三國/創作:V 【Another worldW】 俺はいつからこんなにも浅ましい男になってしまったというのだろう。 最愛の名無し様のお体を、雄としての爛れた欲望の対象にしてしまうだなんて。 こんな恐れ多くて罪深い事、きっと、死ぬまで誰にも言えない─────。 「あれ…?あっちの方でなんかザワザワしてないか?」 最初にその不穏な騒ぎに気が付いたのは、仲間の一人だった。 同僚の声に呼び戻されるようにして俺がハッと彼の指差す方角を見てみると、人込みの中で言い争っているような男女の声が聞こえてくる。 目を凝らしてその光景を注視していると、二人の女性が数人の若い男達に囲まれて、何やら因縁をつけられているみたいに思えた。 『嫌です』『離して下さいっ』と大きな声で叫び声を発している女性二人の体を、男達が笑いながら羽交い締めにしたり、お尻を撫で回したりしている。 彼女達は泣きだしそうな顔で周囲の人間達に向かって必死に助けを求めるも、誰も彼女達の呼び掛けに応えようとする者はいない。 その光景が気になった中年の男性がちらりとそちらに目線を向けただけで、柄の悪い男達の口からは『見てんじゃねえよ、ジジイ』『邪魔しやがるとぶっ殺すぞ』という乱暴な言葉が飛びかっている。 「あいつら……」 その様子を目にした俺は、体の奥深くからフツフツと怒りの感情が湧き上がっていた。 思わず腰に下げた剣を抜いてその人込みの渦に突っ込みそうになる俺を、仲間の兵士達が必死の思いで止めようとする。 「秦、やめろよっ。気持ちは分かるけど、今がどんなに大事な時期か知っているのか!?」 「そうだ秦。三日後に昇進試験が控えているっていう時に、一般人と喧嘩なんてするつもりかよ。もしそんな事が上に知れたら、大変なことになるぞ……!!」 そんな事になってしまったら、昇進試験への参加資格を失ってしまう事になる。 同僚達の言うとおり、ただの一般兵士の募集要項とは異なって、階級が上がれば上がる程にその試験に参加する対象者の素行調査のような物が行われる事もある。 もちろん一人一人の細密な素行に関するまで厳密に調べているような手間のかかる事は、上層部とて好んでするべくもない。 だが、ごくたまに、年に一度の割合で抜き打ち検査のようなものが行われ、数名の兵士達が適当にピックアップされた後、試験前後数日の行動を調べられる事もあるらしい。 要するに、軽率な行動は慎めという事を仲間達は俺に伝えたかった訳であるのだが、そんな事は他人から言われなくても十分承知の上だった。 俺の人生にとって今はかなり大事な時期とも言えるものであり、名無し様のお側で働けるようになれるかもしれないというせっかくのチャンスなのである。 こんな大切な時に何かのトラブルに巻き込まれてしまうのは、俺としても本意とする所ではない。 自分でもそう思っていたのだが、男達がその女性達の腕を掴んで無理矢理その場から連れ去ろうとし始めたのを目の当たりにした途端、俺の頭の中からはプツリとそんな思考は消え去っていた。 男の強い力に適うべくもなく、殆ど非力でなんの抵抗力も持たない哀れな女性達を無理矢理思い通りにしようとしている男達の姿が許せなかったのだ。 「やめ……!」 止めろ、と大きな声で叫びだそうとした直後、男達の背後から一人の女性が声をかけた。 「────おやめなさい」 一見何の変哲もない、ごく普通に見える女性。 こちら側からは丁度彼女の後ろ姿しか見えない形になっていた為に、その女性の顔立ちはよく分からない。 しかし、凛として落ち着き払ったその人の声のトーンからは、どことなくただの一般人ではないような、育ちの良さのようなものが感じられる。 タチの悪い不良青年達の行為を止めた女性の行動に、その行為をずっと傍観していただけの周囲の人間達から驚き混じりのどよめきの声が漏れていた。 「ああっ?なんだてめえは。邪魔したら殺すぞって言っただろうが。聞こえねーのか?」 仲間の多さという人数の助けも借りて、怖い物知らずの男達は全員一様に鋭い視線を彼女に向けて、乱暴な言葉を浴びせて威嚇する。 しかし、普通の町娘が好んで着るような、可愛らしいチャイナ服を着込んだその女性はそんな男達の脅しに何ら臆する事もなく、彼らの行為を制止しようと試み続けていた。 「もうその辺にしておいてあげて下さい。嫌がっているではないですか?」 どこまでも穏やかな、落ち着いた声で優しく彼らの行動を窘めながら、彼女は男達の標的になっていた女性二人に声をかける。 「大丈夫ですか。どこかお怪我はありませんか?」 「は…はいっ。わ、私達は大丈夫です。で…でもっ…」 「そう…。それは良かったです。私の事は気にしなくていいですから、早くここから離れて下さい。焦って転ばないように気をつけて…」 すっかり怯えてしまっている女性達の肩に手を添えて、優しく宥めつつもこの場から逃がしてやろうとしているその姿。 何度も頭を下げて御礼を言っている女性二人の後ろ姿を見送る彼女の横顔を見た途端、俺の心臓の鼓動がドクンと大きく跳ねた。 (名無し様!?) 思わず息を飲んでその光景を凝視していた俺の隣で、仲間の兵士達も口々にびっくりして声を上げる。 「お…おいっ。あれ…ひょっとして名無し様じゃないのか!?」 「ま、間違いねえよ。俺…戦場で一度しかお見かけしたことないけど、あんな感じの雰囲気だったぜ。顔付きといい、髪型といい…」 「名無し様が不良に絡まれてるなんて大問題だ。お助けしなきゃ…!!」 「で、でも…そもそも何でこんな所に名無し様がいらっしゃるんだよ?もしかして、城の人間にも知らせずにお忍びで城下町に出てきているんじゃないのか。ここで俺達が勝手に走っていって、名無し様の正体が周囲の人間にバレてもいいのか!?」 予想外の出来事に、兵士達の口から困惑気味の言葉が零れ出る。 確かに同僚達の言うとおり、今の名無し様は普段お召しになっている事務服でもなく、戦闘服でもなく、ごく一般的な平民っぽい衣装である。 赤い生地に黄色の糸で花柄の刺繍が施された半袖のチャイナの上着。夏の暑さを軽減する為に作られた、上着とお揃いの柄の膝丈パンツ。 どう考えてみても、身分を隠して城下町に降りてこられたとしか思えない。 いつもはヒラヒラとした女性らしいスカートを主体にした衣装を身に纏っている印象の強い名無し様の涼しげなパンツ姿に新鮮さを感じていた俺だったが、仲間達の言葉もあってここで自分が出て行っていいものかどうか、一瞬戸惑っていた。 [TOP] ×
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