三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldW】
 




「珠稀さん。お聞きしたい事があります。最近珠稀さんの知っている『世界』で、何か不穏な出来事はありませんでしたか?」
「!!」
「ご存じなかったら別にいいんです。お話したくなくても構いません。ですが…何かご存じでしたら…。何か…珠稀さんの周囲で妙な動きがあったとすれば…」

自分の物言いが、彼を不快にさせている事はないだろうか。

そう気遣いながら慎重に言葉を選ぼうとする名無しに対し、珠稀が普段よりもグッと低い声でボソリと呟く。

「……名無しちゃん。俺と話をする時に、そういう『たら』とか『れば』とかはいらない。必要なのは、事実と用件のみだ。俺は本来気が短い人間なんでね。まどろっこしい会話は御免被るぜ。君がここへ来たのは、本当は何なのさ?」
「……!」
「いいかい、名無しちゃん。控えめな態度は美徳だけど、世の中には毅然とした態度ではっきり言わなきゃならない時がある。一つ、大切な相手の場合。二つ、大切な用件を伝えようとしている場合。この二つの場合は特に、嘘も隠し事も一切無くはっきりと言わないと、『大事なテーマ』がきちんと相手に伝わらないぜ」

珠稀の声に宿った硬質な響きに、名無しがハッとしたように顔を上げる。

薄暗い部屋の中、ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りを受け、黄色と赤のグラデーションの輝きを反射する珠稀の神秘的な瞳と視線がぶつかり、名無しはゴクリと生唾を飲む。


「…『ユートピア』という名前の違法ドラッグを、ご存じですか?」
「……。」


名無しの告げた単語の意味を理解した珠稀の鼻面に、微かな皺が刻まれる。

だが、それも一瞬の事だった。

知っているんですか?とでも言いたげな瞳で男を仰ぐ名無しの顔を見下ろすと、珠稀はニヤッ、と口端を吊り上げて、溶ろける程に魅惑的な笑みを見せた。

「金、取るよ」

悪戯っぽい手付きで名無しの髪に指を絡めつつ、素っ気なく言い放つ。

この男がタダで情報を教えてくれるなんて、有り得ない事なのだ。

最初からそう思っていた名無しはそんな彼の態度に何らひるむ事もなく、珠稀の袖をギュッと握って縋り付く。

「構いませんっ。私は今、その事で本当に困っているんです。どんな些細な事でもいいです。情報料が必要だと仰るのであれば、私の私財を投げ打ってでもきちんとお支払いします。ですから…」

一見馬鹿っぽくてお調子者に見られがちな珠稀だが、実際の彼は顔だけではなく頭もいい。

そしてその上、今まで生きてきた豊富な人生経験に裏付けされるものなのか、彼はすこぶる勘がいい。

彼とこうして向き合っている状態で隠し事を貫き通すのは、相当困難な話だ。

それならば、初めから『今自分はこんな理由で、こんな事で困っているのだ』と正直に打ち明けた方が余計な手間が省けるし、話が早い。

「う〜ん…どうしよっかな〜。別に金には不自由してないんだけど、俺の身内でも何でもない、お上の人間にタダで教えるって言うのも癪だしぃ〜」
「そ…そんな事言わないで下さい、珠稀さん。私に出来る事なら出来る限りの事はさせて頂きたいと思いますが、でも私…指定された情報料をお支払いするくらいしか…」
「情報料?ははっ。何も現金ばっかりがお支払い方法って訳じゃないよ?せっかく名無しちゃんがこんな可愛い服着てくれてる訳だし〜、その格好のままで『性感エステサロン・名無し』みたいなプチお店を俺のベッドの上で開店してくれたら嬉しいな〜と。この条件、どうよ?」
「珠稀さんっ!!」

どうやら珠稀が情報の見返りとして名無しに要求しようとしているのは、最初から金銭的なものではないようだ。

黙っていれば彫像のように美しい面立ちをしているのに、どうして一旦口を開くとこんな話ばかりしか出てこないのだろう。

彼の経営しているこの『蠢く者』の商売柄、そういう世界にドップリと浸かった状態で生活している珠稀のような男性にとっては日常茶飯事とも言えるプレイスタイルなのかもしれないが、毎回この展開ではいい加減話が進まない。

「…でもね、名無しちゃん。君が最も俺に聞きたいであろう『ユートピア』の入手経路や販売ルートについては、俺は『分かりません』としか言えないよ。その情報だけを求めてわざわざこの店に足を運んでくれたなら、残念だけど」
「…えっ…?」
「君みたいな堅気の人間からすれば暴力団がドラッグの販売を行っているように見えるのかもしれないけど。正しくは、俺達みたいな職業は『カスリ商売』なんだよね」
「カスリ…商売ですか…?珠稀さん、それってどういう…」
「ふふっ。なーんだ。名無しちゃんたら何も知らない子なんだね。政府の人間なのに、そんな事もお勉強してないの?」

馬鹿にしているように聞こえる言葉の響きとは裏腹に、珠稀が名無しを見つめる眼差しはまるで愛玩動物を愛でる時のような慈愛の色に満ちている。

ごめんなさい、と素直に謝罪する名無しの姿が気に入ったのか、珠稀は要点だけをかいつまんで彼女に語って聞かせた。

珠稀によると、『暴力団』と『薬の売人グループ』は全くの別組織にあたるという。

薬物の専門は彼ら売人グループであって、ヤクザが直接取り扱っていたり、販売している訳ではない。

覚醒剤や麻薬等の直接販売は行わず、それを専門としている売人グループ達の売り上げを、『縄張り料』の名目で上からかすり取るのが彼ら暴力団組織の商売なのだ。

それ故に、珠稀達のような黒蜥蜴ファミリーにとっても、売人グループの連中はそれなりの面識もあるし、金銭の受け渡しもあるが、実際は『得体の知れない組織』という印象が強い。

その上ああいうグループは次々と販売ルートを変更したり、拠点をコロコロ変更する事も多く、一旦連絡が付かなくなったら珠稀達のような人間ですら所在を突き止めるのは困難だと言う。

やっと売人グループ達の本拠地が判明したと思ったら、その翌日には船に乗って海外へ逃亡している、という事もザラにある話らしい。


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