まだ雪は降らない



生々しい臭いがする。血生臭い、獣のような臭いだ。身体から熱を奪っていく冷え切ったアスファルトは無機質なはずなのに、まるで生きているかの様、目の前を通り過ぎていく人々の雑踏の隙間から、煙たいくらいに生々しい臭いをたちこめている。もうすぐ日も落ちる時間帯、いつも以上に浮き足立つ人々を煽るように、ところどころで何色かのネオンが光始めた。きぃんと冷たい空気が頬を刺激する。真っ赤になった指先を昨日新調したばかりのピーコートのポケットに入れて誤魔化した。手袋は長引いた講義のせいで片方だけ教室に置いてきた。忘れたとも言う。今朝の天気予報は今年はホワイトクリスマスになるでしょう、と真っ赤な衣装をまとったアナウンサーが締めくくっていた。マフラーに顔をうずめて、ぶるりと身体を震わせた。思いを馳せる、待ち人はまだ来ない。酷く整った容姿を持つ彼は、伸ばし続けていた髪を気まぐれで切る事にしたらしい。一見不衛生に見える肩甲骨の下あたりまで真っ直ぐに伸びた髪は、彼の優しい容姿にとても良く合ってまるで女性の様な柔らかさを出していた。昔から体の真ん中にど太い芯を持っていたので、彼は良く神は二物を与えるなどと揶揄られたものだった。実際、こんな自己主張の強すぎる、協調性も可愛げも甲斐
性も無い年下の男と付き合っている時点で、神は二物どころか何も与えなかったようなものだ。
思いを馳せる。大体今日彼は仕事なのだと思っていた。だから少しだけでも、と時間を作ってくれた彼の為に色々と、普段使わない頭を全力て回転させて、寒いだろうから室内の方がとか、でもこの陽気な街を歩いたりとか、どんな言葉を伝えようだとか、それはもう色々と考えていたというのに、だ。仕事は何時に終わる?そう聞けば彼はあっけらかんと、仕事じゃないよ、だって休みだし、そう言い放ったのだ。切ったら一番に見せてあげる、その一言で長くなった講義から全力で走ってここまで来た自分にため息をつきつつ、口元はにやけてしまう。それがまた無性に悔しくて悲しくて苛ついてしまうのだが、惚れた弱みと言う言葉でどれも片付けられてしまうのだ。
仕方無いので彼が短い髪を揺らして来たらまず抱き締めてやろうと思う。彼が、戸惑いながら感想を聞いて来たら、どんな椿も好きだと伝えてやるのだ。アスファルトの臭いに混じって、嗅ぎなれた、一番落ち着く甘いムスクの香りが、広がって、光源が輝き始めた街で、ふっと目を閉じた。





ざざっとクリスマス
あいすること。の元になった子たち



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