三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Another worldW】
 




そんな事を思いながらしどろもどろな口調で彼女の誘いを断ると、彼女はますます不思議な物を見るような目付きで俺を見る。

『別に相手の中身なんて、付き合ってからじっくり知ればいいでしょう?そんな事はどうでもいいじゃない。私、貴方みたいな男の人って好みなの。お願い、秦君。今から私と付き合って。ねっ?』

と、桃香さんが甘く媚びるような声を出して、俺の腕にわざと自分の胸を押し付けるようにしがみついてくる。

二の腕にむにゅっと当たる柔らかい肉の感触に一瞬体が本能的に硬直したが、俺はこんな風に強引に迫ってくる女性の事がとても苦手だった。

俺だって、偉そうな事が言える程に女心が分かっているという訳ではない。

でも、本当に相手の気持ちを考える事の出来る女性なら、こんな風に突然自らの要望だけを自分勝手に突き付けて、相手に考えさせる余裕も与えずに返事を迫る事なんてしないはずだ。

いくら可愛い女性だとしても、何だかこの台詞と態度だけで彼女の性格が全て見抜けたように感じてしまう。

そう思った俺は彼女の腕を振り払って逃れると、彼女を見据えてはっきりとした口調で言い切った。

『せっかくのお誘いですが、すみません。桃香さんのお気持ちはとても嬉しかったです。でも…俺は絶対に貴女とのお付き合いは出来ません』
『……えっ?し、秦君…今なんて……』
『それは別に、貴女の事が好きじゃないとかじゃありません。桃香さんは物凄く魅力的だと思いますし、俺も貴女のような可愛い女性は好みです。でも俺には好きな人がいるんです。今の俺は、とりあえず誰ともお付き合いをするつもりはありませんので。じゃあ…失礼します』

こういう場合は曖昧な態度をとるよりもきっぱりとお断わりした方が相手の為だと思い、わざと素っ気ない態度で彼女に対する断り文句を口にした。

俺の返答を聞いた桃香さんの瞳が、みるみる内に驚愕の色に染まっていくのが目に見えるほどによく分かる。

彼女の様子から察するに、自分程の美少女が自ら男に告白するというのだから、OKの返事以外考えてもいなかったのだろう。

予想外の出来事と人生初の屈辱を同時に味わった、とでもいうような唖然とした顔をしてその場に立ち尽くしていた彼女の両目に、怒りの炎が揺らめいている。

大きな瞳をキッと吊り上げて、鋭い視線で俺の顔を睨みつけると、さっきまでの愛らしい容姿とは別人のような形相で彼女は俺を怒鳴り付けた。

『なによっ!たかが一般兵士のクセに生意気な奴っ。いつもはハイレベルの武将の方しか相手にしない私がわざわざ兵士達のいる宿舎に出向いてまで声をかけてやっているっていうのに、偉そうに……。普通の兵士にしてはまあまあイイ感じだと思ったから、せっかく秦君にも私の恋人になる権利を与えてあげようと思ったのに。……信じられないっ!!』


露骨に不快感をあらわにすると、桃香さんは俺にクルリと背中を向けてその場から立ち去って行った。

するとどこからともなく『桃香ちゃ〜ん、待ってよ〜』という気持ちの悪い猫撫で声が、俺の耳に届いてくる。

何事かと思って声のする方に体を向けてみると、プンプンと怒りながら足早に歩いていく彼女を大勢の若い男達が慌てて追い掛けていく。

あれが噂に聞く桃香さんの親衛隊というやつか。

(あんなに沢山の男達に普段からチヤホヤされているのなら、別に俺なんかと付き合わなくったっていいと思うのに……)

ああいうタイプの女性の思考回路って、この年になっても俺は未だによく分からない。

そんな事を考えながら彼女の後ろ姿を見送ったのは、今からちょうど2週間前の事だった。




「くっそ〜。しかし本当に羨ましいよなぁ。桃香ちゃんは俺達兵士皆のマドンナなんだぜ?ああっ…、俺もあんなロリ顔巨乳のカワイコちゃんと一度でいいからセックスしてみてぇ〜っ!!」

はぁ…っ、と熱く溶けるような溜息混じりに呟いて、同僚兵士が正直な男の欲望と本音を口にする。

これが普通の男の常識的な反応だという事が頭の中では分かっているのだが、俺はどことなく腑に落ちないという物言いで彼の言葉に反論した。

「う−ん…。そういうものかなあ。確かに桃香さんはめちゃくちゃ可愛かったと思うよ。でも、性格はそんなに良さそうに見えなかったけどな…」
「は…!?何訳の分かんねー事言ってんの?秦…。別に顔やスタイルさえ良ければ中身なんてどうでもいいんじゃねえ?」

俺の素朴な疑問を耳にした仲間の兵士達が、口々に自らの恋愛感をしゃべり出す。

「俺だったら性格のいいブスより、断然性格悪くても顔がいい子がいいな」
「そうだよなぁ…。結婚相手とかなら外見よりも中身とかを重視するかもしれないけれど、ただの恋愛関係だったら俺もそっちの方がいいと思うな」
「ていうか、俺は胸と穴さえついていればもうぶっちゃけ誰でもいいよ」
「うわ〜、こいつ最低。それはさすがに言いすぎだろ〜っ!」

そんな事を言ってギャハハと大笑いしている彼らの姿を見ていると、何だか自分一人だけが男として浮いている存在のように感じてしまい、俺はちょっとだけ哀しくなってしまう。

「だって…あの桃香って女の人、俺の事まだ何も知らないのに付き合ってとか言ってきたんだぜ?ちょっと信じられないよ…。付き合うってもっとこう、相手の事を深く知ってからって言うか…。相手の外見だけじゃなくて、中身も良く理解した上で、その人の事を好きになるっていうか…。普通はそういうもんじゃないのかな?」
「秦、お前……。か、かなり古風な考え方をする男なんだな…」

真剣な顔でブツブツと独り言を漏らす俺を見て、同僚が唖然としたような表情を浮かべてあんぐりと口を大きく開けている。

「何だよ、それ。俺の考え方は古いって事?」
「いや、別にそこまで責めてる訳じゃねえけど。秦ってさ、見た目は結構今時風に見えるのに、女関係に関しては全然緩くねえからすげえ意外だと思ってさ。ほら、凌将軍といい甘将軍といい、女達に人気のあるイイ男って、それだけ女遊びのレベルも半端ねえじゃん?一週間とか三日とか、一日単位でコロコロ女を替えてるって話だし」
「……。」
「だから俺、顔のいい男は全員もれなく浮気性でヤリチンだって相場が決まっていると思い込んでいたからさ。お前みたいにクソ真面目なイケメンもこの世に存在してんだなって、新鮮な驚きを感じる訳よ」


本当にお前って、珍しいタイプの男だよな。


そう呟いて一人勝手に納得している男の姿に同意の意思を表すかのように、他の同僚兵士達も全員『そうだそうだ』と言って何度も頷き返す。


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