Fate Long Story


 苗字家が人形工学の名家としての立場を確立するにあたり、同家は独自の魔術回路を維持するため、大陸の妖魔らと契約した。
 「西」を司る我が家はとりわけ凶いと相性が良く、1代に1人は刻印を受け継ぐに相応しい子どもが生まれる「システム」を確立することに成功した。一方で、何代かに1人は刻印を受け付けず、かつ壊れた体で生まれる子ども《エラー》が発生する。壊れたといっても、刻印を受け付けない以外は、常時高熱と身体の痛みに悩まされるだけなので、魔術師の道を諦め人として生きる分には致命的な欠陥とはいえない、との見解だった。メリットがデメリットを遥かに上回るということで、苗字家はかの妖魔らを崇め奉り続けた。炎を宿し、己の熱で痛む体に生まれた子を「祝われた者」と呼ぶのは、些か大陸の伝承を意識しすぎている。
 それでも、苗字家は衰退した。それは痛みを伴わない、緩やかな死だった。遥か昔に妖魔と契約したからこのような顛末を迎えたのか、特に関係なく時流がそうさせたのか、末代の私にはよく分からない。
 探検家の母は、祝われた体のためベッドから動けない私に、出先で得た貴重な物品の数々を見せた。兄は学校の面白おかしい出来事を、父は時計塔時代の昔話をしてくれた。素敵な家族だったのだと思う。魔術師特有の殺伐とした雰囲気はなく、不器用にも温かい家庭だった。私達は互いを尊敬し、尊重し合っていた。
 悲劇だったのは、苗字名前に、人形造りの奇跡的な才能があった点だ。魔術だけが生き甲斐で、魔術にしか生の価値を感じることができなかった。熱に魘されながらも、頭の中で設計をした。効かなくなった鎮痛剤で無理矢理体を動かしながら、理想の人形を造り上げ続けた。
 気づいたとき、屋敷には自分以外誰もいなくなっていた。伽藍とした食堂を訪れると、今も時々思い出す。この家の記憶を。

「名前さんはいつも熱心に祈りますね」

 山の頂上にある教会の礼拝堂。何にも属さないこの場所は「中立」な領域だった。 今のシスターが派遣されてきたのは何年前だったか……少なくとも、苗字名前の記憶によれば、この教会を取り仕切るのは年配の神父だった。いつの間にか彼女が顔馴染みになっていた気がする。我々マスターのプロフィールは全て把握しており、当然私の正体も識っていた。

「すみません。信者でもないのにいつもお邪魔してしまって」
「構いませんよ。神は誰の祈りも聴き入れますから」

 「たとえ人形であれ」、緩やかなウェーブの横髪を揺らして微笑む。相変わらず掴み所のない女性だ。育ちが良さを感じさせる所作や言葉遣い、人形師としては注目せざるを得ない豊かな体つき。ただし、年齢は不詳。添えられた言葉がいやみなのかそうでもないのか皆目見当がつかない。
 此度の聖杯戦争の監督役について、聖堂教会に所属しながら抜擢された点から鑑みるに、魔術協会にも顔が利くのだろう。

 祈っている訳ではないのだが、そういうことにしておいた方がいいか。ここでもサーヴァント・ライダーの気配はない。当然当人または魔術師が隠匿する、隠蔽させる術を持ちうるのだから、こういう捜索にどれほど意味があるのか謎ではあるけれど、何もしない訳にもいかない。
 あの後もアサシンから誘われ、麓の街を連れ回されることが何度かあったが、最近はぱったり途絶えていた。兄からの定期連絡もないし、どこかの陣営と交戦しているのかも。

(あるいは……)

「片眼を失って大変だったと訊きますが。まだ戦うのですか?」
「やれそうなところまでは」

 最近キャスターはすっかり端末にのめり込んでいる。今日も中庭の木の下で、脚を伸ばして画面を眺めていた。強い陽射しを嫌う割にはこの庭を気に入っているようで、倉庫から持ち出した魔術礼装の黒い外套を日除けに使っている。どうやら聖杯の知識との差異に辿り着いたらしく、ネットで拾ってきた年表を指差した。

「約200年前のこのあたりから顕著に違いが出ている。この世界では、未だに武士が存在するのか」
「今は士族といいますけど……大名や将軍家も健在で、城もそのまま残っていますよ。名ばかりなので、収入源とするべく観光地化していますが」
「なるほど。そもそも周辺国の様相が若干異なっているところも非常に興味深い。科学技術や経済資本を海外に依存することになった経緯も気になるところだ。調べてみるか……」
「もう、脱線しすぎですよ。キャスター」

 暇すぎてすっかり近現代史にハマってしまったようだ。暇の原因は私にあるから強くは言えないものの、調査報告を訊ねられる前にこれだからさすがに苦言を呈してしまう。ジャンルは問わず、基本的に知的好奇心が強いのだろう、疑問に思ったことは調べ尽くさないと気が済まないようだ。そういうところに学者気質を感じる。

「ああ、すまない。収穫がないのは顔を見て分かっていたからね」

 期待が持てないから興味も沸かず、話を続けてしまった、という言い分だった。酷すぎる。このあたりが素の反応のようで、多少は気を許されていることを実感出来て内心嬉しくはあったものの。というか顔を見て分かっていた、って。顔を見て分かっていたのか。私の、顔を。

「マスター?怒っているなら謝るが……」
「怒ってません」

 アサシンに言われたことを思い出してしまう。いつ終わるか分からない関係性、とっとと告白しなさい……ああ、無理だ。絶対に困惑される。英霊にとって只人から好意や憧憬を向けられるのは当然とのことで、相手が身分違いじゃなければいいんじゃない?とは女王の見解だったけれど。確かにキャスターに生前配偶者がいたという記録は残っていないから、浮気にもならないのだけど。
 キャスターが力を貸してくれるのは、聖杯戦争という前提があってのことで、私が彼を召喚した、令呪を有するマスターだからだ。彼の態度が思ったより柔らかいのは、前の召喚のような過ちを繰り返さないよう、彼なりに試行錯誤しているから。私を評価してくれているのも、今度こそ間違えないよう考えているから。その思考誘導が、意識的なものなのかまでは分からないとはいえ。
 いや、それは穿ち過ぎていてキャスターに対して失礼だろう。もう、全然上手く考えられない。

「ならいいが。眼の方は?」
「かなり慣れてきました」
「だろうね。船長の舵取りの調子は、乗組員が一番良く分かる」
「色々ご迷惑をお掛けしました。そろそろゴーレムを動かしてみようと思いますが、良いですか?」
「ああ、もちろんだとも」

 戦闘用ゴーレムの稼働は数週間ぶりだったが、以前と変わらず動かすことが出来て安心する。キャスターが「省エネをテーマに改造した」と言っていた通り、少ない魔力でも起動可能で、パワーは少し落ちるが、アサシンやセイバーの特徴を見るに、彼らと渡り合うには小回りが利く現仕様の方が有利に思えた。
 夕方過ぎまで試運転をして、くたくたになり芝生に倒れ込む。魔力量の低下は実感として気にならないが、やはりコントロールが別人のように下手になっている。球速は変わらないけれどストライクゾーンに入らないような。ゴーレムのチューニングを続けるキャスターによれば、デッドボールじゃないだけマシだそうだ。お互い野球なんてやったことないくせに例えに持ち出すものだから、笑えてきてしまう。
 でも、これでいよいよ戦いが再開する。1騎倒すのに1核と1画を消費した。次も死ぬ気で行かなければ死ぬ。限られたカードで、知略を尽くし、活路を見出だす戦争。キャスターを駒であると考えたことはないが、令呪という共通の概念がある以上、マスターの実力と判断が勝因にも敗因にもなり得る。「魔術の素質」はともかく、「戦争における魔術師としての適性」に関して、他のマスター達に負けているとは思わない。何年もずっと、ベッドに横たわりながら、あの窓の中から、こんな日を夢見ていた。無機質な記録は、確かに執念の熱を帯びている。

「ライダーについては何も得られなかったが、他に目星がついたんだね」
「ええ」

 寝転んだまま見上げた高い空を、窓硝子を通さず視覚が認識した。
 カラスが横切って行く。日は長く、夜の訪れは未だ遠い。手を伸ばし、茜雲に甲を翳した。使用済の令呪は、火傷の痕のように今もうっすら残っていた。

「セイバーを討ちます」


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