矛盾
「私はあなたを利用する」
そう彼女は私の目を見て言った。
驚いた。今まで彼女は一回も私の目をこんな、強い目で見たことはなかった。いつも向けられたのは哀れみの目だった。だが今向けられている瞳は、私のことをただの足場としか思っていない。言葉を目でも言っているようだった。
「ほう?一体なぜ?」
驚きを隠しながら彼女のその目を見ながらいう。
すると彼女は小さなテーブルに置いてあるティーカップに入った暖かな紅茶を一口飲んだ。その紅茶にはいつも入れていた彼女特有の〈隠し味〉がないのを私は知っている。そしてそれが質問の答えだということもわかっている。
「私が、〈私のままで生きる〉ため」
その言葉を聞いた途端私はふっとつい笑いがこみ上げた。わかってはいたが一度出るとそのおかしさはとどまることをしらず、大きな声をあげて私は笑った。
なんていうかおかしさだろう。
なんていう、矛盾だろうか。
「ラグナロク。お前は本当に私たち〈兄弟〉の中で異質だな」
そういうと彼女はまぶたを少しおろし、寂しげな表情を見せた。しかしその目にある決意は変わっていない。
「そう…作られたから、かもしれない」
そうポツリという。
その時、何故父が、彼女を作ったのか少し理解できたような気がした。
彼女、というイレギュラーがいればたしかに父にとってはこの世界は、この御伽噺は面白くなるだろう。
たったひとつの約束のために。
彼女はいま、彼女が愛する世界を壊すことに近い道を選んだ。いや、もはや彼女にとって世界は、約束に比べたらもう大した価値も持たないのかもしれない。
そしてまた、彼女はまぶたをあげ私のことを強く見つめた。
「インカローズ、私のことを、
災厄から守って」
死にたがりの少女は〈生きること〉を選んだ。
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