世界でいちばん大きらい






翔は極論で言えば昴が嫌いだ。単純に好き嫌いで表せる話ではなくて、とにかく昴が大嫌いだった。少し(あくまでも少し)顔が良いのは認めるが、少し顔が良いくらいで王子などとちやほやされていい気になってるだけ、いつもへらへらだらしのない笑みを浮かべていて気持ち悪い。常に飄々としていて掴めないあの性格がむかつく。身長だって別に高いわけでないし、なにより成績も家柄も自分の方が上なのに、幼なじみというだけで彼の隣、副会長の座に立つ昴が大嫌いだ。昴だけではない。創史の視界に入る人間皆いなくなれば良いと思っている。ただその中でも群を抜いて生徒会役員、さらに桁違いに昴が気に食わない。あの笑み、あの笑みでいつも自分を見つめるのだ。創史に必死にしがみつく自分を、創史の為に涙する自分を、いつもまるで余裕綽々と目を細めて見つめるのだ。あの笑みはまるで嘲り、自分は創史の特別だから、君が頑張ったって無駄なんだよ、そう圧力をかけられているかのような。自分だって創史の為に涙を零すくせに。綺麗な、涙を零すくせに。そんな態度が気に食わないのだ。昴だって翔だって、創史にとってはただの同等の他人でしかないはずなのに。そう、創史にとってあの人と他人の、他人でしかないはずなのに。


「好きな奴が居る」
一度だけ恋人になって欲しい、と告げたことがある。彼はいつもの抑揚の無い声で、いつものようこちらをちらりとも見ず、前を向いたままそう言ってのけたのだ。冷たくもなくしかし全く暖かくもないそれは紛れもなく愛おしい彼そのものなのだが、その時ばかりは受け入れることが出来ずにいた。だってその時創史はイエスと答えるはずだった。好きだと、告げてくれるはずだったのだ。だって、

あれはまだ高等部にあがる少し前の話だ。その頃には創史は完全に今の地位を築いていて、翔も同様に創史の"お友達"としてそれなりに名前が知れていた。エスカレーター式の学園といえど進学試験はあるので、クラスは勉強一色である。楽しみと言えば、色恋話くらいで、生徒会の中でも言動が逐一軽いゆうきや昴などが恰好の餌食となっていた。(羽間兄弟は所謂ブラコンなので、違う意味合いの話で餌食となった)その中でも創史だけは、まるで浮ついた話が一切なくて(この頃は翔以外にも様々な相手が居たようであるが、それは暗黙の了解というやつである)、だからこそ小さな噂が密やかに語られていたのだ。
「会長の学生証に、翔の写真が入ってたんだって。」
創史が学生証入れに誰かの写真をいれて持ち歩いている、というのはその小さな噂の一つであった。
「最近会長に呼ばれてるの翔だけみたいだし、案外本当かもね」
翔はどんな言葉を返し、どんな行動を取ったのかまるで覚えていない。気づいたらまだ髪が短い創史の首筋を見つめ、創史の言葉に頭を打たれたあとであった。今になって思えば軽率だとしか思えない行動である。それでもあの時の自分はまだ創史に恋するただの子供で、そして確かに創史のお気に入りであるのだから。その時、そして今もずっと創史の事を見てきたが、ここまで関係を続けていたのは翔だけだったし、少なからず創史は翔には優しかった、一歩前を歩いてくれるくらいには。
「だれ…?誰っ?俺よりも大事?ねぇ、」
「ああ。」
その時ふいにこちらを見た創史の顔を、翔は一生忘れる事はないだろう。
「世界でいちばん、愛してる。」
帝王が見せた、人間の顔を、綺麗な笑みを、忘れる術があるというのなら、誰かやってみせて欲しい。

その日から翔は今以上の関係を創史に求めた事はない。創史にあんな表情をさせる人物に自分が適うわけがないし、自分の我が儘で創史の思いを消したくはない。今の関係でも充分彼の邪魔をしている気はするが、創史がそれを拒まない以上、この位置を自ら手放すことはない。それくらいは許してほしいし、そしてきっと名前も分からぬ誰かへの唯一の抵抗のつもりなのだろうから。
だから、だからこそ、その名前も分からぬ誰かに勝てるはずもないのに、勝ち誇ったような笑みを向ける昴が大嫌いなのだ。その笑みが一点の歪みもなく酷く優しいものだと心の奥底では分かっていようが、多分きっとその誰かが昴である事を感じ取っていようが、翔は昴が世界で一番大嫌いなのだ。



(告白の後日、創史の部屋に呼ばれた翔は、創史が湯を浴びる間にこっそりと学生証を覗き見た。2つ折りになった学生証入れには、学生証と確かに写真が一枚、挟んであった。翔は息を詰める。なんで、どうして、だって、でも、言葉がなかなか一つに纏まらず、目眩がした。真新しい中等部の制服を着た写真の人物は、ほんのりと笑みを浮かべている。大人びていて、しかしまだ少年特有の無邪気さが抜けてない様なそんな笑みだ。気づかない訳がない、気づけない訳がない。創史が未だに自分を捨てない理由と、自分を選ばない理由を同時に理解して、翔は一滴だけ涙を流した。)



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