「二宮くーん、来たよ」
「あぁ」

そもそも普段なら「迎えに行く」と頼まずとも私が居る場所や近くの駅まで来てくれる二宮くんが『家に来れるか』とだけメッセージを送ってきた時点で少しだけ「おや?」と思ったものである。普段使い慣れてない合鍵なもんだから随分戸惑って扉を開けるまでしばらく時間が掛かったにも関わらず玄関へ来ることも無くリビングで私を待っていた二宮くんのぶっきらぼうな返事に、その予感は確信へと変わる。
スマホを触ることもなくただじっとソファに座っていた二宮くんの視線が私からそれる。二宮くんの視線の先には、ガスコンロに乗せられたやかんが一つ。二宮くんが選ばなそうな鮮やかな黄色いやかんは、一人暮らしを始める時にお母さんから持って行きなさいと渡されたキッチン用品のうちの一つである、と以前教えて貰ったことをふと思い出した。もう既に火が付けられていたそれは、暫くしないうちにこぽこぽとお湯が沸騰する音が聞こえ始めた。少しだけ沸騰する音を聞いた後、二宮くんはソファから立ち上がりガスコンロの火を止めた。

「お茶がいいな。この間置いていったハーブティーってまだあるの?」
「お前しか飲まない」

そう言って二宮くんはキッチンの上の棚を開けると私が以前置いていったハーブティーを取り出した。偶然にもそれは不安を安らげる効能があるハーブティーだった。二宮くんが何かを言う前に、マグカップを二つ用意してティーバッグを二つ袋から取り出してセットした。私の方にだけ、蜂蜜を追加して二宮くんを見上げた。

「もし飲んで追加したくなったら追加してね」
「あぁ」

とぽとぽとお湯が注がれてハーブティー独特の香りが鼻腔をくすぐる感覚にほぅ…と思わず頬が緩めば、二宮くんがフと笑ったような気がした。

「今日は、お休みだったの?」
「いや、任務があった」
「そう。お疲れ様」

ソファに座って両手でマグカップを持ち飲める温度になるまで待つ間の世間話として会話を振れば、二宮くんは短くそう答えた。
本当は「急に呼び出してどうしたの」と聞きたい所だったけど、直球でそんなことを言えば、二宮くんは途端にスンとした顔で「なんでもない」と言い放って私を帰してしまうことだろう。
多分、二宮くんは自分の不調に気付いていない。不調というか、違和感というか。自分でも説明できないようなメンタルのブレが発生すると、二宮くんは私に対する扱いが雑になった上で、私に甘えてこようとする。
あんまり雑に扱われるのは嬉しいことじゃ無いけど、そもそも二宮くんは日頃私を大切にし過ぎているから雑にと言ったところで雑にされたなーなんて思うものでもない。私としては程良い距離感は、逆に心を許されたようで嬉しかったりする。同じボーダー所属の加古ちゃんに対する扱いとか、ちょっと憧れていたりしていた。

「ご飯は?」

棚の上に置かれている時計にちらりと視線を向ければ、短い針が五と六の中間を指していた。

「お前は?」

二宮くんがこうやって質問を質問で返す時は、あまりお腹が空いていない時だ。私もつい数時間前におやつを食べたばかりだったので、そこまでお腹は空いていなかった。

「あとでお腹空いてから考えよっか」

そう言えば、二宮くんはこちらに向けていた視線をそらし、マグカップへと口をつけた。
私もそれに倣うように、マグカップへと口をつける。ふわふわと暖かい蒸気とともにカモミールの甘い香りを感じて思わずため息をこぼした。ゆるゆると体の力が抜けるような感覚を感じながら、さて、これからどうしようか、なんて横目で二宮くんを見つめた。少しだけ口元がゆるんだ二宮くんに私も少しだけ気分が上がる気がした。このままのんびり過ごせば、二宮くんの気持ちも落ち着くだろうか。さて、以前の私は二宮くんがこうなった時にどうしてたんだっけなんて思い出して、一つ「――名前」と二宮くんの弱みを溶け込ませたような甘い声を思い出してしまい、フゥと先ほどよりも熱っぽいため息が溢れた。
思い出した、というより見たくないことを見つめなくてはいけなくなった…というべきか。
弱った二宮くんは…私の記憶が確かなら、毎回、ほんのちょっとだけえっちな事に積極的になる。だから珍しい呼び出しにノコノコと呑気に呼び出された私は、二宮くんのメンタルの不調をどうしたもんかなーなんて考えているうちにいつの間にか『そういうつもり』になった二宮くんにパクリと食べられてしまって……前後不覚のヘロヘロになっているうちに、二宮くんの方はといえばけろりと何も無かったように「いつも通りだが?」なんて顔をしているのだ。
勿論、二宮くんの様子が元に戻るなら良いことではあるのだが、解決策が毎回それというのは果たして健全なのだろうか。……いや、私たちは恋人同士だし、二宮くんが不調になることがそもそも珍しくて中々無いことだし…それに、大学やら私のバイトやら二宮くんのボーダー活動やらで会う頻度が同世代のカップルよりも少ない私たちだ。時々なら『そういうこと』をするのが決まっている日があっても…おかしくは、無い?
自分で考えるだけで恥ずかしさで身悶えしてしまいそうな考えに、知らず知らずのうちに俯いていた様で。「どうした」と二宮くんが背中に手を添えた感触で、自分がいつの間にか背中を丸めていたことに気付く。

「えぇっと、いや……その」

二宮くんの影が覆い被さった。私の体調を案じているのか、或いは訝しんでいるのか…と予想していた二宮くんの顔を恐る恐る伺うと、予想に反して、二宮くんの顔は笑っていた。二宮くんを知っている人でないと分からない程度ではあるが、確かにその口角は上がっていた。

「な…なに」

それは、二宮くんのセリフだろうに、思わずそんな言葉が口から出た。

「いや、ようやく気付いたのか」
「口角を上げた二宮くんは、私の背中に手を添えたままダンスする様に腰を引き寄せると、抱え込むようにソファへと倒れ込んだ。
「な…なに!?」

もう、私の口からは同じ言葉しか出なかった。

「お前は何か、勘違いしていた様だが」

まるで小さな子に説明するような柔らかい響きで、二宮くんはそう口にする。

「勘違い…」
「お前が俺の体調を案じている間、俺は別に体調を……精神的にも、肉体的にも崩していないし、別のことを考えていた」
「べつのこと」
「お前が、どうやったらそれに気付いてくれるのか、と」

笑ったままの二宮くんが耳に触れてくるもんだから「それってなに」なんて疑問を口にすることは出来なかった。

「つまり…それって」

私が解決策だと思っていたことはどうやら二宮くんからすればしたい事だった訳で。そう、口にするのも恥ずかしくて言い淀めば、二宮くんが何を今更とでも言う様にフンと鼻で笑った。

「だ…だまされた」
「人聞きの悪い」

お前が勝手に勘違いしていただけだ。と突き放す様で甘い口調の二宮くんは、罪悪感を一ミリも感じた様子もない態度でそう言うと、「ただ、心配されるのも悪くはなかった」と付け加えた。

20250505
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