三國/創作:V 【悪魔の花嫁U】 不思議に思って名無しの顔を見下ろすと、どうやら気を失っていた。 「───こいつ……また気絶したな……?」 曹丕は、気絶してすっかり意識を失ってしまった名無しを逞しい腕の中に抱き留めると、呆れたように呟いた。 (仲達……爪が甘い。体力増強は指導の中に入ってないのか?) 曹丕は自分の激しさをあっさり棚に上げて司馬懿のせいにすると、名無しの中から自身を引き抜きながら考える。 「さて。楽しんだのは良かったが、どうやって名無しの中から果肉を取り出すか……」 曹丕は珍しく眉間に皺を寄せるようにして、真剣に考える。 ───激しく面倒臭い。 曹丕の脳裏にはそんな言葉が浮かんでいたが、予定変更をしたのは他ならぬ自分自身なので、誰にも文句を言う事は出来ない。 曹丕はしばらく悩んだ後、仕方なくといった様子で名無しを抱き上げて、浴室へと向かって行った。 「殿ご自身の問題を、私の責任にされるのは困りますな」 トレードマークの黒羽扇をゆっくりと揺らして、司馬懿がムッとした顔で曹丕を見る。 宴の夜から5日後、司馬懿は仕事関係の書類を持って曹丕の部屋を訪れていた。 初めは普通に仕事の話をしていたのだが、何かの拍子で話題が宴の夜の出来事に移り、曹丕から事の顛末を聞いた司馬懿は文句を言っていた。 「巨峰を全部指で掻き出したのは別にいいですが、果汁で内壁がかぶれたらどうするんですか。調教予定にも支障が出ます」 「そう怒るな、仲達」 「なので食物プレイだけはやめて下さいと、何度も申し上げたはずです」 「はしゃぎすぎたか」 「はしゃぎすぎです」 お互いどうでも良さそうな口振りで、曹丕と司馬懿はいつも通りの不毛な会話を繰り返す。 名無しの調教を任されているという立場上曹丕の行為に釘を刺す司馬懿だが、その一方で彼と同じ性癖を持つ者として、曹丕の気持ちもある程度は理解出来ていた。 フィストファックも、アナルも、ボディピアスも、鞭打ちも、蝋燭も、スパンキングも、何もかもが出来ないなんて。 自分達のような男にとって、そんなノーマルプレイはこの世の全ての煩悩を捨てた────もはや出家に等しい世界だ。 いくら名無しの事が可愛くて仕方ないとしても、曹丕にしてみればあれ位の事はしなければ不満と欝憤が堪るだろうと司馬懿は思った。 「ところで聞いて下さいますか、殿」 「何だ」 「私もようやく、ゴリラが頬を染めるまでになりました」 「!!」 司馬懿の言葉を聞いた曹丕の双眼が、驚きと共にゆっくりと見開かれていく。 「まだ足を開かせるには至っておりませんが、まぁ…それも時間の問題かと」 そう言って薄く微笑む司馬懿を見て、曹丕も同じようにして意味深な薄笑いを返す。 「勝負するか」 「望むところです、殿。しかし…申し訳ありませんが、いくら殿がお相手でも遠慮は一切致しませんよ。こう見えて私、負けず嫌いな性分でして」 「ふん。それは私も同じ事だ。いかにお前が相手でも、私は勝負と名の付く事に関しては───本気でいくぞ」 曹丕は自信たっぷりの顔でそう司馬懿に言うと、右手で左手の指を一本ずつ引っ張り、関節の音をパキパキッと順番に鳴らしていく。 司馬懿は優雅に羽扇を揺らしつつ、『何を賭けましょうかねえ…』と呟いてぼんやり遠くを眺めていた。 反対側の指先も引っ張って一通り関節を鳴らし終わった後、曹丕はふと思い出したような顔で司馬懿に視線を注ぐ。 「そういえば仲達よ。お前から貰った例の『睡眠薬』なのだが、まだ半分以上残っている。………取っておいても構わんか?」 朝からすこぶる機嫌の良い曹丕は、いつになく穏やかな顔付きを司馬懿に向けていた。 李慶達御一行は魏国に三日間滞在した後母国への帰路につき、両国の絆はますます良好なものになったというのが世間の評判である。 そして、曹丕が李慶死亡の知らせを聞いたのは、彼らが城を出てから二日目───今朝の事だった。 最近まで健やかだった末の皇子の、突然の死去。 彼の死に疑問を抱いた彼の親族や重臣達は何人もの医師を呼んでその原因を探ろうとしたが、李慶の遺体からは何も手がかりになりそうな物は出てこなかった。 李慶の遺体は明日、王族の葬儀を代々執り行っている神殿の広場で焼かれるのだという。 母国に戻ってから、急激な病魔に襲われ高熱に侵されて苦しんでいた李慶は、朦朧とした意識の中で意味不明なうわごとを度々口ずさんでいたらしい。 『暗闇が迫ってくる』 『魔王がそこにいる。俺が死ぬのを今か今かと待ち構えている』 『鬼達が列をなして俺の前を歩いている。魑魅魍魎の群れだ。百鬼夜行だ…!』 李慶は死の直前まで奇妙な幻覚に悩まされ、堪え難い苦悶で何時間ものたうち回ってから息を引き取ったそうだ。 「………あれは殿に『差し上げた』のです。どうぞ殿のお好きなようになさって下さい」 司馬懿は作り物めいた綺麗な顔で不敵に笑い、李慶の悲報を知らせる文書を眺めている曹丕を見つめた。 曹丕はそんな司馬懿の視線に気付いて顔を上げると、低い声で『そうか』とたった一言呟いた。 そして長い指で顎を撫でてしばらく考え込む素振りをすると、やがて何かの結論が導きだされたかの如く、ニヤリと唇の端を吊り上げる。 「では…お前の言う通り、この『睡眠薬』の残りは私が預かっておこう」 滝の流れるような長い黒髪を持つ曹丕は、世間的に見ても稀に見る美男子である。 しかし彼が普通の男と違う所は、細められた彼の黒い瞳には獲物を見定めるような狡猾さが見え隠れしている事だった。 曹丕は、見つめられただけで拘束されそうな怜悧な双眼で李慶死去の書類を端から端まで眺めると、もはや用無しとばかりに両手でビリビリと破り捨てる。 その様子を楽しそうに見つめる司馬懿の視界の先には、機嫌良さげに高笑いをする曹丕の姿があった。 「また再び、何か『問題』が起こって眠れぬ夜が訪れた時の為に……な。フフッ…フハハハハッ……!!」 そんな怠惰で窮屈な現世から、私がお前の心と体を解き放ってやろう。 魔王の寵愛を一身に注がれた誉れある唯一無二の存在として、その身に私の情けを受け、精を受け、魂ごと冥府魔道に堕ちるがいい。 地獄の亡者達も我々の婚姻を口々に祝福し、お前に向かって懸命に手を伸ばし、地底の底から『こちらへ来い』と叫び声を上げているのが聞こえるだろう。 分かるであろう?名無し。魔界はお前を呼んでいるのだ。 ────他の女ではない。 ─END─ →後書き [TOP] ×
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