遊星歯車機構



planetary gear mechanism


唯一それは、必然であり、まさしく運命であるのだろう。酷く押さえ込んだ激動が溢れ出す前に、いつも必死で仕舞い込むのだ。全ては自らの華奢な矜持を保つためであるのだろう。人は、誰しも自らを中心に生きるしかないのだから。
だから、本当に、どうしても、なにがなんでも、それこそどんな手を使っても溢れ出してしまった時位は、過去を振り返るのも許してほしい。とても優しく暖かい、幸せを象った記憶を浮かべることくらい、見逃してほしい。それがまた自分を深く貶めることになると分かった上で、だ。忘れたくない、忘れられない、忘れるわけにはいかない、目を閉じれば、それだけで浮かび上がる、小さな、小さな、





「あにうえはとてもきれいです」
自分を必死で見上げてくる瞳が何かを伝えたそうだったので、膝を屈めて目線を合わせてやった。そうしたらなんとまぁ嬉しそうにからりと微笑んでから、何を思ったか脈略もなくそんなことを言い始めた。何度も、何度もまるで夢心地であるかのよう、きれい、きれい、と笑みを深めていく様に、確かに愛しさを覚えたのだがそれ以上に自分は子供とはいえ男でありそして何より兄であったので、手放しに喜ぶことが出来ず苦笑し曖昧に相槌を打つことで自らの小さな矜持を守っていた。しかし弟はその葛藤にも気付く様子はなく、まるで言葉を覚えたての子供のようにひたすらきれい、と笑い続ける。実際覚えたての子供に、空気を感じろというのも無理であった。
「あにうえはとてもきらきらと輝いていらっしゃる、」
「それはお前もだろう」
屈んだことにより床へとついてしまった髪に、小さな手を伸ばしてまた笑うので、迷わず同じ色をした、こちらは耳の下で切りそろえられた髪に触れた。柔らかいそれは、この間本家で触れた赤子と同じ幼子特有の感触であるのに、赤子の夜の闇を深くきつく閉じ込めたような黒色とは正反対の、こちらはまるで太陽の光をひたすら反射させて色を飛ばしたような、金色であった。もちろん兄である自分も同じ色をしていて、これは二人して母親から譲り受けたものであった。母親というよりも、彼女、と言った方がしっくりくるのであるが。彼女は自分たちを、"彼の子供"としか認識してはいなかったからだ。全ては彼の為にあって、その為に彼女は母親になった。彼、父親の姿はほとんど覚えていない。自分が3つの誕生日を迎えたその日、"暗殺者"としての歩みを強制的に始めさせられたその日、彼は幽閉されたのだから。残ったのは赤黒く染められた自らの体と、暗殺者の顔をした彼女と、彼女の腹に宿る、結葉だけであった。だから、
「あにうえはとてもきれいだから、ゆいはがまもります!」
「なら結葉も綺麗だからな、俺が守ろう」
たった一人の弟、絶対に守ってみせる。もうすぐ彼女を自らの手で壊すことになる、だからこそ、君だけはなにがあっても、何をしても、なにと換えても、この手で守ってみせるよう。それが例え、君への最大の裏切りであってもだ。

だから結葉、恨んでくれて構わない、憎んでくれて構わない、だからせめて最後まで、忘れないでいてくれないだろうか。馬鹿な兄がいたことを、不器用な兄がいたことを、あわよくばそんな兄が精一杯の愛を捧げていたということを。それだけでこの心は、体は報われるのだ。





「結葉か」
意識が覚醒するよりも早く、気配を感じ体が反応していた。どうやら少し眠っていたようである。自分がこうも敏感になったのはいつからであろうか、最初から神経質であった気はするが、部屋の向こう側とはいえそれが唯一無二血を分けた弟であろうと人が通るだけで毎回反応してしまう体に、良い加減嫌気もさしてくる。
「はい、失礼致します」
きっちりと発せられた言葉に、あの頃の舌っ足らずでたどたどしく、明るさを含んだ表情は感じられない。実際に結葉は最近とくに表情が少なくなった。自分にいわれたくはないであろうが。
「ただいま戻ったので、報告に参りました」それでも減っていく表情とは裏腹に、あの頃の自分よりも長く伸びたであろう金色の髪は、変わらずにきらきらと輝いていたので、
「そうか…………おいで」
溢れ出る何かにまかせ、久しぶりに生意気にも自分よりも大きく育ったその体を抱きしめてみたくなった。
「まっ…舞葉様っ…!」
「黙れ」
暴れる結葉を一言で丸め込んでまだ吃驚と目をまん丸く開く顔を自らの薄い胸押し付けさらに腕の力を強めた。さぞかし苦痛であろう。それでも、今はこのたぎりを落ち着かせることに協力してもらいたい。殺したいであろう、実際いつか殺す、といわれたのだ。それほど憎む相手に、体を預けるなど、そんな結葉の気持ちを分かっていながら、やはり離す気は更々ないのである。何故ならやはり人間はどう考えようとも自らを中心に生きているからだ。だから、

「………………兄上…あにうえ」
預けられた体重と微かに聞こえるその声も、良い意味で捉えることにしよう。
それで、良いのである、






素敵な物を見つけたので思わずがさがさ
所詮は1時間クオリティである





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -