「水上敏志って、好きになった女の子にどういう態度取ると思う?」
「なんでフルネームなんですか」
「なんとなく……?」
「なんとなくかぁ」

私が突然発した質問に、隠岐くんは緩く笑うと「せやなぁ」とその整った顔についたお口をムムムと尖らせた。

「うーん、分からん」
「分からんかぁ」
「俺の中の水上先輩像が「恋愛なんかしとる暇があったらランク戦のログ見るわ」って言い出して……」
「ボーダー過激派水上先輩……!?」
「まぁ、本人は普通に将棋したり落語聞いたりしてますけどね」
「全然緩い……」

水上がそんなに熱血派であったなら、今こうやって隠岐くんと会話出来ていないだろう。私の中の水上も「そらそうや」と頷く。

「生駒隊でそういう話しないの?」
「しませんよ、全員持ちネタある訳ちゃうし」

隠岐くんはそう言って何でも無いように笑う。隠岐くんは、持ちネタがあるのだろうか。あった場合、彼はそれを生駒隊に披露することがあるのだろうか。そんな野次馬根性丸出しの考えをしてると隠岐くんはコテンと首を傾げた。

「そういう先輩たちは隊でするんです?恋バナ」
「すると思う?」
「生駒隊よりかは」
「恋バナよりだれが恋愛下手そうかの話してる」
「グロ……」

隠岐くんはわざとらしく表情を歪めてみせた。

「荒船って無自覚の一言で女の子泣かせそうだよね、が今のホットトピック」
「うわ、思ったより近い人間の名前出てくるのちょっと嫌っすわ」
「隠岐くんはねー、今のところあんま出てないかも」
「それはどうも……?」
「それで、水上って恋愛で馬鹿になってる所見たくない?って話になって」

私がそう言えば、隠岐くんはそこで合点がいったと言うようにでも、目を見開いた。

「なるほど、それで」
「それで、です。私だって急にそんな変なことを思いついたりしないんだよ」
「なるほどなぁ、まぁ、そういうもんか」
「そういうもんよ」

隠岐くんの緩い言葉につられてそう返せば、隠岐くんはこれまた緩い口調で「ざんねん」と呟いた。

「ざんねんだった?」
「なんか、水上先輩のこと好きな人が居って結果そういう話が出たんかと」
「あー、ね」

そう言われて見れば、確かに残念な話である。……実のところ、「苗字って水上の事好き寄りでしょ」なんてジャブがあってからの話であることは伏せて置いた方が良さそうだろう。

「どうやろなぁ。確かに目に見えて馬鹿になる水上先輩を見たいか見たくないかで言うと俺も見たいんやけど…、あの人はそうならん気がするというか」
「頭良いから?」
「というのもあるけど、俺らと同じ扱いになりそうっていうか」
「生駒隊と?」
「そそ」

頷いた隠岐くんのサンバイザーが視界で揺れるのを見ながら、私は首を傾げた。

「……それって、生駒隊がラブってこと?」
「それは……まぁ、間違ってはないんやろうけど…そう言われるとちょっとなんか……」
「なんか?」
「嫌かも」
「正直か」

頭の中の水上が、「いこまたい」と書かれたウチワを虚無顔で振り回す。でも……そうか、水上が生駒隊がラブなの自体は間違ってはいないらしい。まぁ、親元から離れボーダーまで来てくれている人たちばかりで集まったチームだ。第二の家族みたいな絆が芽生えてもおかしくはない。

「隠岐くんは水上に愛されてるって思ってるんだ」
「その言い方ほんまに辞めてください。あーもう、言い方しくったかも…」
「まぁそれは冗談だけど、生駒隊って家族感あるもんね。言いたいことは分かるよ」
「そぉ、まぁ……そうですね。俺個人が愛されてるどうこうというより、一応…俺たちにとって生駒隊ってボーダーでは結構重要度高めというか……アカン、これどう言っても恥ずかしいやつや」
「分かるよー、私も自隊好きだし、無くなったら悲しいなって思うもん。愛着というかね、あるよね」
「そう……それです。何らかの情って訳やないですか」

隠岐くんがこっちが慌ててしまうくらい真っ赤になった顔を手で扇ぎながらそう弁明をする。持っていたお茶のペットボトルを傾ければ、隠岐くんは少しも元の色に戻っていない顔を横に振った。

「水上先輩ってそういう……そう、愛着とかそういうのが強そうやなって」
「ほう」
「やから、なんかあの人って、恋とか好きとかどうこう以前に、愛になってしまいそうというか」
「あい」

水上と“愛”という言葉が一瞬頭の中でイコールで結びつかず、頭の中で分かりやすくロボット然とした姿をした水上が「スミマセン、ヨクワカリマセンデシタ」と宣った。「多分想像してるのは違う方やと思うなぁ」と、少しだけ顔色が戻った隠岐くんが緩くツッコミを入れる。

「ごめん。想像以上に水上に愛って言葉が似合わなくて」
「それはそう」
「なんか……でも言われてみれば分かるというか、水上がドキドキしてテンパってるのって想像つかないし、平熱感あるよね」
「あー、それ。それです。俺が言いたかったのもそれです。俺が言ったことにならへんかなぁ」
「じゃあ隠岐君が言ったことにして水上には言っとくね」
「それはもうホントにアカンやつ」

自分で口にして漸く、隠岐君が言う「恋やなくて愛情」の意味がなんとなく分かった気がして頷いた。

「テンパってる水上は正直見たかったなぁ」
「それは俺も見たかったです。全然慌てへんからなぁ、あの人」
「もしこれから水上が誰かを好きになって、何かが間違ってテンパりでもしたら教えてね。私もチェックしとくから」
「ううん、それは難しいかも、しれへんなぁ」

もうとっくのとうに顔色の戻った隠岐くんがのほほんと私の提案を棄却する。男の子同士、あんまり他人の色恋どうこうに気付く事は無いんだろうか。

「やったらそもそも水上先輩の色恋どうこうも言われへんでしょ」
「それもそっか。隠岐君、目良さそうだもんね」
「こういうの目って関係あるんかなぁ」

ゆらりと笑った隠岐君はゆったりとした動きで首を傾げた。以前、水上が「隠岐って時々イケメンにしか許されへん動きするやん」と同意を促してきたことをふと思い出した。今なら頷けそうだった。

「俺のはなぁ、目というか実体験のやつなんで」
「実体験……?隠岐くんの?」
「ちゃうくて、水上先輩の」

「ここまで来ると、流石に鈍感とかやなくてワザとやと思ってしまうわぁ」と隠岐君が笑った。これ以上ヒントを貰うのは難しそうである。だから、これ以上は自分で考えろと言いたげな隠岐君の圧を躱しながら、腕を組んで考え込むポーズを取った。
水上が恋愛でテンパるのを見るのは難しそうで、でもそれは隠岐君が水上の色恋に興味が無いからという訳では無くて…実体験である。謎かけかな?と思って隠岐君へと再度視線を向けるが、相変わらずイケメンにしか許されない角度で顔を傾かせてはニコニコと笑っている。うーん、流石に隠岐君は無理難題の問題を人に押しつけてこんなにニコニコは出来ない…はずである。水上から要らない事まで教わったのかな。
そんな事を思いながら何回目かのシンキングタイムに入ろうとしたその時。ぱちん、と頭の中で小さく何かが弾けたような気がした。

「隠岐君隠岐君!」
「はいはい、なんですか」
「そ、それってもしかして…」
「お、気付きました?その顔は」
「もしかして…水上って現在進行形でラブってこと!?」
「その言い方も嫌やなぁ」

そう笑いつつも、隠岐君は否定しなかった。つまり…そういうことなんだ。水上が、誰かに恋をしている。
その事実は、関係ない私までドキドキしてしまう様だった。今ちゃんの昔付き合っていた人との話を聞いた時よりも、国近の事を好きな男子から相談を受けた時よりも、ドキドキしてる。

「ね、ねぇそれってさ」
「ん?」

隠岐君は、相手の事を知ってるのかな。そんな事を聞こうとして顔を上げれば、隠岐君の瞳の中の自分と目が合ってしまって、思わずぴょっと隠岐君から距離を取った。隠岐君の瞳の中の私は、やけに見たことが無い顔をしていたもんだから、怖じ気づいたとも言える。
隠岐君はそんなたじろいだ私の心境を知ってか知らずか、「相手さんですか?」とエスパーみたいな相槌を打った。

「う、うん…よければ、だけど」
「何で急にそこで遠慮しいになるんです?」
「な、なんかがっつき過ぎたと思って…同級生の恋バナにこんな首突っ込むの流石にまずいかな〜」
「さぁ?まぁ気になるのはしょうが無いし、許容範囲じゃ無いですかね?」

知らんけど、と付きそうな軽い物言いで、隠岐君がフォローしてくれる。そう、そうかな?今度は私の方が顔に熱が籠もってしまった気がする。一人でテンションが上がって、一人で冷静になるのも改めて考えると恥ずかしい事かもしれない。パタパタと手で顔を扇いだ。

「俺は、こういうの第三者に言わんタイプですよ」
「……え?」

隠岐君はそう言うと白々しい顔をして「そう言えばそろそろミーティングの時間でしたわ」なんて言って席を立とうとする。ま、待って待って。知ってるんだからね!生駒隊がランク戦直前でもロクにミーティングなんてしてないことは!!

「あはは、そっちのミーティングや無くて。内密なミーティングなんで」
「ないみつ…」
「そう。先輩に好きな子バラしてまいましたわー、って報告をせんと」

私の妨害もむなしく、席を立ってしまった隠岐君はそういうとひらりと手を振りながら「あれ、今回は直ぐ気付くんすね」なんて笑うもんだから、私の顔はとんでもなく酷い事になっているのだろう。意地悪だ。きっと水上から悪いところを受け継いだに違いない。教育に大変良くない。海君だけはそうならないように私が見張らなければ。
そんなとりとめの無い事を考えながら、両手を使って顔の熱を冷まそうとパタパタと動かした。私の所属する隊も、そろそろミーティングの為に集まる時間が近付いていた。こんな顔で隊室に戻ったら、誰だって揶揄うに決まっている。



***



「お嬢さん。ちょっと止まって貰ってええかな」
「へ……変質者」
「ホンマに人聞きの悪いこと言うやん」

廊下を曲がった時点で目に付いたオレンジの髪色の前をさりげなく通ろうとすれば、水上はわざとらしく私の顔の目の前で腕をひらひらと振るとわざとらしくズイと道を塞いだ。「どっちかというとキャッチやろ」なんて水上は言うが、こんなにも目の死んだキャッチは見たことが無い。……いや、キャッチの生態なんて知りもしないけれど。

「ほら、なんか飲み物買ってあげるからちょっと時間もろてええかな」
「え、えぇっと……」
「今日はスナイパーの訓練も、そっちの隊も特に打ち合わせとか無いって聞いてるけど」
「う……」
「“同級生”と話すより、自主練の方が大事って言うんやったら、それはそれでええけどな」
「せ、性格悪…」
「ハハ、今更やろ」

ジトリと水上を睨み付けると、先ほどまでプラプラと振っていた手を引っ込めて、自販機を指さした。腹いせに一番高いのでも買ってやろうか、と思ったけども自販機の一番高いのなんてたかが知れている。水上への嫌がらせのために特に好きでも無い飲み物を買うなんてもったい無い。パッケージにマンゴーだとかフルーツの描かれたフルーツティーを指させば水上は「夜ご飯食べれんでもしらんで」と言いながらボタンを押した。

「ほい」
「……どーも」

わざわざ自販機から取り出して蓋まで一度開けてくれた水上に渋々お礼を言ってペットボトルを受け取った。「ん」と水上が指さしたのは廊下の奥にあるちょっとした休憩や食事が取れるベンチスペースだった。奇しくもこの間隠岐君とお喋りした場所で……まぁ、生駒隊から一番近い休憩スペースここだしな、と思いつつも足取りは重い。
二人で向かい合わせに座り、私は先ほど買って貰ったフルーツティーを、水上は手に持っていた緑茶を飲む、暫く無言の間が続いた。

「それ、カロリー100ml辺り42キロカロリーあるんやて。500やから全部飲んだら200キロカロリー超えやん。ちょっとした軽食やって」
「エ!?今それ調べてたの!?」
「おぉ、気になるかと思って」
「気になる訳無いじゃん馬鹿!」

珍しくスマホを触っていたかと思えばそんな事を調べていたなんて、サイテー、情緒の欠片も無い。だなんて一通りの悪口を言った所で水上は素知らぬ顔でへらりとするだけである。

「……それが好きな人に向ける態度って奴なんですかねぇ」

わざとらしく恨みがましい声を出して言えば、水上は「覚えとったんか」と少し目を見開いた。

「こっちになぁんも言いに来ないから、忘れてるんかそもそも気付いてないんや無いかって隠岐と話しとったんやけどな。ちゃんと覚えてたんやな」
「…うっ」

こっちがジャブのつもりで放った言葉に、わざとらしく間延びした物言いでチクチクとした言葉を返される。水上が言うところの──隠岐君が、私に対して水上って私の事が好きなのかも知れない。と思わせるような思わせぶりな発言をしてから、二週間が経った。
たった二週間、されど二週間である。

「俺の気持ち、分かるか?後輩に好きな女バラされたあげく「いつまでもグダグダせんで決めたらええやないですか」って煽られた俺の気持ちが」

水上がわざとらしく首を傾げた。ジトリとこちらを睨み付けてくる視線は鋭く、本当に私のことが好きなのだろうか…と再度思ってしまう程だ。

「私もらい事故なんだけど!?」
「知るか。貰ったんやったら大人しく受け取っとき」
「り…理不尽だ」
「アホか。こっちだって理不尽食らっとんねん。コレで振られてみぃ。三日三晩寝込むわ」
「嘘じゃん……」

さほど表情の変わらない水上が「ほんまやって」なんて信憑性のない言葉を口にした。
隠岐君は、水上は恋をしても特に見た目で変わることは無いと言った。そうして、私を好きだとも。その二つを照らし合わせると、今現在水上が私に対していつも通り何も変わらず淡々とした態度で好意を伝えてくるのも間違っては居ない話と言うわけで。
……それでも、まぁ、まだまだ私は恋に恋する乙女という訳で。

「私、付き合うなら、ちゃんと好きだって言ってくれる人が良い」
「ほぉん。好きやで」
「そ、そういうのじゃなくて!もっとちゃんと心込めて欲しい」
「これでも心込めて言うとるつもりなんやけどな」
「ウッ…それは、人の本意を疑う様な真似したくないけど…水上って大体の発言が嘘っぽいんだもん」
「まぁまぁ悪口ちゃうか?」

水上はジッとこちらを睨めつけると「手ェ貸し」と机の上に手のひらを上に置いた。えぇっと、これは…手を上に乗せろって事?そう思って恐る恐る水上の手の上に手を置けば、ガバリとその手を掴まれる。

「ヒェッ」

予想してなかった急な俊敏な動きに思わず条件反射で手を引こうとするが意外と水上の握力は力強く、そのまま力負けして水上の方へと手を引かれていく。そうして辿り着いた先、水上は押しつけるように自分の胸に私の手のひらを押しつけた。「逆セクハラ?」思わず聞けば、「アホか、静かにせぇ」といつにも無く真剣な水上の声がした。

「えっと……」
「おん」
「えぇ、なにこれ…怖……」
「お前、人が好意示してんのに言うに事欠いてそういう事言うんか」
「だ、だって」

水上は平然とした声色のまま、更に強く私の手のひらを体に押しつけた。水上の顔と手のひらが押しつけられた胸を交互に視線を向ける。いつも通り、澄ました…というよりは気怠げな表情に反して、手のひらの先にある心臓は、訳も分からない位ドキドキと早い動きをしていた。

「流石の隠岐君も人の内面までは分からんかった、ちゅうわけで」
「そ、そのようですね?」
「これでも不満か?」
「い、いえ!」
「なんやねんその言い方」

少し笑った水上は、漸く私の手のひらを解放してくれた。水上の心臓の激しさが移ってしまったかのように、私の手のひらまでドクドクと激しい動きをしているようだった。

「他にも不満があるなら一個一個無理矢理潰してくけど、面倒やから答え聞いてもええか?」
「……そういう所だよ、もう」
「こっちは二週間放置プレイ食らっとんねん、少しは急かさせてもらってもええやろ」
「そういう所だよー」

私がぶつくさと文句を言えば、水上は「何が希望なんやねん」と面倒くさそうな顔で頭をかいた。でも、その動いた髪の毛の間から見えた耳が、髪の毛と同じくらいの色をしていたから。これ以上放置させるのは可哀想かな、と私は今日最後のため息を吐いた。

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