こまごまいろいろ | ナノ


22:23 抽象的なもの


どこか遠くで、メリーゴーランドが歌っている。みんなを乗せて、ぼくだけを忘れて、色褪せたような昔ながらの歌を歌っているんだ。たまにきゃらきゃらと響くガムランにも似た音はメリーゴーランドに乗ったひとの笑い声なんだろう。
溢れ出る橙色の明かりはぼくの目にはいささかまぶしすぎる。まばたきの回数が増えてしまうのはきっとそういうことなんだ。明かりはただただ明るいだけで、ぼくの体をあたためてくれることはなかった。
まぶしくてとうとう目を閉じた時、ぼくは左手を引く指に気がついた。頼りなくて柔らかくて、あたたかだった。あわてて左を振り返ったら、ひとりの小さな女の子がぼくを見上げていた。照らし出された女の子の顔は、ぼんやり青白く浮かんで見える。その中でも、夏の空みたくあおい目玉はどこまでも透明できれいだった。
どうしてか、ぼくは、女の子の手をしっかりにぎっておなきゃと思った。だからぼくは女の子の右手と手をつなぐ。だいじょうぶ、きみだけじゃないよ。ぼくもいるよ。そんな思いが伝わるといいな、と祈りながら。
ぼくは女の子とふたりでずっとメリーゴーランドの歌をきく。かなしくも、さびしくもなかった。






氷のつぶてが頬を切り裂いて、わたしは彼が泣いていたことに気が付いた。彼の目から透明な涙がこぼれ落ちては見えない壁の中に溜まり、彼はそうしてできた分厚い氷の中に閉じ込められていた。
指先だけでも触れたら、皮膚が張り付いて剥がれなくなると直感でわかる。彼の閉じられた眼じゃ安否どころか気持ちさえ分からない。
彼はずっとずっと泣いてる。一秒一秒、過ぎるごとに彼の頬にはしずくが滴ってはきらきら光りながら凍り付く。身体中の水を涙としてたっぷり溢れさせている彼は、このまま泣き続けていればからからに乾き切ってしまうだろう。そんなのはあんまりにも、あんまりにも残酷だ。
ねぇ、あなたは悲しくて泣いているの。寂しくて泣いているの。
何を問いかけることも叶わず、わたしはただ透き通った氷の悲しさを見ていることしかできなかった。
あぁ、それかもういっそのこと、この手が氷に張り付いて二度と剥がれなくなる覚悟で氷を溶かそうか。わたしの手、たったふたつの痛みだけで彼が涙漬けから解放されるならいいのに。どんな目にあったって、構いやしないのに。
でも、わたしは知ってる。そんなことじゃ彼は救われない。わたしもしんでしまう。だからどうしようもないことはわかっていた。わかっていたからこそ、しんでしまいたかった。


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