短編 | ナノ
遥か遠くに春が通る

※生前コーちゃん企画。
死、暴力、流血表現がちょっとあります。モブが出張ります。













少年は名を「伊作」と言った。
話を聞くと、自分は忍術学園の一年生で今は忍者の勉強を頑張っているらしい。野原に座り込んで空を見ていた俺にそんな他愛もない事をつらつらと話してくる。
おじさんの名前は何だと問われたので、適当に「コーちゃん」と教えてやった。こんな俺でも一応忍者だ。…ついうっかり自分が忍者だということを教えてしまったのだ。それと同じように、そう簡単に本名を教える事はできない。伊作もそれは理解しているようだが、自分から忍術学園に通っている事を言ってしまうあたりまだまだたまごだなと思う。


「コーちゃんはどんなお仕事してるの?」
「おいコラ、さっきは口が滑っちまったがもう言わねぇぞ。さぁ良い子は家に帰ってねんねしな」


これ以上付きまとわれると迷惑だ、それにこの後は忍務もある。立ち上がり尻についた草を払ってその場から歩き出した。後ろから何度も俺の名前を呼んでくる伊作を無視して、森の入り口にあった木に飛び乗り奥へと跳んだ。




−−−




「コーちゃん」
「……なんでてめぇもここに来るんだ」
「コーちゃんがいつもここにいるからっ」


確かに俺はいつもこの野原にいる。理由は簡単、居心地がいいからだ。
季節が春だからという事もあるが、この野原には色とりどりの花が咲いている。虫もたくさんいる。子供の頃遊んだ野原に似ているせいもあるんだろうな。生命の息吹を感じさせてくれる、唯一の安らぎの場所だ。
そんな恥ずかしい事を、俺の口は勝手に喋っていたようで。伊作はうんうんと首を振りながら話を聞いていた。


「…おめぇよ、授業はいいのか」
「ぼくは薬草をさがしてるからいいんだー」
「落第しても知らんぞ」
「コーちゃん、ぼくの心配してくれてるの?ふふ、ありがとう」


心配なんぞしとらん!と伊作を捕まえようとしたがさすがちびっこ忍者。するりと腕をすり抜けられて逃げられた。




−−−




「……はー」


天気が良い。昨晩の忍務も無事に遂行できた事に安堵し、草の上に寝転がる。草と土はいい。何故だかわからないが、こうしていると落ち着く。…さぁいつもならここであのちびが騒々しく来るはずなのだが、今日はいつになっても訪れる気配がなかった。
少しだけ虚しい気分になる。
あいつが此処に来る理由は薬草を摘む為だけであって決して俺に会いに来る為ではない。俺はきっとどこかで期待していたのだろう。目を閉じて、また開くと空が消えて代わりに目があった。


「コーちゃん、かなしいの?」
「…てめぇはな……はぁ、まあいいか。おい伊作、おいちゃんの話に付き合え」
「わっ」


起き上がり伊作を膝に乗せる。思っていたより小さい身体を支えて、俺は一つ明日の忍務の話と洒落込むことにした。忍者の掟を破るがこの際だ気にするものか。


「明日の忍務がな、ちっとばかし難しいんだ。最悪死ぬかもしれん。だからな伊作、おめぇさんに頼みがあるんだ」
「コーちゃんしぬの…?」
「ああ、死ぬかもわからん。だから伊作、最後まで聞いてくれや」


今日、この後俺は穴を掘る。墓穴だ。
この近くでの忍務だからな、丁度いいと思ったんだ。あの草むらの辺りに掘る。そして俺は忍務が失敗して殺されかけたらそこまで逃げる。死ぬために逃げる。だから伊作、次の日でも構わない。俺を埋めてくれ。


「ぼくが埋めるの?」
「頼んだよ。…あ。俺な、忍者の他に先生にもなりたかったんだ。学校の関係者だったらなんでもいい。事務でも、保健医でも。その夢を叶えられなかったのが悔しいな」
「わかった」


今にも泣きそうな顔で無理に笑顔を作る伊作の頭を撫でた。最初で最後の触れ合い。これも授業だと思って受け入れておくれ。お前は優しい奴だから、きっと忍者には向いていないだろうが、大丈夫だ。俺が保証してやる。

その日の青空は雲ひとつ見当たらない晴天だった。














主君の為にこの身を捧げる。それが忍者だ。

闇の中を走る、走る。背後に三人。左右に二人ずつ。完全に囲まれている。奴等の狙いはこの密書だ。棒手裏剣が木に突き刺さる音。頬を掠めていく感触。嗚呼、可笑しくて泣きそうだ!
できればこの森を抜ける事ができたら御の字なのだがその夢は潰えた。左足首に鋭い痛みと熱。転倒。漆塗りの箱に入った密書は胸から飛び出して地面に投げ出された。すかさず一人がその密書を奪う。


「っ……く、…ふふ、ははは…」
「何が可笑しい」
「組頭、偽物です。やられました」
「おめぇさんらの失敗だ。俺のような下っぱ忍者に人数を使うようなんじゃ、うちの城の忍者隊には敵わない」
「殺せ」


一人が刀を取り出した。すぐに楽にしてくれるはずもなく、鬱憤を晴らすように足を斬られ、蹴られ、殴られ、そして―――


















「……っぐ………は、」


墓穴に辿り着けたのは奇跡だ。穴に転がり込むと傷が痛み始める。五体満足でいられたことに感謝して月の無い夜空を見上げた。忍務日和とはこの事だろう。
流れる血液が温かい。春の夜風と相まってなんとも心地が良いなぁ。


「コーちゃん…」
「い、さく…お前、」
「コーちゃんを一日野ざらしにするなんてできないよ」


やっぱり泣きそうな顔をして、伊作は俺の側に座る。それから他愛もない事をつらつらと話すんだ。足の先から感覚が消えて、抗えない微睡みが降りてくる。伊作、泣くな伊作。短い間だったが充実した日々をありがとう。あんな事を話せる相手はお前くらいしかいなかったよ。


「たの…ん、だ」


精一杯、笑顔を作った。しばらく笑ったことなどなかったから、きっと笑顔に見えなかっただろうけど。伊作、泣くな――



男が息絶えると、その時を待っていたかのように雲間の隙から月が現れ出た。月光は伊作と墓穴の男の姿を照らし出し、風は涙を散らすように吹いた。
伊作は小さな両の手を使い、冷たくなっていく男の身体にそっとかけていく。顔にかけるのは一瞬躊躇われたが、意を決し埋葬を続けた。そして男は土に埋められた。
餞別にもなりはしないが、男が好きだったこの野原の草花たちを添えて伊作はその場を去った。夜間外出で叱られている最中、ずっと涙を堪えて。













伊作が五年生になった頃。彼はふと一年生の時にあったあの日を思い出した。今まで唯一救えなかった命。この手で埋葬した命。あの時止血くらいできたはずだとずっと後悔してきた。
足は、自然とあの野原へ向かっていた。
男を埋めた場所は花や雑草が生い茂り、墓穴があるとは微塵も思わせないようになっていた。


「コーちゃんはさ、学校の先生になりたかったんだよね」


学園から拝借してきたらしき踏鋤で、男が眠る墓穴を静かに掘り返す。出てきた骨は一つ残らず風呂敷に包んだ。
伊作は風呂敷を背負うと学園のある方向へ進み始めた。


「あれから五年も眠ったんだよ。僕も五年生になる。保健委員も五年経つなぁ。コーちゃんはこの五年、どうだった?」


学園の正門から入り入門票にサインをする。長屋を通って自室に入り、風呂敷に包んだ骨をひとつずつ丁寧にあるべき場所に配置していく。その作業をする伊作の背後、壁には黒い忍装束がこれまた丁寧にしわを伸ばしてかけてあった。
そんな伊作が作業を続ける開け放した部屋に、春風がいつもの憎まれ口を運んでくる。


「ばか野郎?それにしてはコーちゃん楽しそうだよね」



ああそうだよばか野郎。ったく最悪だ。こんなガキだらけの所じゃあゆっくり休めやしねぇ。
それに、こんな身体じゃお礼も言えねぇよ。















遥か遠くに春が通る
(君ともう一度、)




−−−−−
生前コーちゃん企画「晩節」様に提出しました。ありがとうございました!

私の中のコーちゃんのイメージががらの悪いおっさん忍者でした…。小さい伊作になにさせてんだって話ですね!


それではここまで読んでくださり誠にありがとうございました!


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