こまごまいろいろ | ナノ


03:28 幼子たちの茶会


 バラの花の押された封蝋の手紙は、芳醇な紅茶の香りがしました。
 ネイビーの飾り文字で綴られていたのは、『小さなレディへ』という言葉から続く甘く愉快なお茶会の誘い。瞳をきらめかせ、少女たちは手紙を握りしめます。
 さぁさこれからは楽しい楽しい時間。オトナのいない、小さなレディたちだけの秘密のティーパーティーの始まりです。

 「あら、おいしい。」
 いつもより一段とめかし込んだアイルガルドがつぶやきました。フリルやレースのたっぷりついた服は好まないアイルガルドでしたが、今日はしぶしぶといった形でそういったものに身を包んでいます。 しかし、コバルトブルーのワンピースは彼女の金茶色の髪を際立たせていますので、おつきのエギルの目に狂いはありません。ここではないどこかでアイルガルドの帰りを待つ彼は恐らく、幼き主の姿に満足感を抱いていることでしょう。
 三人の中で一番お姉さんなアイルガルドは大層舌も肥えていて、味の違いがよくわかる娘でした。そんな彼女も二人の前でオトナのように振る舞いたいのでしょう。頬に手を添え、お上品にぱちくりとまばたきしています。
 「きっといい紅茶なのね。わたし、わかるわ。」
 すると、アイルガルドの右のとなりにすわるシャーメルが声をあげました。
 「ボクお茶の味はわかんない。でも、お茶おいしいね。」
 なにが楽しいのか彼女はきゃらきゃらと笑い声をあげます。三日月のように細められたシャーメルの瞳は、光をはね返してアメジストにも似た輝きを放っていました。
 「この花園とおんなじ、バラのにおいがつよくあるんだ。とってもいいにおい。」
 あんまりシャーメルが楽しげに笑うので、とうとうアイルガルドも堪えきれず笑い始めてしまいました。
 彼女はお姉さんらしく振る舞うことを努めていましたが本来の気質は飾り気のないおてんばな少女です。足を揃えて品良く振る舞うことなぞ、はなから性分に合っていません。そして一度崩れてしまったものを立て直すのは存外難しいものです。アイルガルドは上手にお姉さんの表情を取り繕えませんでした。
 アイルガルドの反対の隣には、メリーアンという娘がいます。もくもくとケーキを口に運んでいるメリーアンの顔は幸せに満ち足りたものでした。口の中でケーキを咀嚼するたびに、高く結い上げた純白の二つ結びが揺れています。そんな彼女が、ふと、シャーメルの視界に入り込みました。
 「ケーキ、おいしい?」
「うん、とっても。ほっぺたが落ちそうなくらいおいしいよ。」
 シャーメルの問いに答えたメリーアンの皿は既に空っぽ。満面の笑みでケーキを絶賛しました。シャーメルは何度かまばたきしてから、控えめにフォークを手に取ります。全くの余談ではありますが、フォークは幼い彼女たちのために小さめのものが用意されており、細工の繊細さ綿密さは比類を見ないものでした。
 ケーキはどうやらチョコレートケーキのようです。シャーメルがこれを食べるのをためらうのは、ケーキがあまりにもおいしそうなので食べるのがもったいないような気がしてしまうからでした。とろりとしたチョコレートがかかったキャラメル色のスポンジはシロップを吸って眠たそうにしてお皿にすわっています。端っこだけでも切り崩してしまえば染み込んだシロップがにじみ出てきそうです。きっとしんまで甘いんだろうなぁ、シャーメルはぼんやり思いました。そう思うとケーキを食べてしまいたいような気持ちになってきて、生つばを飲み込みます。
 意を決してシャーメルがほんのわずかばかり口に運べば、それはそれはおいしいケーキでした。それこそ、メリーアンの言うようにほっぺたが落ちそうなくらいです。口の中にふんわり広がる甘みはほんのり苦かったのですがオトナの食べるもののようで、シャーメルはちょっぴりお姉さんになった気分になりました。
 おいしさを知ってしまえば、手を休めることはできません。フォークはシャーメルの小さな口とお皿をせわしく行ったり来たりしていました。
 「あんまりがつがつ食べたらだめだよシャーメル。もっとレディらしく振舞わなきゃ。」
「そうよ、そうよ。お洋服に、ケーキのくずがついちゃう。」
 アイルガルドとメリーアンの二人が言います。シャーメルは一番のおちびさんでしたから、二人は彼女の面倒をよく見てやるべきだと考えていました。
 二人から言われたシャーメルはひとまずケーキを食べることをやめました。それでも口寂しいのでフォークだけはくわえています。するとメリーアンが先ほどより大きな声で言いました。
 「だめだよ、フォークはくわえたらいけないのよ。トミーがそう教えてくれたもん。」
 トミーというのはメリーアンのお父さんでもお兄さんでも叔父さんでもありませんが、メリーアンの家族です。彼女がこのお茶会に参加したいと言ったとき、トミーはメリーアンにたくさんのルールやマナーを教えました。なにせメリーアンはお茶会に参加したことが一度もありませんでしたから、そういったものは知らなかったのです。
 メリーアンにそう言われてしまえば仕方ありません、シャーメルもおとなしくフォークを机に戻しました。目の前にケーキがあるのに食べられないなんて、とシャーメルはくちびるを尖らせたくなりました。けれども二人のお姉さんたちの手前、子どもっぽいことはしたくありませんでしたから我慢しています。
 メリーアンの言うことにアイルガルドは「うん、うん。」とうなずいていましたが、しばらくシャーメルを見つめてから考えごとをするように目を伏せました。それから目を開けて、にっこりしました。
 「メリーアンみたいにものを食べながら話すのもマナー違反よ。ちゃんと食べてからにしなくちゃ。」
 メリーアンの顔はうれた林檎のようになりました。だって彼女はまさにそのときスコーンを口に近付けていたのですから。アイルガルドから言われたことは奇しくも、トミーに気を付けなさいと散々言われた事柄でした。
 この女の子もまた、少しばかりの見栄を張っていましたが、アイルガルドよりまだ幼げの残る彼女には難しかったようです。
 それからメリーアンはもじもじと恥ずかしそうにスコーンを頬張りました。この中で一番甘いものが好きなのは、メリーアンに違いないでしょう。
 「それから、シャーメルもほっぺたについてるよ、ケーキ。」
 アイルガルドはさらに指摘します。シャーメルはお行儀に関して大した知識もありませんでしたから、きれいにケーキを食べることができていませんでした。
 そのことにシャーメル自身は気が付いていなかったのでしょう。丸い瞳をさらに丸く見開き、「え、ほんと?」と言いながら手の甲で頬を拭いました。しかし自分の顔を確認するための鏡がないものですから、見当違いなところばかりこすってしまっています。
 そしてとうとうしびれを切らしたアイルガルドはシャーメルに向き直りました。アイルガルドの手には紙のナプキンが握られています。
 「動かないでね、わたしが拭ってあげるから。」
 言うなりアイルガルドはシャーメルの頬に手を当て、口の周りを拭い始めました。ぐしぐしと拭われるシャーメルは目をつむっておとなしく待ちます。この辺りは本人たちの自覚があるなしに関わらず、シャーメルがアイルガルドのお姉さんごっこに付き合ってやっているような節がありました。
 「ねぇ、とれた?」
「まだだよ、まだだよ。」
「右のほっぺたにもまだついてるよう。」
 途中からはメリーアンも口を出しては戯れに指を指します。ついにはアイルガルドもやっきになって力を込めるようになりました。戦乙女のアイルガルドの力はこの年頃の娘の力よりずっと強くて、まるで大きな男の人くらいの力があります。これではたまらないと悲鳴を上げたのはシャーメルです。
 「いたい、アイルガルド、いたいよ。」
「汚れが取れるまではがまんしてちょうだい。」
「もうだいじょぶ。ばっちりだよ。」
 お姉さん二人は鼻を鳴らしました。アイルガルドだけでなくメリーアンまでもが満足げな顔をしていたのがおかしくて、ついついシャーメルは吹き出してしまいました。そのうちメリーアンもなんだか面白くて、さらにはアイルガルドもおかしさがこみ上げてきます。しまいには三人してくすくす笑いが止まらなくなってしまいました。
 バラの花園に桃、赤、黄、緑、色とりどりの笑い声が響き渡ります。明るく無邪気な女の子たちが真似事遊びをする声が。



幼子たちの茶会






彼女らの保護者たちは別所にて三人を見守っています。



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