流星を戴く



イナズマ2捏造/グラヒロ





それを愛と呼ぶからこそ、今自分はここに両足をつけて立っていられるのだろう。地べたに這い蹲ることなく、ぴんと背筋を伸ばし、しっかりと顔をあげ歩いているのだろう。真っ直ぐと前を見ることだけは、いつのまにか出来なくなっていたけれど。

暖かい日が続いているとはいえ、さすがに完全に太陽が沈んでしまった時間帯に暖房もなにもない、窓が締め切ってあるだけの廊下を寝間着代わりの浴衣一枚で歩くのは少し辛い。羽織りを忘れてしまった自分が悪いのであるが、浴室から自分に与えられた部屋まで歩くうちにすっかり体は冷えてしまっていた。裸足でぺたぺたと音をさせながらあまり掃除が行き届いていない廊下を進む。すでに消灯の時間がすぎているので窓から入る星も月もないまっさらな夜空の薄明かりが全てだが、ついこの間まではそれでもわかるほどきらりと綺麗に磨かれていた。いつ父さんが来ても良いようにと、ぶちぶちと文句をこぼしながらも、毎日皆で雑巾片手に掃除をしていたあの日々も、今もう思い出とも言えないただの記憶の断片となっていた。二階に上がる階段が見えたところでひやり、と風が剥き出しの肌を凪いだ。どうやら庭へと続く扉が開いているらしい。なんとも不用心であるが、今は仕様がないと言う言葉で片付けてしまうしかないのだろう。妙に肌を刺す風を感じながら扉に左手をかける、ふと庭を見やれば左側に全員分の洗濯物を干すためにあるはずだった、全て途中で何度も折ら
れた7本の物干し竿と小さな砂場があった跡、右側に無惨にも切り刻まれ踏みつぶされた原型を留めていない花壇、そして真ん中に人影を見つけた。背中を向けられてはいるが風に靡く癖のある長髪は確かに見覚えのあるもので、見間違うはずもない寝間着姿で空をただただ見上げているレーゼに寒くないのか、とぞわりと鳥肌をたたせる自分の肌を感じながらしばらく目を離せずにいた。段々と冷えて行く体と、冷え切った心は、薄手で水色の水玉模様の寝間着姿の彼でさえ、温かそうだと感じるのだ。
それほど時間もたたずに、彼はこちらを振り向いた。一度ぎょる、と見開き体を硬直させてから、なんとも言えない目線を寄せてくる。眉間に皺を寄せて睨んでいるのであろうその表情も、しかし年下らしく幼い顔つきなものだからなんだか少し面白くなった。
先に目線を反らしたのは自分で、動き出したのも自分で、何もしなかったのは二人ともだ。記憶の断片でなく確かに思い出で今よりも彼を思いだす。良く懐いてくれてところ構わず抱きついてきて、それがとても危なっかしくて、いつもあどけなくくるくる笑っていて、思い出の中の彼はどれも笑顔だった。
階段を上り終わり一番最初にある自分の部屋に入る。電気も着けぬままたいして柔らかくもないベッドにダイブして思い出した。彼は明日、戦場に行く。そのまま瞼を落とした。


懐かしい夢を見た。唯一年上のイザームは、酷く生真面目でいつも他人に厳しくて、それ以上に自分に厳しかった。頑張ればその分優しさをくれて、けれども至極無器用なせいでどうしたら良いか分からずに、いつも無表情で頭を撫でられた。雰囲気に似合わずふわりと乗せられる手がくすぐったくて思わず笑えば、彼も笑顔をくれた。
いつも隣にいたのは意外とガゼルで、最初はたまに訳の分からない事を喋りだすガゼルに子供ながら軽い恐怖感を覚えたがそれが彼の趣味であり個性であると理解してからはたまにその趣味に付き合うこともした。可もなく不可もなく、喧嘩もなかったがそれほど仲が良かったわけでもない。それでも一番笑顔を交わし合ったのは、多分彼だと思う。
逆にバーンとはいつも喧嘩ばかりだった。彼は幼い頃からがさつで変な所だけ几帳面で、つまり神経質だった。あれは今考えると早すぎる反抗期だったのだと思う。喧嘩ばかりだったけれど、楽しい思い出の中にはほとんど彼も関わっていた。

目をあければ外は橙色に光っていて、どうやら少し早く起きすぎた様であった。もう一眠りしようにも完全に目は冴えていたので、若干損をしたような気分になりながらも起き上がることにした。今日でこの場所とも暫く、もしかすると一生のお別れかもしれないから、目に焼き付けておくのも良いかもしれない。例えあの頃のような爛々と輝くパステルカラーでなくなった無残なモノクロとも言えないこの場所でも、だ。

「ねぇ知ってた?魂の重さはたった21グラムなんだって。君は僕、僕は君。二人は一つ、一つは二人。だから、約10グラム、君が居ようが居まいが僕にはこれっぽっちも支障はないんだ。」
朝のからりとした空気が喉を刺激する。酷く水道水が飲みたくなった。
「でもね、父さんは違う。父さんには君が必要で、それ以上に彼が必要で、つまり僕はただの代用品(レプリカ)で、僕は底辺…君と僕の比率も5:5じゃないんだよ」
頭を枕から起きあがらせると、露出された首と腕が急に肌寒くなって、毛布を首まで巻きつけた。
「これの意味が分かるかな?」
はぁ、と吐く息が至極暖かい。
「僕には君が必要なんだよ」
その生温さに酷く吐き気がした。
「ねぇ、………グラン」
独白は所詮独り言でしかなく、独り言は既に言語ですらない。動悸は激しく、血は滞りなく全身に流れる。生きている、生きている、死んで行く為に、生きて逝く。何が起こるか分からない毎日の中で、不特定多数の中の一人でいたかった。それでもきっと、選ばれてしまったのだから仕方のないことなのだろう。
「だから僕は君を愛してるよ。離してなんかやらないからね」
あと何時間もすれば自分はグランとして富士の樹海に居るのだろう。愛の為に、家族の為に、父の為に、自分の為に。グランと言う仮面を被り続けるのだろう。その時自分は果たして今と同じ言葉を紡げるのだろうか。愛していると、言えるのだろうか。
まだ見ぬ先のことは誰にも分からない。けれども多分、いつかその時が来るとすれば、きっと正面を向いて歩くことが出来るのだろう。両足でしっかりと地を蹴り、背筋をぴんと伸ばして、顔をあげて真正面をしっかりと見て、正しい二足歩行が出来るようになるのだろう。その時まで、擬似的片思いを続けることにする。大陽が登りきった空は、真白な雲で覆われていた。







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