小さな世界で生きていたい





「昴さんは会長の事が好きですよね」

あれからもう2ヶ月だ。たった2ヶ月、真壁琢磨は小さく笑みを作った。新生徒会発足後体育祭という最初の難問を乗り越えたことも、生徒会のメンバーや寮生活にも馴染めてきたことも、しかしそれよりもなによりも彼の笑顔の意味を見つけるのにかかった時間、この2ヶ月は琢磨にとっても、彼、瀬戸昴にとってもただの2ヶ月間でなかったのは確かである。それが正であるか負であるかは、未だ見ぬ結果次第なのだろうけれど。
琢磨は手に持った箒を休むことなく動かしながら、目線を黒板のスピーカー、その上にある時計へと向けた。丁度の長針と短針が真上をむく時間帯、梅雨が明けたばかりの空は酷く閑散としていた。生徒会室には琢磨と昴しかいない。今日は期末考査1週間前であることと、明日が一般クラスの授業参観ということで、授業は3限目で終了、あとは各クラス準備となっていた。それは特進クラスも同様で、参観自体が行われないとはいえ準備という名の大掃除に駆り出されている。高校の授業参観といえど、それなりに進学校として名を馳せるこの学校は父兄の出席率が非常に高い。我が子を見にくるのではなく、高い学費を払ってまで通わせる学校の授業が、我が子に本当に相応しいかどうかを見定めにくるのだそうだ。だから嫌なんだ、生真面目だけがとりえの生徒会顧問、高杉先生も小さく愚痴て生徒会室を出て行った。生徒会室も開放されるとあって、一年からは琢磨が、二年からは昴が代表として二人で掃除を行っている。
「……聞いてます?」
「ちゃんと聞いてるよ。」
疑問形にしなかったのは、特に真意を確かめる必要などないからで(火を見るより明らかな事実であるため)、きっと言い聞かせたかっただけであろう。彼にも、そして自分にも、早く認めてあげなくてはならないと、逃げ道など最初からないのだと、理解させたかったのだろう。
昴は生徒会室(といってもただの空き教室であるが)の真ん中に設置された会議用の長机に乗って蛍光灯のカバーについたほこりを落としていた。ゴム手袋をしっかりとはめ、一心に雑巾を使うその様は酷く几帳面に見えるのに、机の下に字の如く乱雑に脱ぎ捨てられた上靴に昴の性格が良く出ている。仕事に対する意識は真面目そのものであったが、その他にはなんとも無頓着だ。昴ははらりと机に落ちる埃を無表情で見送ってから、見下ろす形で琢磨を見た。殆ど変わらないとはいえ琢磨の方が若干身長が高いので、お互いになんとなく違和感を覚える。何秒か視線を交え、昴がふっと表情を崩した。
「いきなりなにを言いだすかと思えば」
昴は適度に引き締まった腕を白いシャツの下から惜しげもなく晒しながら机に真っ黒に汚れた雑巾を落とすと、自らもゴム手袋を外しながら机に尻をついた。そのまますらりと伸びた足を、右足を上にして組む。行儀が悪い、はしたないなどの前に、悔しいほど様になっていて、その仕草を酷く自然に受け入れた。
「聞かなくてももう分かってるくせに」
「そうですけど」
「なんだよそれ」
昴はライクだとかラブだとか、在り来たりで野暮な事は言わなかった。そんな雰囲気ではないし、最初から言うつもりもない。いつかこんな日がくるだろうとぼんやり理解していたからである。核心をつかれて、決断をしなければならない日がくるだろうと、漠然と感じていたからである。このままではいけない、そう思っているのは二人ともだ。
「いつから好きなんですか」
「……分からない、けど、」
昴は一度ふう、と息を吐いた。組んだ膝の上に右手を重ねて、目線だけを琢磨から外した。
「思い出の中俺は、いつもあいつの事を考えていたよ」
ふわりと笑う昴はとても彼らしくて、ああ、適わないのだな、と思う。最初から理解は出来ていた。それでもと手を延ばしたのは、彼が酷く優しくて、それ以上にとても小さく感じられたからだ。琢磨はじっと昴を見つめた。相変わらず整った横顔に窓から入りこむ光が陰影をつけている。悔しいほどに綺麗だった。
「……今は」
「…………」
「今も考えてるんですか、創史先輩のこと」「…………」
昴は空を見つめたまま沈黙した。意外と饒舌な昴が意味もなしにまるで考え込むような間を作るのはとても珍しい。琢磨は、届くようでまだ遠い核心が欲しかった。
「昴さん」
「考えてるよ、……でも」
昴は相変わらず空を見つめている。そのまま吐き出された言葉はとても力強くて、それがただの強がりであると分かるくらいには、琢磨は核心に近づいていた。
「同じくらい、琢磨のことを考えてたよ」
タイミングを見計らっていたかのように、チャイムが響く。もう疲れたんだ。高音で鳴り響くそれに隠れて、諦めるように呟いた昴の手は、真っ白になるほど強く握りしめられていた。琢磨はそこでやっと目線をはずし、いつの間にか止めていた手を動かした。指先の伸びかけた爪が気にかかる。帰ったら整えよう。細い手首を思い切り掴んでも、痛くないように。











人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -