三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldW】
 




「散!」


珠稀が一言発してパチン、と長い指先を鳴らすと、それを合図とするかの如く女達が主人に向かってお辞儀をし、開いた扉から全員部屋の外へと退出していく。

いずれ劣らぬ美女軍団の後ろ姿を最後まで見送ると、名無しは非常に困ったような、何とも形容しがたい表情を浮かべて遠慮がちに口を開く。

「あの…珠稀さん。先程はご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「え。別にそんなのいいって事よ!」
「お風呂や服まで貸して下さったのは本当に嬉しいのですが、もうちょっと普通の衣装をお借りする事は出来ませんか?」
「ええ〜っ、何ソレ。普通の服ってどういう事?意味が分かんないよぉ〜っ。だってここはそういう店だから、女の子の服もお水チックなヤツしか貸してあげられないんだよね!」
「いえ…。お水チックと言いますか、その……」


何なんだろう。このスケスケシースルーのベビードールみたいな衣装は。


『こんな物しか貸してあげられない』と言い張るのは珠稀の弁だが、これはどう考えてもその辺にあった物をポンと持ってきたという訳ではなく、誰かの趣味によって選ばれた物ではないのだろうか。

広い浴槽に入って冷えた体を十二分に暖めて、心地良い気分でバスルームを退室し、出口付近に用意されていた『着替え』を手に取った瞬間、名無しは思わず目が点になった。

大きく開いた胸元付近と、セットのショーツにはボリュームのあるフリルがたっぷりと施されていて、肝心な所はちゃんと隠されているという印象を受ける。

胸や下半身が丸見えになってしまう、という代物ではないのだが、この『見えそうで見えない』デザインが何だか余計にいやらしい。


こんな物は、とてもじゃないが着られない。


そう思っても、自分が着てきた衣装はとても着られない程に雨に濡れてベタベタになっているのだし、当然の事ながら、名無しは他の着替えなんて都合良く用意してきた訳でもない。

それにそもそも、服が濡れてしまったのも自分のせいと言えば自分のせいである。しかも珠稀側と言えば、あくまでも彼の『厚意』で浴槽と着替えを名無しに提供してくれているのだ。

そう考えると、彼のご厚意に甘えておいて、用意された着替えの内容にまで文句を付けるような権利は────名無しには無い。

(これ…どこをどう歩く事を想定して着るんだろう…)

どこからどう見てみた所で、これは活動する為の衣装ではない。百歩譲って、寝間着だ。

結局、これ以外に身に纏う物も無く、名無しは仕方なくピンクとホワイトの二色構成でデザインされたベビードールを手に掴む。

珠稀の部屋と、彼専用のバスルームが直結している為、この格好で廊下を歩く事が無いという事だけが唯一の救いだ。

名無しはフゥッ…と大きな溜息をつくと、意を決したように用意された衣装に手を通す。


そして、現在に至る。


「別にいいじゃん、どうせここは俺の店なんだし。それに君のそんな格好なんて俺と黒服位しか見ないんだから〜。ささっ、名無しちゃん。そんな所でボーッとしてないで俺の隣に座りなよ〜。ほんでもって、マンゴープリン食べさせてっ!」
「……。」
「あ〜もう〜、何なの名無しちゃん?その疑惑の目付き。分かった分かった。正直に言えばいいんでしょ?白状します。そのベビードール、実は俺の好みなの。本当は黒服の奴らが普通のチャイナ服を用意してたんだけど、俺がこっそりその衣装に差し替えておきました」
「……。」
「だってだって〜、どうしてもスケスケシースルーバンバン・フリルバンバンの名無しちゃんが見たかったんだもん!俺の言い訳は以上です。ちゃんちゃん」

冗談交じりのふざけた口調で話を締める珠稀だが、きっとこの店の女性達にしてみれば、この出来事でさえも『ご主人様が私の為だけに衣装を選んで下さるなんて!』という喜びに変換され、身を捩って悶える程に嬉しすぎる事なのだろう。

「私もまだ珠稀さんという男性に慣れていない部分が多いと思いますけど…。それでも珠稀さん、見た目と中身のギャップが激しいって良く言われませんか?」
「え。何ソレ。名無しちゃんったら、俺の外見と性格に何かイチャモンつけたいの〜っ!?」

男に誘われるままに、名無しは珠稀の隣にそっと腰を下ろすと、手慣れた所作でデザートの器と食器に手を伸ばす。

彼女の問いを受けた珠稀は天使の如く愛くるしい顔立ちを保ったままで、拗ねたようにほっぺたを軽く膨らませた。

この見た目も中身もパーフェクトなイケメンに一体何の不満がある訳!?と付け加える珠稀の台詞だけ聞いていれば、そこら辺にいるアホっぽい若者と何ら変わらない。

「そういう訳ではないですけど。珠稀さんはとても華やかな雰囲気を持つ男性ですから、こういった世界にいらっしゃるのがとても新鮮な感じがして」
「うーん。それは確かに。黒服にも店の女にも良く言われるね。てか、自分でもそう思うよ。マフィアなんかやってるよりも、俺の顔は結婚詐欺師向きだって。鏡見る度、本気で思うね」

何でこっちの世界に入ってきちゃったんだろうね?と言いつつ、半ばクセになっているのか、珠稀がさりげない動作で額にかかる長い前髪を掻き上げる。

その仕草が例えようもないくらいに色っぽくて、そんな中にも何気なく品の良さを感じさせるようなもので、流れ落ちた髪からフワリと漂うムスクの香りに、名無しは胸がドキドキしてしまう。


この人は、本当に色んな意味で罪な男性だ。


「あの…珠稀さん」
「ん。何かな?名無しちゃん。俺と君の間で、そんなに改まっちゃって〜」


名無しが差し出したマンゴープリンを美味しそうに頬張る男の端整な顔を見上げ、名無しはどうやって話を切り出せばいいものかと思い悩む。

もう毎回恒例のようになってしまった珠稀への『ご奉仕』だが、そもそも自分がここへ来た最初の目的は珠稀にプリンを食べさせる為ではない。

今、自分の目の前に座っている男性は、本来ならば決して自分のような人間が出会う事のない世界の人。

一見美しい天使のような外見に見えて、内に悪魔の如く残酷で激しい気性を秘める人。

ほんの一言間違えば、ほんの僅かな間違いで彼の神経を逆撫でしたら、あっという間に地獄行きの切符を切られてしまうような、恐ろしい人。

そんな彼は政府の人間が大嫌いで、『お上』に関する話題が大嫌い。

どう言葉を取り繕ってみた所で、今から自分がしようとしている話題が彼の逆鱗に触れないという保証はない。


でも……。


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