三國/創作:V 【悪魔の花嫁U】 曹丕からの予期せぬ呼び出しに、名無しの脳裏を一抹の不安がよぎる。 やっぱり、さっきの李慶殿に関する事なのだろうか。 もうお風呂も入ったしこれから寝ようと思っていた所だが、曹丕の命とあっては行くしかない。 すでに風呂上がりで寝間着に着替えてしまっている名無しは、悩んだ後に寝間着の上から上着を羽織って部屋を出た。 そして冷たい夜風に体を震わせながら曹丕の部屋に続く長い廊下を歩き、ついさっき到着した所だったのだ。 「もしかして、大事な話の途中だった?もしそうなら、私…また明日出直してきます」 今の今まで話し込んでいたように思える雰囲気を感じ取り、名無しはこのまま部屋の中央まで進んでいいのかどうか躊躇う。 そんな名無しを横目でチラリと一瞥すると、司馬懿はおもむろに席から立ち上がり、曹丕に一礼して退室の意志を述べた。 「では、殿。私はこれで……」 「色々と気を遣わせてすまなかったな、仲達。後の事はよろしく頼む」 司馬懿と一言二言会話を交わし、曹丕は改めて名無しの方へ顔に向ける。 『こちらへ来い』と曹丕に呼ばれ、名無しは一瞬困ったような表情を浮かべたが、素直に曹丕の言葉に従った。 この城にいる限り、曹丕の命令に逆らう事など不可能なのだ。諦めるしかない。 「口を見せろ」 曹丕は歩み寄ってきた名無しに手を伸ばすと、彼女の腕をグイッと引っ張るようにして自分の方へと抱き寄せた。 逞しい腕の中に名無しの体をすっぽりと収めると、名無しが使用している薔薇のボディーソープの香りが彼女の全身からふんわりと漂ってくる。 「…思ったより傷口は浅いようだな。それなら良い」 名無しの口元を見た曹丕は安堵したように両目を細めると、右手をゆっくりと名無しの胸元に滑らせていく。 「ふん…つまらぬ。今日は何も着けられていないのか?名無しのボディクリップ姿は絶品で、気に入っていたのだが……」 曹丕が名無しの乳首を確認するようにして指先で撫でながら、耳元で低く囁く。 「あっ…。いや……」 一瞬、曹丕の腕から逃れようと身を捩った名無しだが、調教された身体は名無しの意志と真逆の反応を見せる。 甘い喘ぎ声を上げ、ねだるように自ら下腹部を擦りつけ、もっと触って欲しいとばかりに腰をくねらせて曹丕に訴えてしまう。 曹丕は大胆で破廉恥な名無しの姿を見て、満足気な笑みを浮かべて司馬懿の方に視線を向ける。 「いい仕上がりだ。さすがと言うべきだな、仲達」 「光栄です」 司馬懿は自信に満ち溢れた顔でニヤリと唇の端を吊り上げると、そのまま扉を開けて曹丕の部屋から出て行った。 「……曹丕……」 「何だ」 縋りつくような眼差しで曹丕を見上げ、名無しが困ったような切ないような、何とも複雑な顔をする。 名無しはゴクッと生唾を飲み込むと、勇気を奮い立たせるようにして、今までずっと感じていた疑問を曹丕にぶつけてみた。 「あの…曹丕。ずっと気になっていたんだけど、どうして私にこんな事を求めるの」 「……何?」 「だって曹丕は抱えきれない程沢山の女性が集まるハーレムも持っているはずなのに。どうして私を……」 そう。それが名無しは一番気になっていた事だった。 曹丕は別に女性に不自由している男ではない。 国中から捜し出された選りすぐりの美女達をハーレムの女として囲い込み、いつでも誰とでも好きな時にセックス出来る男性なのだ。 そればかりではない。皇子である曹丕が一言命じれば、貴族や王族達に身体を開くためだけに用意された、専属の高級娼婦達だって自由に抱く事が出来る。 その上司馬懿によって彼好みに調教された、抜群のテクニックを持つ美姫達がこの城にはゴロゴロ存在していた。 それなのにどうしてこんな自分を寝室に呼ぼうとするのか、名無しにはどうしても理解出来ない。 そう思った名無しが単純な疑問を口にすると、曹丕は露骨なまでの不快感を端整な美貌に貼り付ける。 「何故そんな事を聞く?私は皇子だ。好きな時に好きなだけ好きな女を抱く。お前に文句を言われる筋合いなどない」 「でも…。私なんかに構っているよりも、ハーレムの女性達の方が……」 「黙れ。ハーレムには今でもちゃんと通っている。私は皇子としての責任を果たしておるわ。お前に余計な口を挟む権利はない」 それ自体が物理的な力を伴っているような、張りのある低音の声が名無しに降り注ぐ。 曹丕の言葉は、決して逆らう事を許さない絶対的な命令だった。 「だが…そうだな。お前が私の意に従わないというのなら、直ちにハーレムの女共を解放してやる。一人残らず全員……な」 「……!」 「ハーレムなどいつでも作れる。また女が欲しいと思ったら、新しく作り直せば良い」 「そ…そんなっ…」 曹丕の冷酷な言葉を聞くなり、名無しの顔からサーッと血の気が引いていく。 名無しが以前人づてに聞いた情報によると、ハーレムにいる女性達を全て解放するという事は彼女達の『終わり』を意味している。 もはや飽きてしまった女達を、『再利用』するという事である。 他の身分ある貴族や武将、そして性欲を持て余した下位の兵士達の為に、性奴隷用として売り渡すという事なのだ。 「なんて…なんて無慈悲な事をっ。ハーレムの女性達は曹丕の情けを得る為だけに生活しているのに。曹丕の庇護が無かったら、生きていけない女性ばかりなのに…なんて…酷い事を……」 曹丕専用としてハーレムに集められ、皇子である彼の為だけに夜毎身体を開いてきた女達が、ある日突然見ず知らずの男達の愛玩具として安値で売り払われる。 彼女達と同じ一人の女として、名無しはそんな事を平気で言い放つ曹丕がどうしても許せなかった。 「い、いつでも作れるなんて…作り直すなんて信じられない。女性達の事を…まるで物みたいに扱うなんて…。信じられないっ」 名無しはそう声を上げると、怒りと哀しみのあまり目尻に涙を滲ませて、下唇をキュッと噛み締める。 しかし曹丕はそんな名無しの姿を見ても、少しの哀れみや同情の感情を女達に対して抱く事はない。 それどころか、名無しが哀しげに両目一杯涙を溜めて曹丕に懇願すれば懇願する程、曹丕は余計に楽しそうな顔で不敵に唇を歪めるだけである。 [TOP] ×
|