三國/創作:V 【Under WorldW】 「大体ねえ、Hの際に『悶絶失神』に持ち込むのがどんだけ高度なテクか、分かってんのっ。あれは最も男の腕が試される技なんですよ〜だ。こっちだって、それなりに苦労してんだぜ?」 「知ってますよ、旦那様。そこは我々も男ですから。ですが苦労しているといいつつも、旦那様は自ら好んでお嬢様を失神させている気がします」 「ははっ。バレたか〜。名無しちゃんがあまりにも俺の愛撫に素直すぎる反応を返してくれるから、張り切り過ぎて。ついつい」 「毎回悶絶失神はあんまりですよ。私が女性の身であれば、堪らなく嬉しいのと同時に肉体的に疲れます」 「お前の性癖は聞いてません。俺と名無しちゃんの問題なんだもん。人ん家の明るい性生活に勝手なケチつけないでくれる?もういいじゃん。そっとしといて!」 いつも通りの主人と部下の不毛な会話を交わしつつ、珠稀は片手を振って『しっしっ』というポーズをとる。 珠稀の口癖の一つに『そっとしといて』というのがあるのだが、これはそのまま『俺の自由にさせやがれ』という意味だ。 この言葉が珠稀の口をついて出たら、もう周囲の意見は何も聞かないという合図と同様である。 それが分かっている黒服は仕方なく主人に背を向けると、『絶倫が原因でお嬢様に振られても知りませんよ』と珠稀に言い残す。 ブンッ、と勢い良く飛んできた珠稀の枕を避ける事に失敗し、思い切りボスッと顔面で受けとめる羽目になった黒服の姿を見て、珠稀が『わはは!お約束なヤツ!』と言って爆笑する。 そんなやり取りを何度か行って情事の後も残る熱をクールダウンさせると、珠稀はぼんやりとキングとの会話を思い出していた。 『ふぅ〜ん。そんな女の子がお役人の中に存在するの?意外だわ〜っ』 珠稀の説明を聞いたキングは、開口一番そう告げた。 本来ならば名無しの事は一切秘密にしておきたかった珠稀だが、そこは呉国最大規模の売人グループをまとめ上げるキングの事。 彼の口振りから、すでに何らかのルートで自分が名無しという女と最近親密にしている、という情報を手に入れている事を察した珠稀は、少し悩んだ後に彼女の話をする事にした。 ここで無駄に名無しの事を隠し通そうとする方が、返ってキングに名無しに対する余計な疑念と興味を抱かせる可能性もある。 そう考えた珠稀は適当にかいつまみ、適当に誤魔化し、適当にはしょり、大事な部分はそれとなくぼかした上でキングに話をしてみたのだが、返ってきた反応は意外な物だった。 お上が大嫌いなキングなので、もっと『何馬鹿な事言ってんのよ!』とか『そんな女、早く殺しちゃいなさいよ!』とか言われると思っていた珠稀だったのに、キングの反応は案外穏やかだった。 勿論、表面上は平静な素振りを装っているだけで、内心『ぶち殺せ!』と思っている可能性もなきにしもあらずと言った所だが、どうやらそういう訳でもないらしい。 キングはただ単純に、自分と同じでお上嫌いで有名な珠稀が寵愛しているという名無しに、素朴な興味を持っているようだった。 『ねっ、ねっ。ちょっとその子に一度会わせてよ。紹介してよ、旦那』 『全力で拒否します』 間髪入れずに珠稀が断ったのには、ちゃんとした理由がある。 珠稀と同様に、キングは外向けの自分を作っている人間だった。 本来の彼は決してオネエ系で女性的な男などではなく、すこぶる男性的で荒々しい性質を秘めた男だという事を知っていたからだ。 しかもその上、 《そんな女はさっさと犯しちゃえばいい。旦那の言いなりにしてやればいい》 《女タラシの5代目ともあろう男がなんてザマよ》 とふっかけてくるキングの言葉に、珠稀が引きつった苦笑いを返してしまったのも、今思えばまずかった。 あの《夜の帝王》《裏社会の抱かれたい男No.1・珠稀様》に幾度となく抱かれておきながら、なびかない女がいるという事実は、キングを大いに震撼させた。 『ええええっ…!?い、一体どういう事よっ!?旦那のオメガウェポンを食らわされて、虜にならない女がいるのっ!?ヒーヒー言わない女がこの世にいるのっ!?』 『俺も自分で自分の事下品だと思ってるケド、あんたも相当下品な発言するね!』 『ちょっ…、だって…信じられないわよ!?そんな事。名家の令嬢をヒーヒー言わせて、5千万円を貢がせて、キャバクラの開店資金に充てた旦那がっ…』 『ああ〜、あったね。そんな事も。懐かしいな〜。俺もあの頃は若かったよ。ははっ!』 『女社長を口説いてHに持ち込んで、オメガウェポンでヒーヒー言わせて一億円をぶんとって、店の改修工事費に充てた旦那が…。い、未だに堕とせない女ですって!?』 キングの興奮ぶりは異常だった。 もはや大嫌いなお上という情報はすっぽ抜け、キングはその一点だけで名無しに多大なる関心を示しているようだった。 それもあって、珠稀はこれ以上面倒臭い展開になる事を避ける為に、キングには絶対に名無しを会わせないという決意を秘めていた。 (……そんな事より、問題はあの野郎が最後に言った言葉だぜ) 互いの腹の中を探り合うような、薄ら寒い世間話を一通り終えて、そろそろ帰ろうと思っていた珠稀の背中に、キングがポツリと言葉を投げ掛けた。 『旦那。あたし思ったんだけど』 『ああ?んだよもう。俺は急いで帰りたいの〜っ。話が済んだならもう行くよ?』 『───今の旦那にとって、その名無しちゃんって子が旦那の《ユートピア》なのね』 『!!』 『旦那はその子が傍にいる間だけ、嫌な事も、苦しい事も、哀しい事も忘れられる。……違う?』 ボスに相応しい豪華なソファーにゆったりと腰掛けて、キングが呟く。 煩わしそうな目付きでキングを睨む珠稀の鋭い眼光を全く気にする事もなく、キングは長い指先で美しい黒髪をいじっている。 『ユートピアって素敵な言葉よね。あたしはこの言葉の意味も語源も両方愛しているから、この名前を付けたんだけど』 『……。』 『旦那はこのユートピアっていう言葉の意味と語源、ご存じ?』 キングの説明によると、ユートピアという言葉に含まれた意味は《理想郷》。 そしてユートピアの言葉の語源は、《存在しない場所》という所からきているそうだ。 《ユートピア=理想郷》という言葉が生み出された元々の語源が、《この世には絶対に存在しない場所》。 これって、よく考えたら物凄い皮肉な意味が込められた言葉じゃない?とキングは言った。 『この世に理想郷なんてないのよ、旦那。それに…あたし達みたいな裏稼業の男にとっても、《地上の楽園》なんてどこにも存在しないのよ』 面前に立つ男だけでなく、自分自身にも言い聞かせるような強い口調で珠稀に告げると、キングは猫のような目付きで鋭い視線を珠稀に向ける。 [TOP] ×
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