「え、二宮会長今日お誕生日なんですか?」
思わず、自分で思ったよりも大きな声が口から出てしまい慌てて口を押さえた。
目の前で少し眉間に皺を寄せた二宮会長と、こちらに向いている幾つもの視線に冷や汗が出て、周囲に何でも無いと言うように手を合わせて謝罪の意を示した。なんだ、とでも言いたげに元に戻された視線に安堵のため息をつき、最後に未だに眉間に皺を寄せる二宮会長へと深々と謝罪のお辞儀を一つ。二宮会長はハァとため息を吐くと書類の方へと視線を戻した。
「…えへへ、すみません」
「……お前はそういう所がある」
二宮会長はそう言って机の上に置かれた書類──文化祭用の、備品貸し出し用の書類だ──の生徒会記入欄の部分へとボールペンで文字を書き始めた。右上の、つい先ほど二宮会長が書いた日付を見て「あら、二宮くんのお誕生日じゃない」なんて笑った加古副会長は、既に自分の作業場所へと戻ってしまっていた。
「今更、誕生日だって浮かれる年でも無いだろ」
「そうですか?私は未だに自分の誕生月になる度に浮かれますし友達に対してカウントダウンもしますけど」
見本と二宮会長が書いた書類を参考にしながら私自身も手を動かせば、二宮会長が一瞬こちらに視線を向ける。「こいつマジか」とアリアリとその目が訴えていたのを感じる目つきだった。
「……お前も来年になればそんな事で浮かれてる暇は無くなる」
「あー、受験生ですもんね。でも会長ってボーダーだしそもそも成績や素行の点でも推薦ほぼ確みたいなもんですし、そんな気を引き締める必要ってあります?」
「何事にも絶対なんてあると思ってるのか」
「…ぐう」
自分はボーダー推薦だからと余裕ぶっている同級生に聞かせたい様な台詞である。そうして、私にも刺さる言葉であった。A組に入るような人はそもそも日常の捉え方が違うんだろなぁなんて思わず感心してしまえば、再度ジトリと馬鹿を見るような視線が飛んできた。
「馬鹿言ってないで手を動かせ」
「はーい。あ、誕生日プレゼント何が良いですか?」
「……俺は後輩の女に何か集るほど飢えては無いつもりだが」
「集るとか飢えてるとかそういうのじゃなくて、ほんの気持ち程度ですよ」
「何の気持ちだ」
「二宮会長に対しての、常日頃の感謝の気持ちです」
そう言えば、二宮会長は少しだけ考えるような動きで手を止めた。骨張った手は、改めて見ると男性的で。二宮会長らしいとも言えたし、らしくないとも言えた。
「……それは、この間予算費の計算をミスした不手際をカバーした件についてか?」
「…まぁ〜、全体的なお話ですね……」
一般論の話をしていた筈なのに、突然己の失態についての言及になるとは思わず、薄ら笑いで応えてしまえば、二宮会長がふと笑みを零した。見逃してしまいそうなほど小さな笑みを浮かべた二宮会長はそれならば、とでも言いたげに一度頷いた後再び手を動かした。
***
「あ」
朝方、昨夜レポート作成時に使用したペンケースが見つからず慌てて高校時代に使用していたペンケースを持ってきて授業に出たからか、そんな懐かしい記憶を思い出してしまい思わず口元を手で押さえた。
声に気付いたのは、両隣と前後左右位だったようで、こちらを見つめてきたのは左右の座席の人間だけであった。思わず謝罪するように小さく頭を下げて佇まいを直し、ふと手元のボールペンへと視線を向けた。
懐かしい、なんて思わずしみじみとしてしまう。そうして、結局去年は祝えなかったな。なんて事も併せて思い出してしまう。
去年の今頃。生徒会の引き継ぎも兼ねた文化祭の手伝い、そして受験勉強に翻弄されながら、ふとそういえば二宮会長の誕生日が近かったななんて思い出したのは該当日よりも一週間ほど前の事だった。見本が無くとも書けるようになった備品貸し出し用の書類の必要事項を埋めていきながら、「どうしようか」なんて考えた。
気付いてしまったからには祝いたいという気持ちもあったが、二宮会長と私はたった一年間という短い間、生徒会という枠組みで委員会活動を共に行っただけの先輩後輩の関係であった。連絡先だって、悪用がされない用にと女性陣は加古副会長から、男性陣は二宮会長から連絡網が回される仕組みだったので知る由も無い──そうして、誕生日を祝うという為だけに私が使用しようとした事を考えると、この悪用のための手順は正しいことに思えた──から、一番手頃なメッセージでのお祝いという手段を取ることも出来ず。自分が受験する筈の大学に見学という形で出向いてついでにお祝いする……なんて方法も考えたが、流石にそこまでするのは一後輩としての立場から逸脱しているような気がした。
そうして、なんとなくで買ったちょっと良いお値段の焼き菓子は結局消費期限の前に私と友人のお腹に入る事になって。あの時祝えたのは、今思えばとても奇跡的なタイミングだったのだな、とジャムクッキーを囓りながら改めて実感をした。A組所属でボーダーでも大活躍している二宮会長と、一学年下でC組所属でボーダーに守られているただの一般人である私は、生徒会というラベルが無くなってしまえばどうやって関わるのだろうかと首をかしげるほどに接点など無かった。
「そう言えば……何あげたんだっけ」
奇跡的に誕生日を祝うことが出来た二年前のあの日。そう言えば私は二宮会長になにをプレゼントしたのだったのだろうか。
***
「あら、嫌よ」
「……ご無体な」
「ふふ。私、貴方の困ってる顔、嫌いじゃ無いの」
二宮会長の誕生日に思いを馳せてから数日後。ばったりと食堂で遭遇した加古先輩に「二宮会長に、誕生日おめでとうございますとお伝えしておいてください」と世間話の一環のつもりで話題に出せば、加古先輩はゆっくりと瞬きをしてにこりと口角を上品にあげたかと思うと、バッサリと効果音が付きそうな程の遠慮のなさで私の提案を断った。
「そのくらい、自分で伝えればいいじゃない」
「連絡先知らないですもん。大学でもバッタリなんて事ないですし」
学部が同じで何かと遭遇する事があって交流が再開した加古先輩と違い、二宮会長とは同じ大学の筈だったがこの半年ほど一回も顔を会わせる事が無かった。
高校時代だって生徒会活動とボーダーで多忙を極めていた人だ。わざわざ出待ちをして顔合わせするのも、なんだか違うような気がした。
「あら、貴方たちずいぶん仲良かったのに連絡先交換してなかったの」
加古先輩は日替わり定食を食べていた手を止めると、本当に驚いたとでも言いたげにぱちくりと瞬きをした。綺麗な人だけど、その仕草に思わず「可愛いな」なんて場違いな事を思ってしまう。
「生徒会の連絡は加古先輩から教えて貰えましたし、週に何回も会うのに交換する事も無いかなって」
「それじゃあ教えましょうか?二宮君の連絡先」
「……えー、それは、なんかずるいというか卑怯じゃありませんか?」
「私、貴方のそういう所が好きなの」
加古先輩は私がそう応えるのを分かっていたように、にっこりと笑い再度箸を動かした。美人に褒められると、なんだか当たり前の事だろうと無条件に嬉しい気持ちになるんだから恐ろしいものである。えへへなんてわざとらしく誤魔化して、ハンバーグの付け合わせの野菜へと手を伸ばした。
「でも意外だったわ」
「どれがですか?」
「全部かしら。私、てっきり貴方たち付き合ってると思っていたものだから。付き合ってないのは、二宮君の不甲斐なさが原因かしら?」
「え」
加古先輩の言葉に、今度はこちらの箸が止まる番であった。
一体加古先輩は、何を持ってしてそんな考えに至るようになったのだろうか。どちらかといえば、私たちの代では二宮会長と加古先輩の方が噂の的であったというのに。勇敢にもご本人たちに確認しにいっては「あり得ない」だなんて一蹴されたインタビュアーが何人も居たというのに結局その噂は半ば事実のように扱われていた。
おそらく、本当に二宮会長と加古先輩が付き合うことは「あり得ない」と思えたのは、ボーダー関係者か、生徒会関係者くらいのものだっただろう。
「でもまぁ、付き合ってないなら納得だわ。二宮君、大学入ってから仏頂面に磨きが掛かったけど、結局貴方との繋がりが何も手に入れられてなかったからあんなにも不機嫌をまき散らしていたのね」
「……二宮会長が私を好きだった前提で話が進むんですね?」
一体全体、加古先輩の中ではどんな根拠があってそんな話になっているのかどうか。少しだけ、怖い気持ちにもなる。
「貴方たち、何かと業務を一緒に担当していたでしょう」
「…それは、私が所属して一発目の業務で部費計算をミスったのを、二宮会長は覚えていたからでは?」
自分で言っていてなんとも恥ずかしい理由であるが、二宮会長もことあるごとに「お前は時々とんでもないミスをする」だなんて釘を刺してきたこともある。そう言えば「最初からあんな重い仕事を渡す二宮君が全面的に悪いわ」だなんて加古先輩は笑った。
「それに、貴方たち一緒に帰っていたでしょう。生徒会のある日は」
「いや……でも、それは加古先輩だって同じ帰り道の人と一緒に帰ってたでしょ」
「あら、私はそうよ。でも、貴方たちは違うでしょ」
「……えー」
「貴方、二宮君と帰り道が同じじゃ無いこと、気付いていたでしょう?」
「……あー」
チェックメイト、だなんて脳内に表示されてしまうほど鮮やかな詰め方に思わず小さく拍手をしてしまった。
確か始まりは、それこそ私と二宮会長が同じ業務を担当していて他の人より帰りが遅くなった時のことだ。何も言わずに家の近くまで送り届けてくれた二宮会長に律儀な人だと感謝をすれば、それ以降も生徒会がある日は何か特殊な事が無い限り送り届けてくれるようになった。それが有り難くも恐れ多くて何回目かの帰り道で思わず疑問を口にすれば、二宮会長は少しも考える様子は無く「お前の家までの帰り道は、照明が暗すぎる」と口にした。確かに私自身も入学以来ちょっと怖いなとは思っていたことで、帰り道が同じならお言葉に甘えて怖さを軽減させて貰おうかなだなんて恩恵にあずかっていたのだけれども。
二宮会長の出身小学校をたまたま聞いて、我が家の学区とは真逆では?と思ったのが初めの違和感だ。それから、昔からある近所の店について詳しくないことだとか。家の場所を聞いてもはぐらかされることだとか。……決定的だったのは、生徒会の無い日に私たちが普段帰る時とは真逆の道に歩き出した二宮会長の背中を発見した事である。ボーダーへ行く道でも無いそれは、以前聞いた二宮会長の出身小学校の学区へと続く道だった。
遠回りどころか、学校を挟んで反対の我が家まで、二宮会長はわざわざ私を送り届けてくれている。
その事実に気付いたは良いものの、結局、「どうして」なんて口にすることは出来ず。任期が終わっても二宮会長が生徒会室に来る間は二宮会長に送られる日々を続けていた。
「貴方、鈍感ではあるけれど鈍い訳ではないでしょう。気付いているのに帰り道を送って貰っていたのだから、付き合っているかと思ったのだけれども」
「……本当に、我が家までの治安が心配だったのかもしれませんよ?二宮会長、あぁ見えて情に厚いですし」
「あら、詳しいのね」
苦し紛れのように吐いた言い訳に口の端をあげた加古先輩からの切り込みに、ぐうと喉の奥が悲鳴をあげた。
「あの二宮君が、そんな律儀にただの後輩の帰り道を心配してくれるのかしら」
ふと窓の外へと視線を向けながらそう言った加古先輩に私はそれ以上の言い訳が思いつかず、下を向いてご飯を進める事に集中した。
「そう考えると、あの二宮君を手のひらで転がすだなんて、貴方もずいぶん悪いことをしたものね」
「そ、それは言いがかりでは……!?私だって、もうちょっとこう、何かあれば動いてましたよ!!」
なんだか無性に悪いことをしているような言い分に、下を向いていた頭を上げて加古先輩に情けない抗議の声をあげた。
確かに……確かに、二宮会長が少なからず私に対して何かしらの情を抱いていたことに気付いていたことは認めよう。とはいえ、だからといって「私のこと好きなんですよね?」なんて事を二宮会長相手に聞けるはずも無く。何か明確にそうだと教えてくれればいいのに、なんてもどかしい気持ちを抱えながら──結局、明確なアプローチが行われることはなく二宮会長は生徒会を引退し、そのまま学校を卒業していってしまった。いま思うと、なんとも高校生らしいいじらしいエピソードである。
「きっかけがあれば、貴方から動いてたってこと?」
「……まぁ、そう、ですね……」
口に出しながら、なんとも傲慢な回答だなと、確かに手のひらで転がしていただなんて批評をされても仕方が無い己の回答に苦笑を零した。その苦笑を加古先輩はどう受け取ったのかどうか。「それじゃあ、試してみましょうか」だなんて微笑んだ。
「試すって、なにを……?」
「要は、また会えればあなたが言うところのきっかけなんじゃないの?」
「えぇ……」
なんだかウキウキした様子の加古先輩に、一体加古先輩の中でどういう理論が展開されているのだろう、と今更ながら不安になってくる。おそらく、それこそ今の加古先輩の状態こそが手のひらで転がすというやつなのでは無かろうか。
「ひょっとして加古先輩……楽しんでます?」
「あら、分かる?私含めて生徒会面々はそれなりにやきもきさせられたんだから、これくらい許してちょうだい」
加古先輩のニィっとした美しい笑みに、私はそれ以上言えなくなりハンバーグと視線を会わせる羽目になった。追い打ちをかけるように、加古先輩が言葉を紡いだ。
「言ったでしょう?私、貴方の困ってる顔、嫌いじゃ無いの」
***
「なぜ、お前がここに……」
「えぇっと……加古先輩、ですね」
「……あいつか」
加古先輩が二宮会長を呼び出すために用意したノートを抱えながら談話室で待っていれば、私の姿を確認した二宮会長はわかりやすく目を見開いたあと、加古先輩に対して舌打ちを一つ零した。
「てっきり、弓場辺りに依頼したもんかと思ったんだが」
「ゆば……あぁ、弓場くんですか」
加古先輩は、二宮会長に「頼まれていた授業ノート、後輩の子に預けて置くから取りに来て」と連絡をした用である。弓場くん……高校時代、選択授業で少しだけ話したことがある男子生徒の名前が突然出てきたことに驚いたが、そう言えば彼もボーダー隊員であった事を思い出す。彼は今でも二宮会長と交流があるのだろう。
少なくとも、一年半親交が無かった私よりはよっぽど。
「……ご迷惑でしたか」
「…いや、お前は悪くない。悪いのは、誰が来ると連絡を怠った加古にある」
「あら、随分なご挨拶ね。二宮君」
カツカツとヒールを鳴らしてやってきた加古先輩に、二宮会長は再度分かりやすく眉を顰めた。「私のために飲み物を買ってきてくれたんです!」と何のフォローなのか経緯を説明すれば、二宮会長はそれ以上言い争う気は無さそうにため息を一つ零した。
「いやー…すみません……」
「さっきも言ったが、大方加古が原因なんだろう。お前が謝るようなことじゃない」
「まぁ、私が連れてこなきゃ名前ちゃんに会えなかったくせに?」
「加古……」
「そう言えば二宮君、この子が貴方のこと卑怯って言ってたわよ」
「記憶にございませんが!?」
突然こちらに降りかかってきた火の粉に思わず握っていたペットボトルがいびつな音を立てた。一年半ぶりの二宮会長の冷たい目線に、思わずへらりと口角を上げた。
「でもあなた、連絡先を他の人から聞くなんて、卑怯って言ってたでしょ」
「言いました、がぁ……」
つい先ほどの食堂での会話を思い出してつい肯定してしまうが、その理論だと、二宮会長が加古先輩に私の連絡先を教えろと迫った過去がある事になる。そんな、まさかね……?なんて二宮会長と加古先輩を交互に見た。
「二宮君、貴方私にこの子の連絡先を教えろだなんて言ってきたの、忘れてないでしょう?」
「……あのときは、お前を頼るという選択肢が浮かんでしまうくらい気が触れていた」
加古先輩のからかいに否定するでも無く己の気の迷いを恥じた二宮会長に、思わずあんぐりと口を開けた。
「い、一体いつ……?」
「去年の二宮君の誕生日のことよ」
楽しそうに笑う加古先輩と、こちらの内面までも見透かしてきそうな真っ直ぐな二宮会長の目線。合計四つの瞳に見据えられて、私が悪い、と思ってしまいそうな気持ちになってしまいそろそろと目線を逸らしてしまえば「きっかけ、今じゃないのかしら」なんて加古先輩が釘を刺すように笑った。
「……きっかけ?」
「ふふ、こっちの話。それじゃあ私は行くわね。今度、結果聞かせてちょうだい?」
そう言った加古さんは、私と二宮先輩に手を振ると、とても上機嫌な様子で立ち去ってしまった。後に残ったのは、気まずい私と、何を考えているか分からない二宮会長。きっかけというよりも、答え合わせのような様相で言いたいことだけ言った加古先輩を恨みたいような、種明かしをしてくれて有り難いような。
暫く無言のまま二宮会長と見つめ合っているうちに、先ほど加古先輩が話していたことを頭で反復して、漸く実感する。
二宮会長が、……あの二宮会長が。加古先輩に借りを作る事に対して本当に嫌そうな顔をする二宮会長が、加古先輩に私の連絡先を聞いたと言うことが、今更ながらとんでもないことだということであると脳が認識をした。同時に、あの帰り道の日々を思い出してしまい、耳が熱くなる。
「……ひょっとして、二宮会長ってめちゃくちゃ私の事好きだったりします?」
スンとした顔のまま私の向かい側に座った二宮会長に思わずそんな負け惜しみみたいな言葉を口にした。おかしい。暴露されたのは二宮会長の筈なのに、どうして私の方がこんなに恥ずかしい想いをしているんだろう。なんて、理不尽な憤りすら覚えた。
「加古にばれるくらい、好意を伝えていたつもりだったが?」
相変わらずスンとした態度のままの二宮会長はそう、ささやかな仕返しをものともしないような追撃を繰り出した。攻撃を仕掛けたつもりの私は「…そうですか」なんて蚊の鳴くような声で返事をするしか出来ず、だというのに「それで」なんて二宮会長の攻撃のターンが続く。
「それで、とは……」
「俺は、お前もそのつもりだと思ったのだが」
そのつもり。敢えて明確な言葉にしなかったのは二宮会長なりの恩情か。
「わ、分かんないですよ。会わなくなって一年以上経ってますし」
「そうか」
普段ならそこから一言二言何か言葉を付け加えるはずの二宮会長は、今回に限ってそれ以上言わずに真っ直ぐ私を見据えた。
一年ぶりに見る二宮会長は記憶や記録の中よりも少しだけ大人っぽさを増しており、幼さの残っていた柔らかい輪郭はすっかりと鋭利さを携えていた。初対面であればその鋭さが冷たく感じてしまうような表情も、あの頃を知っている私からすれば口下手な先輩でしかなくて、きゅうと胸が締め付けられる様な感覚を覚えた。──一年以上、感じていなかった痛みだった。
「……で、デートしましょう!」
「…どういう意図だ」
「わ、私もそのつもり、ですけど!で、でも一年以上会ってないんだから期待値が高くなってしまっただけとか、そういうのもあるじゃないですか」
「お前は、あるのか?」
「わ、分からないですよ!そういうのも、確かめる必要があるでしょう!」
二宮会長は少しだけ目線を私から外すと、組んでいた腕を指でトントンと叩いた。二宮会長はこういった試されるような行動が嫌いだと思ったから、考える余地があると判断するのが少し意外だった。そうして、自分から提案したくせに考える余地があると判断されたことに、少しだけ傷付いている自分が居る事に気付いてしまい、慌てて頭を振った。
「まず、連絡先から教えろ」
長考の末、二宮会長はそう言ってスマホを取り出した。それから、俺はもう会長じゃない、と少しだけふて腐れたような声を出した。そうして、わかりきっているだろうにとでも言いたげにため息を吐いた。
「お前に、どれだけ生徒会で迷惑をかけられたと思っている。その上で良いと思ったんだ。期待値なんてあるわけが無いだろう」
「……そ、そうですか」
最早悪口とも思えてしまう様な言葉だったのに、それでも純粋なラブコールだと認識してしまった私も、期待値なんてものは無いのかも知れない…とは言い出せない空気であった。
20250505
