三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldW】
 




「要するに、俺は大体あの辺りで薬の売買が行われているらしい、とか、売人が立っているのは毎週何曜日の何時かららしい、とかいうのは分かるけど、それもあくまで俺の『縄張り内』においての事だけさ。呉国全土は知らねえ」
「そ…んな…」
「奴らのドラッグ製造工場がどこにあって、原材料はどこで栽培していて、さばくルートはこの順番で…なんていうのはもっと知らねえ。それは売人達にとって最大のトップシークレットみたいなものだから、その秘密を守る為なら命だってかけるだろうよ。とにかくねえ、俺達とあいつらは専門分野も商売方法も全くの別物。俺の所を突いたって、名無しちゃんの為になりそうな情報は何もないぜ」


────ただ、その組織のトップに君臨する男の存在だけはご存じだけどね。


心の中だけでひっそりとそう呟いて、珠稀はそれ以上の発言を止める。

珠稀の知るキングという男は非常にクセのある人物で、その気難しさと性格のキツさと言えば、珠稀にも負けず劣らずのランクに所属する。

しかも、名無しのような『お上』に対するキングの嫌悪感の激しさは、珠稀以上のものがある。

珠稀はその事を良く分かっている為に、これ以上事態がややこしくなる事を避ける為、あえて彼女にキングの存在を知らせなかった。


「そ…う、ですか……」


返事を、漏らした。

しかし名無しを包む空気は鉛の塊のように重く、思うように呼吸が出来ない。

お上が嫌いだ、という珠稀に嫌われる事まで覚悟の上でこの店にやってきたが、その全てはただの徒労に終わった。

珠稀からの情報提供が望み薄となった今、名無しは打つ手を無くしてしまう。

「今回の事は、何も君が気に病む事はないよ。まっ、俺から言わせて貰えれば、薬はヤル方が悪い。買うも買わないも、止めるも止めないも全部本人の意思だからね」
「……珠稀さん」
「君の愛する国民だってさ、普段は散々お役人や国家の悪口を言っておいて、いざ自分達の身に危険が迫った時だけ『困った時のお役人頼み』はちょっと卑怯ってモンじゃないの〜。俺だったら、そんな自己中MAXな連中の為に体張ってやろうとは思わないね。随分都合が良いと思わない?何様のつもりさ。ああ、『一般市民様』かな?」

名無しを励まそうとしてくれているのか、珠稀が落ち込む名無しの肩にそっと片手を伸ばし、やんわりと撫でていく。

他の人達より、少しでもお金持ちになりたい。綺麗になりたい。

楽をしたい。怠けたい。他人を押しのけてでも、自分が上に上がりたい。少しでも得をしたい。

そういう自己中心的な考え方をする人間が一人でも存在する限り、この世から犯罪は無くならない。

そして、この世に存在する全ての人間は、おしなべてエゴイズムの塊みたいな生き物ばかりだから、よってドラッグも無くならない────と珠稀は告げた。

「だって君も俺も、この世に生を受ける段階で、すでに数千万〜数億の『仲間の命』を見殺しにしてきているから。自分以外の精子の死滅と引き替えに、俺達は誕生したんだから」
「!!」
「────自己中心主義でない人間は、精子の段階ですでに消滅している。この理屈はどうよ。異論があるなら、看破してごらん」

まるで報告書でも読むように淡々と、平静な声で珠稀が告げる。

それでいて、名無しを見つめる珠稀の瞳は穏やかで、普段乱暴な言葉使いばかりしている彼にしては、精一杯優しい言葉を選んで彼女に語りかけているようにも思えた。

「そんな訳で、俺達も薬物中毒者なんか放っておいて、自分達の楽しみの事だけ考えようよ。自分達の利益の事を…ね」
「そんな…事…っ」


滑稽なくらい、声が震える。


自分が信じていた物が音を立てて崩れ落ちていく様を感じ、珠稀の唇が動くのを視界の端に認めても、名無しには力なく首を左右に振ることしか出来ない。

だってもしそれが『本当』だとしたら、今まで自分がやってきた事は一体何だったのだろう。

自分が頑張っても頑張ってもドラッグが消えて無くならないのだとしたら、自分は一体『何の為』に寝食の時間も削って働いているのか?

「ちなみに名無しちゃん。もっといい話をしてあげましょうか。実は今回の『ユートピア』に関して、うちも少々の被害を受けたけど、それ以上に美味しい思いもしてるんだよね」
「……っ!?」

不意打ちを食らったような思いがして、名無しが驚いて息を詰める。

反射的に男を見上げた名無しの頭を大きな掌でワシャワシャと撫でて、珠稀は名無しにとって予想もしなかった裏話を打ち明けた。

彼によると、『ユートピア』が急速に流行り始めた流れを汲んで、ドラッグにハマったり、抵抗感を無くした多くの若者達が、本格的な覚醒剤や麻薬の売買にも手を出し始めたと言うのだ。

一度ドラッグの味を知った人間は、何度も使用している内にどんどん『耐性』が出来てしまうので、今までと同じ量や同じ薬では十分に効果を享受する事が出来なくなり、より強力で高価な薬物を求め出す。

「主な客層は10代から20代の若い男女なんだけど…一体どうやって金を作ってくるんだろうね?下の者の報告によると、もうバンバン売れていくらしいよ。怖いよね〜っ」
「……ぁ……」
「うちの組織もその『カスリ』で億単位の金が入ってきてるんだ。まさに『ユートピア』様々、ってカンジ。自己中キングの珠稀様としましては、薬で苦しみ悶えている愚かな人間共よりも、自分の利益を最優先に考えたいと思います」
「珠…稀さ……」

珠稀の唇から零れた残酷な響きに、名無しがビクリと体を震わせる。

「ついでに言うと俺はお上が大っ嫌いだからね。正直言って、最初から君の頼み事なんて聞いてあげるつもりは無かったよ」

少しずつ、言葉を区切るようにして名無しに降らせる男の顔を、名無しはただ哀しげな瞳で見上げる事しか出来なかった。

「だって名無しちゃんは役人として俺に頼みに来たんでしょ?誰が政府の犬みたいな真似してやるかよ。甘いなぁ、名無しちゃん。俺は血も涙もないと世間で絶賛評判中の、『あの5代目』だぜ。何で動くの?」
「……っ」
「これにて試合終了。ゲームセットだね、名無しちゃん。ふふっ」


終わった。


珠稀のこの言葉で、本当に何もかもが終わった、と思った。


それと同時に、自分自身でも気付いていない、心のどこかで自分が珠稀の助けをあてにしていた事を思い知り、名無しはそんな自分が情けなくて、余計にみじめな気持ちになった。

そう。珠稀の言う通り、自分は政府の人間で、珠稀はあくまでも闇の世界の人間。

そんな珠稀が自分のような人間の為に今まで一肌も二肌も脱いでくれていたのは有る意味奇跡的な事であり、決して当然の事ではなかった。


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