三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【悪魔の花嫁U】
 




(一体どうしたらいいのだろう。……どうしたら)


昼間とはまるで違う、めっきり冷え込んだ秋の夜風から身を守るように己の身体を両腕で抱き締める。

この魏国の城内では、誰も曹丕や司馬懿に逆らう事は出来やしない。

曹丕の父親である曹操にこの事実を打ち明けて助けを求めようと、一時思った事もあった。


だが────どうして本当の事が言えよう。


貴方の自慢の息子である曹丕とこの国きっての有能軍師の司馬懿二人に、自分は乱暴された身なのだと。

自分の意志も全く無視されて、彼らの都合のいい時に都合のいい形で、いいようにこの身体を自由にされているのだと。

そして彼らの好みに合わせる事が出来るよう、『調教』という名の元に、様々な方法を試されているのだと。

彼らの好きなように犯されているのだと。まるで実験動物のように、心ないオモチャのように扱われているのだと。

そんな事を、自分をこの城に引き入れてくれた大恩ある曹操には言いたくなかった。

と、言うか。

自分自身の名誉の為にも、男達の欲望のままに『汚された女』だという事を、他の人間には一切知られたくなかっただけなのかもしれない。


(───それにこんな話をしてみた所で、誰が自分の話を信じてくれるというのだろう)


寒さでブルッと身体を奮わせる名無しの口元に、自嘲気味の哀しい笑みが浮かぶ。

あの底無し沼のような黒い瞳に見つめられると、たちまち心身の自由が効かなくなる。

そしてどこまでも低く、それでいて微かに甘さを帯びたあの声で『命令』を下されると、一も二もなくその足元に跪き、従いたくなってしまうのだと。

こんな怪談やおとぎ話のような訴えを、一体誰が信じてくれると言うのだろう。

それに今更、この身体で必死になって抵抗した所で、彼らに今までされた事が帳消しになる訳でもない。

紛れもなく自分は言葉に出来ない位に破廉恥な事をされながら、涙と嗚咽でぐちゃぐちゃになった顔で彼らへの忠誠を誓わされた。

そして身が凍える程の恐怖と戦慄でおののきながら、最終的にはいつも彼らから与えられる快楽を貪った。

毎回毎回、何が何だか訳が分からなくなってしまい、情事という名の『拷問』の中で自分が何を口走っていたのかすら記憶にない。

あれは、一種の拷問に近い。

苦痛と快楽を同時に与えられ、天国と地獄が交互に入れ代わり、名無しの全身を犯し、貪り、闇の世界に突き落とす。

次から次へと色々な事を試そうとする彼らに、もはや意識が朦朧としている中で、何度『止めて下さい』と泣き叫んだ事か。

お願いです、許して下さいと、人間の羞恥や尊厳をかなぐり捨てて彼らに縋る自らの痴態を思い出した名無しは、その記憶を断ち切るようにギュッと目を閉じる。


あの4つの目に、あの二つの唇に、あの二十本の指先。


何があっても逆らえない。何があっても抵抗できない。逃れられない。


恐怖と快楽を絶妙に操る彼らの手練手管は、名無しの女としての理性やプライドを跡形もなく破壊するのだ。

今や名無しの心と体は、何もかも全てが曹丕と司馬懿の物だった。

二人に抱かれている間中、名無しはいつも思う。

自分をこんな風に変えてしまったあの男達が、心の底から憎らしい。

あんな男達に抱かれて快楽を得ている自分自身の汚れた身が、卑しい。


そして、あの同じ人間とは思えない程に美しい悪魔二人に、触れて貰える事への優越感に浸っているもう一人の自分が確かにいると。


………優越感?


(……っ)


ゾクッ。


そんな考えがチラリと脳裏をよぎった直後、名無しの全身は真冬のような極寒の冷気に包まれた。


(私…今…なんて事を考えたのだろう)


なんて───恐ろしい事を。


身の毛もよだつような恐怖感にガタガタッと膝を震わせて、名無しはその場に立ちすくむ。

こんな馬鹿な話が本当にあるのだろうか。

今までは絶対に有り得ないと思っていた。強姦から始まる愛情など。

力ずくで無理矢理犯されて、最初はただ泣き叫んでいただけなのに、何度も繰り返し抱かれる事で次第にその相手に情を移す事になり、心を奪われてしまうだなんて。

そんな安っぽいメロドラマのようなストーリーは、書物や舞台の中だけの話だと思っていた。

それが現実に自分の身に起こっているという客観的な事実が信じられなくて、名無しは延々と自問自答を繰り返す。

(……違う。あれは、あくまでもあの二人だったから。それをしたのが、あの二人だったから……)

そう。自分の身に起こったもう一つの不幸は、それがあの『曹丕』と『司馬懿』だったから。

だからこそ自分は彼らの肌と体温を身近に感じれば感じる程に彼らが心底憎く、そして愛しくなっていく。

一体どうすればいいと言うのだろう。このまま彼らの言いなりになっていてもいいのだろうか?

今更そんな事で悩んでみた所で、もうどうしようもない。


何故ならば。


強姦された後で愛を感じているのはあくまでも自分ただ一人だけであって、彼らは『そう』ではないのだから。


「うっ…えっ…。ひっく……。うぅっ……」

その事に気付いた名無しの頬を冷たい涙がツゥッ…と伝い、唇からは悲痛な色に染まった嗚咽が零れ出る。

この身に、この心に飽きてしまったら、曹丕や司馬懿はきっと要らなくなったペットでも捨てるかのように自分を廃棄するつもりなのだ。

自分の存在は、きっと彼らにとって体のいい玩具に過ぎないのだ。

曹丕の要求に答える為に司馬懿が幾多の高級娼婦達を育成してきた事を、名無しはつい先日初めて知った。

そして、一度曹丕に飽きられた女達は即刻ハーレムを追い出され、下臣や兵士達に『払い下げ』されているという事も。


他の女性達がそうであるように、私もいつか、きっと───。


「うぅっ…。ひっく……ぐすっ……」


こんな感情は、惨めだ。こんな自分は、もっと惨めだ。

そうでも考えていないと、最悪の事態を常に記憶の中に留めておかないと。

驚く程急激に彼らに魅せられていく心と身体を、名無しは自分自身に繋ぎ止めておく事が出来なかった。


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