三國/創作:V 【Under WorldW】 止めようと、思う。元の生活に、戻りたいと思う。 それに、これ以上の罪を重ね、厳罰を食らいたくはない。 そう思って薬を断ち切ろうとした者達を容赦なく襲うのは、禁断症状のオンパレード。 精神的にも肉体的にも薬が切れた時の想像を絶するような虚無感と体の震えに耐えられず、周喩達に薬を取り上げられてもなお、彼らはありったけの金を掻き集めてその日の内に売人達の元に走るのだ。 これほどの威力を持ったドラッグが、これほどの速度で広まってしまったのは、名無しが今の職に就いて初めてだ。 何とか出来ないか、どうにかして良い方法がないものか…と名無しが思っていた矢先、その事件は起こった。 名無しの信頼している専属女官達の数人が、彼女が会議で部屋を空けている最中を付け狙い、彼女の所有する私財を奪い取ろうと試みたのである。 名無しの執務机の中に入っている、様々な文書。宝石箱に収められている装飾品の数々。そして、もしもの時の為に取っておいた───現金。 それらを両手一杯、抱えきれない程の量を抱き締めて名無しの部屋から逃げ出そうとしていた現場を、丁度彼女の元に書類を持ってきた陸遜が発見したのだ。 『盗人だ!!であえ!!』 陸遜が大声を張り上げたと同時に警備の兵士達が大勢その場に駆けつけて、彼女達はあっさりとお縄になった。 陸遜から報告を受けた名無しは顔面蒼白になり、一体何故そんな事を?と女官達を問いただす。 その結果、実は名無しの配下である彼女達にまで例のドラッグが蔓延していて、彼女達は1g2〜5万円もする高額な薬物を少しでも多く買う資金を集める為に、名無しの部屋から金目の物や金銭に換えられそうな物を物色していたというのだ。 『お…お願いします。名無し様、そのお金を私達に渡して下さいっ。ほ…本当は、ちょっとずつ止めようと思っているんですよ?でも…気分が…』 『ご…ごめんなさい…。もう…本当に止めます。だから…だから…周喩様や孫堅様には黙っていて下さい。家族にも…内緒にして…』 『違う…違うんです。≪例のドラッグ≫なんかじゃないですよ。い、今私達が飲んでいるのは…その…それが切れた時に、代用品として飲んでいる軽いやつで…。全然…違法じゃないからって。弱くて、合法で…悪い薬じゃないからって。か、彼氏がそう言うんですっ。彼氏もやってて…気分が良くなるって…それで…』 必死に言い募る女官達の哀願も虚しく、彼女達は死刑になった。 もしかしたら更正してくれるかもしれない、と僅かな望みを抱いた名無しの思いを踏みにじるかの如く、彼女達はそれからも2度3度と窃盗事件を起こし、あろう事か主君である孫堅の寝室にまで忍び込み、金目の物を盗もうとしたからだ。 部下の失態は、それすなわち彼女達を統率する名無しの責任でもある。 手打ちにされる事を覚悟の上で孫堅の前に進み出て、土下座同然に床の上に額を押し付けて震えている名無しに対し、孫堅は『盗みを働いたのはあくまでも本人達の意思だ。そなたが命じた訳ではない』と言って、名無しの身を不問に処した。 しかし、だからと言って、彼女の悩みが消えるという訳でもない。 更正してくれると、思っていた。 きっと分かってくれる。今は薬物に依存していたとしても、こちらが誠心誠意を込めて説得すれば、きっと自ら薬を絶ってくれるに違いない、と。 そんな事を考えていた己の馬鹿さ加減と認識不足、そして説得の無意味さを思い知り、名無しは完全に途方に暮れていた。 もう、どうしていいのか分からない。 国の為に、そしてこんな自分を目にかけてくれた孫堅様の為に。 自分の大切な周囲の人々を守る為に何が出来るのか、思い付かない。 そして、これ以上何をすればいいのかも分からない。 何日間もずっとそうして思い悩み、肝心な日常業務まで手が付かなくなってしまった名無しは『このままではいけない』と思い、孫堅に数日間の休暇を願い出た。 1日でも2日でもいいんです、少しだけ考える時間を下さい…と告げて頭を下げる名無しに対し、孫堅は彼女の様子が普段とは全く違う事に気付いていたのか、主の口から返ってきた答えは『今週一杯休みを取れ』だった。 正直、有り難かった。このままの状態でずっとあの執務机に向かっているよりは、随分気持ちが楽になった。 だからと言ってただ遊んでばかりいるような毎日を送る気分には到底なれなかった名無しは、悩んだ挙げ句に珠稀のいる店を訪れる事にした。 呉の城内ばかりか国内全土でこれほどに騒ぎになっているのだから、彼のような男がその存在を知らないはずはない。 だが、果たしてブラック・マフィアの総裁とも言える珠稀が名無しに対して快く救いの手を差し伸べてくれるのかどうかは、謎だ。 それどころか、政府の人間が大嫌いな彼の事。助けて貰う所か、ヒントすら貰えないかもしれない。 いや、それ以前に、『国の為に、教えて頂きたい事があるんです』と名無しが一言告げただけで、彼の機嫌を一瞬にして損ねてしまい、店内から叩き出されるという可能性もある。 それでも、良かった。 店から叩き出されるどころか、店に入る事さえ叶わずに、門前払いを受けても良かった。 とにかく今の名無しにとって、『何もしないでじっとしている』という事の方が何よりも耐え難い事だった。 そう思った名無しだが、実際に彼の店へと足を進めている内に、当初の気概が次第に失われていく。 (……珠稀さん……) 私、結局いつも貴方に助けて貰ってばかりなのですね。 自分から貴方の元を訪れるという事もせず、必要な時だけ、自分にとって用が有る時だけ、貴方の元に向かうのですね。 自分がどれだけ都合のいい事をしているのか、分かっている。端から見れば、何て図々しい事をしているのか、と責められても仕方がない事くらい、分かっている。 それでも、自分が用がある時以外珠稀の元を訪れようとしなかったのは、決して彼の事を都合良く扱っているからでも、そんな風に自分の中で位置付けているからでもない。 [TOP] ×
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