てもらった方が早いかもしれない。


 目を覚ますと、日は高く、鼻の頂上で蠢く尺取り虫と目が合って現実に帰還した。土の山の上で眠ってしまっていたようだ。多分、6時間くらい。慌てて飛び起き、研究室へ向かおうとすれば、中庭の入り口辺りにキャスターがいた。何か物言いたげにこちらを見ている……おずおずとしてどうも落ち着かない様子だ。何かあったんだろうか。

「キャスター、おはようございます。ご報告が遅くなりましたが、言われた土と水を取ってきました。使えるといいんですが……」
「ああ、確認した。魔力を帯びた土だ。問題ない」
「良かったです。この土地はそこそこ霊験あらたからしいので、水も大丈夫だと思いますが、時間があるときに見ておいてください。後は宝石と羊皮紙ですよね。私の工房に来ていただけますか」
「……」

 なんだか様子がおかしい。明らかに何か、困っている。

「あの、すみません……私、何かしましたか?」
「いや。頼んでおいてなんだが、きみは一晩中、屋敷と泉を行き来していたのか」
「ええ……そうです」
「そうか……」

 なんだその「ちょっと引いちゃってる」みたいな反応。魔術師ならもっとスマートに準備する方法があるだろうとでも言いたげな顔。いや表情は分からないけど雰囲気。

「マスター、この屋敷にはきみしかいないのか?」
「はい」
「きみの魔術師としての師は?」
「父……でしたが、今はいません」
「分かった。いや、今回は僕が悪かった。随分乏しい環境に喚ばれたものだと少々不貞腐れていたんだ」
「いえ。おっしゃるとおり乏しい環境だと思います……」
「宝石と羊皮紙があると言ったね。見せてもらっても?早くゴーレムを完成させよう。1体完成させることが出来れば、次はそのゴーレムに素材を集めに行かせればいい」

 少しだけ優しい声色だった。相変わらず表情は測れないけれど。
 だけど、何かしらは認めてもらえた気分になる。これがきっと、「嬉しい」。覚えている、初めて術式を完成させ、錬成した結晶を父に見せた時。同じ気持ちになった。

「その前に、シャワーを浴びて着替えてきなさい。家の中とは言え、淑女がそんな格好ではいけない」
「あ……はい」

 言われて初めて自分が全身土まみれであることに気がつくのだった。下手するとゴーレムよりゴーレムっぽいもしれない。


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