三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Another worldW】
 




同じ呉軍の兵士として一緒に過ごすようになってから、この一年の間で仲間達から俺に付けられたあだ名は『天然記念物』というものだった。

どうやら俺は世間的に見て割と『真面目』な部類の人間に入っているらしく、俺と異なった価値観の持ち主からはしょっちゅうそういった指摘を受ける。


───しかし別に他人が何と言おうと、俺は俺。


他の人間が自分の事をどう思っていようが俺には全然関係のない話だし、古いとか頭が堅いとか言われた所で今更十分言われ慣れている言葉だし、そんな事で自分の考え方を変えようだなんて思わない。


≪周囲の人間がどれだけ色んな事を言ってきたとしても、まずはその言葉を飲み込んで、自分の中で一端消化してからその意味をよく考えてみる事だ。他人の言っている言葉が自分で考えてみても正しいと思うなら、その考え方を素直に認め、自分の人生に今後も生かしていくといい》

《だが、秦よ。相手の言っている事が何度考えてみても納得出来ないというのなら、その意見には無理に同調しない方がいい。周囲の間違った意見に便乗して自分の質を下げるくらいなら、愚かな頑固者になる方がよっぽどましだ≫


戦争で自分達の住んでいた村が焼ける前、まだ元気だった父親が口癖のように言っていた台詞を思い出す。


≪人生は自分で思っている以上に長い。焦って先へ進まなくてもいい。競争においても人生においても、早く走る奴は転ぶだけだから≫


この言葉が、俺が最後に聞いた父親の言葉となった。

それ以来俺はこの言葉を父の遺言代わりなのだと考えて、常に念頭に置いて生活してきたのだが、あまりにも堅いとか変わっているとか言われると、段々不安になってくる。

自分に対する周囲の目なんてどうだっていいのだが、好きな女性から見た自分は一体どのように映っているのだろう。

名無し様の住んでいらっしゃる世界の中で、俺はどんな種類の人間だと認識されているのだろう。


果たして名無し様の好みの男性像は、自分と比べて遠いのだろうか、それとも近いのだろうか─────なんて。


(……馬鹿みたいだな、俺……)


自分の考えている事の無意味さに、何だか哀しくて笑えてきてしまう。

よしんば俺が彼女の好みのタイプだったとしても、だからといってそれがどうという訳でもない。

尚香様お付きの部下であり、城内の女官達の中でナンバー2の美形と称される桃香さんと俺との関わりよりも、名無し様と俺を結ぶ接点の方が遙かに薄いものなのだ。

この国の主君である孫堅様の信を授かった身として、数多くの武将達を束ねる役職に就いていらっしゃる名無し様。

孫家の実の姫君である尚香様にはさすがに及ぶべくもない身分かもしれないが、それでも城内にいる女性達の中において彼女が相当高い地位の方であることには変わりがない。

それに比べて、俺は同じ国の人間であっても城から遠く離れた地域の、どこにでもある農村部で生まれたごく普通の田舎者。

どう考えを巡らせてみたところで、名無し様に対するこの慕情が成就する可能性なんて無きに等しいものなのだ。



しかし。


呉軍に身を寄せるようになってからおよそ一年、俺を取り巻く周囲の環境は初めて名無し様に出会った時から多少の様変わりを見せていた。

日々の業務や鍛練に精を出して、戦場でもそれなりの武勲をあげる事が出来るようになってきた俺は、半年前に兵卒から什長に昇格した所だった。

それからさらに半年が過ぎた今、俺は三日後に迫った卒伯への昇級試験を控え、普段の仕事に加えて日夜欠かさず鍛練に取り組んでいた。

今より高い身分の兵士になる事が出来れば、少しでも愛しい名無し様のお側に近づく事が出来る。

こんな大切な時に他の女性との色恋にうつつを抜かしてせっかくのチャンスを無駄にしてしまう訳にはいかない。


(……名無し様……)


この世に存在する女性の中で、何よりも愛しい人。

決して手の届く世界の方ではないという事は重々承知しているけれど、やっぱり彼女の傍にいたいという思いを抱き続けている。

別に、俺の事なんて顔も名前も覚えていらっしゃらなくても構わない。

凌将軍や陸将軍のように、貴女の肌に触れる事が出来なくても構わない。

それでも、せめて貴女と同じ世界に存在していたい。名無し様のお側で働いて、名無し様と同じ空気を吸っているという実感を抱きたいのです。

その望みが叶う為の試験だというのなら、どんなつらい事だって耐えられる。

俺の楽しみなんて無くなったって別にいいし、彼女が出来なくても淋しくなんかありません。


でも………。


『いゃぁん…秦…あなたが欲しい。ねぇ…早く来てぇ……』


(………っ)


毎晩のように俺の妄想の中で可愛く喘ぐ名無し様のイメージが、まざまざと呼び起こされる。

初めて名無し様の事を考えながら一人でするようになったのはもうずっと前のような気もするし、つい先日のような気もする。

自分以外の男がどうなのかは知らないが、俺は一度好きな女性が出来てしまったら、その人以外の相手とのセックスは殆ど考えられなくなる性質の男だった。

これが普通の女性相手なら玉砕覚悟で告白の一つや二つしていたのかもしれないが、そんな事が出来ない相手を好きになってしまった俺は必然的に彼女の妄想だけで自分自身を慰める事になる。

現実世界での名無し様は全く手の届かない存在だとしても、妄想の中の彼女は何度も俺の事を求めてくれる。

名無し様のあの艶めかしい魅力の前では、桃香さんとのセックスなんて取るに足らない物としか思えない。

俺に抱かれている時の名無し様は唾液で濡れた唇で俺の名前を口ずさみ、白い腰を自分から妖艶にくねらせて、熱く潤んだ瞳はもうどうにでもしてっていう感じなのだ。


『あぁん…私の事…もう秦の好きにして欲しいの…。お願いだから…早く…来て』


────ああ、あのまま思うがままに名無し様を押し倒して貫きたいけど。


思うがまま、愛する彼女の中に自分のモノをぶち込みたいと思うけど。


全てが夢幻、妄想、叶わぬ思い。


そんな俺にとって、今や自分の右手が彼女代わりの恋人のような存在だった。

そしてそのクセ、空想の中で散々彼女の体を己の欲望のままに弄んでいる割に、終わった後で決まって後悔してる。

いざ射精を迎えて現実世界に意識が戻ってくると、愛する女性を汚してしまったという後ろめたさと共に、とんでもない程の罪悪感に苛まれてしまうのだ。


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