三國/創作:V 【Another worldW】 (──多分人違いだろう) そう結論付けてその場から立ち去ろうとした俺の背後から、『秦君!!』ともう一度俺を呼び止める声がする。 その声に反応して再度彼女の方を振り向くと、その見知らぬ女性は俺のいる場所までタタッと小走りで駆け寄ってきた。 間近で見た彼女の外見は、俺が今まで出会った女性の中でも5本の指に入るだろうと思う程に見目麗しい。 緩く毛先が内側にカールした栗色の長い髪がとても綺麗な女の子が、俺の目の前にニッコリと笑いながら立っていた。 着ている衣裳の種類から判断するに、きっと位の高い人物のお世話を任されている女官の一人だと推測出来る。 露出の控えめな女官の衣裳の上からでも十分に分かる、形が良くてボリュームのある、どう見てもDカップ以上は余裕でありそうな胸元。 ぱっちりとした大きな二重の瞳は人形のような長い睫毛に彩られていて、スカートの裾から覗いている両足はスラリと細くて美しい。 スタイル抜群の美少女、という言葉をそのまま体現したかのような女性を目の前にして、俺は完全に固まってしまった。 何故こんな美少女が、俺なんかに声をかけてきたのだろうか? 自分の置かれている現状が全く理解出来ずに茫然としている俺を愛らしい上目使いで見上げると、彼女は突然何の前触れもなく、勢い良く俺に抱きついてきた。 『ああっ…、やっと見つけたわ〜!あなたが女官達の間で最近人気花丸急上昇中の秦君ね。本当…今まで全然気付かなかったけど、こうして近くで見るとすごく格好いい顔してるじゃない!?スタイルもいいし、男前だし…。あ〜んっ、モロ好みっ!!』 『ちょっ…。ま…待って下さいよ!!い、いきなり何をしてくるつもりなんですかっ。確かに俺は秦という名前ですけれど、貴女は一体誰なんですか!?』 いくら美少女だとしても、一度も見た事がないような赤の他人に急に抱きつかれるような覚えが全然無い俺は、驚いて咄嗟に彼女の体を引き剥がす。 強い力で無理矢理俺の体から離された彼女はと言えば、そんな俺の行為がまるで信じられないとでも言うかの如く、綺麗な両目を大きく見開いている。 『…秦君…、私の事、本当に知らないの?』 『……ええ。申し訳ないですが、俺…貴女の事は何も知りませんけど……』 俺の正直な返事を聞いた彼女は、いささかムッとしたような顔をした。 そんな事を言われるなんてちっとも考えていなかった、とでも言いたげな、何とも不満げな顔付きだ。 フウッ…、と呆れたように深い溜息をついた後、正体不明の女性は少々怒ったような顔で俺を見つめた。 『私は桃香と言います。今の身分は、尚香様のお付きの女官をしています。ねえ…秦君。本当に私の名前聞いた事無い?』 『…尚香様お付きの女官…桃香さん?……あっ!!』 ────これでも本当に私の事を知らないの?と。 どうしても信じられない、と言わんばかりの表情で俺を見上げてくる女性の問いを受けた俺は、ここにきてようやく彼女の正体を把握する事が出来た。 同僚兵士達の噂でしか聞いた事が無かったが、どうやら尚香様に仕えている女官の中には『桃香』という美少女がいて、城内の男達の憧れ的な存在だという話を耳にした事がある。 高貴な身分の御方にお仕えしている女官達は、採用条件の中に見た目の良さも含まれているのか、わりと美しい女性が多いのだ。 城内の女官の中でナンバー1の美しさを誇る麗華という女性が、名無し様の専属女官だったような記憶がある。 そしてその麗華という美女と男達の人気を二分するナンバー2の美少女が、確かこの桃香という女性なのだ。 これらの美女二人は一時期あの凌将軍の元カノの一人だったとか、はたまた甘将軍のお相手を勤めていた事があったとかで、並み居る女官達の嫉妬と羨望の的だという話もある。 彼ら武将クラスの男でもなければ、自分達のような普通の兵士相手では鼻にも引っ掛けて貰えないような憧れの存在。 そんな高嶺の花みたいな桃香さんが、俺に一体何の御用が? 『…そのお名前は知っています。噂通りのお美しい外見といい、貴女が俺達兵士の憧れ…桃香さんなのですね。それで、そんな有名人の桃香さんが俺に何のご用件でしょうか?』 尚香様のお付きの女官と、名無し様の軍に所属する兵士の俺。 どう考えてみたところで、彼女と俺を結ぶ線は全く無い。 単純にそう感じた疑問の有りのままを彼女にぶつけてみると、桃香さんはリップでツヤツヤと濡れている形の良い唇でにこやかに微笑み返す。 『実はね…、今私、フリーなの。3ヵ月位付き合っていた恋人と、つい先週別れたばっかりで。それで新しい恋の相手を探していたんだけれど、秦君…良かったら私とお付き合いして欲しいの』 『はぁっ……!?』 彼女の色っぽい唇から零れ出た台詞の意味が、未だによく理解が出来ない。 何を言っているのか全然意味が分からない、といった目付きで彼女を凝視する俺に対し、桃香さんは俺のそんな反応が面白くてたまらないといった様子でクスクスと笑っていた。 『だからぁ〜、私の彼氏になって欲しいなって言ってるの。男友達の一人じゃないわよ。れっきとした恋人として。女官仲間の噂を聞いて、貴方にとっても興味が湧いたの。今は彼女がいないらしいって話も聞いてるし。ねぇ…私じゃだめ?』 『だ…、ダメとかいう問題じゃないと思いますけどっ。だって俺…今日初めて桃香さんに出会ったばかりですよ?貴女の性格とか、考え方とか…そんな事も今の段階では全然分かりませんし…』 余りにも突然過ぎる上に積極的過ぎる彼女のアプローチを正面から受け止めて、俺は思わず驚くというより呆気にとられてしまっている状態だった。 相手の事がまだ何も分からない段階で、よく交際なんて申し込もうという気になるものだ。 一見優しくて性格も良さそうに見える相手でも、いざ蓋を開けてみれば女遊びの激しい暴力男で、身も心もズタズタにされてしまった…なんていう話は世間的にもよくあるケースだと思う。 それなのに、何でこの女性は自分の身を大切にしないと言うか、こんなにも男に対する警戒心がユルユルなのだろう。 まあこれだけ整った顔でナイスバディの持ち主だとすれば、今まで生きてきた人生の中で男達から宝石のように大切に扱われこそすれ、冷たい仕打ちを受けた事なんて一度もないのかもしれないが。 この女性は、相手の顔さえ自分の好みに合えば中身なんて何でもいいのか? [TOP] ×
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