三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldW】
 




しかしながら、普通の男にとってはこれ以上ない程に、それどころか場合によっては二度と立ち直れない程にショックな出来事である寸止めなのに、珠稀のような男性にとっては全く逆の効果をもたらした。

珠稀はそんな名無しの拒絶に対し、意気消沈して男としての自信をなくすどころか、喜々として、そして半ば怒り混じりに目を輝かせた。


面白えじゃねえか、この女。


こうなったら、名無しちゃんの体の全てを、この俺がとことん開発してやるぜっ。


俺が今までに修得してきたありとあらゆる至高のテクニックを総動員して、何が何でも名無しちゃんを俺のものにしてやる。

名無しちゃんの頭の天辺から足の爪先まで快楽の味を徹底的に叩き込んで、名無しちゃんの身も心も俺の虜にして、奴隷のように俺の言うなりに動く、哀れな人形にしてやるぜ。

俺といる時に抱かれるだけでは物足りない体にしてやって、やがては名無しちゃんの方からこの店に足を運び、『何でもするから、珠稀さんに抱いて貰える為なら国の機密情報だって盗んでくるから』と、必ずや名無しちゃんが泣いて頼むような展開に持ち込んでやる。


狙った女は百発百中、女殺しの異名を持つ珠稀は、燃えに燃えた。


────そんな事を考えたのは、今から一年程前の事だったか。


あれから何度かチャンスはあったはずなのに、結局珠稀は当初の目的通り、名無しの身も心も掌中に収める事が出来ずにいた。

前回彼女が来たときも、蜜月のような甘い5日間のデートを過ごしたはずなのに。

と、言うか、そんな感じのプランを珠稀なりに考え、そして実行に移したと自分では思っているはずなのに。

あれのどこがどういけなかったというのか、珠稀の『名無しちゃん奴隷化計画』は見事な失敗で幕を閉じた。

何故かと言うと、あの五日間を共に過ごした後、また今まで通り名無しからの連絡が途絶え、彼の店に彼女の足が向く事は無かったからである。


名無しが普通の女とは違い、忙しい身分だという事は分かっている。


何か大きな事情がない限り、数日間に渡って城を留守に出来る身ではない事くらい、分かっている。


けれど、本気で名無しが珠稀に心を奪われていると言うのなら、ほんの数時間でも、10分でも珠稀の顔を見たいと思うのが世間一般の女子が持つ『恋する女心』というものではないだろうか、と珠稀は思う。

ちょっと近くまで寄ったので珠稀さんの顔を一目見に来ました、という事もなく、一切の連絡を絶つ名無しのような女の存在は、珠稀にとってもはや想定の範囲外となっていた。





「くそ…名無しちゃんはおかしい…異常だよ…。男の趣味が絶対おかしいんだよ…ああもう…腹が立つっ…」

いつまで経っても一向に彼女がなびかないのは決して自分が悪いという訳ではなく、名無しの趣味が悪いのだ、と一方的に結論付けて、珠稀はブチブチと彼女に対する不平不満を垂れ流していた。

そんな事をしていても、薬の効果による彼自身の高まりは少しも衰える気配を見せず、このままでは埒があかないと思った珠稀は強制的に下半身を萎えさせようと試みる。

「あのさ。何かいい案ねえかな。お前だったら、何考えたらアソコが急激に萎えると思う?」
「急激に…ですか?うーん…そうですね。私の場合でしたら、こう、何と言いますか…。女性とは全く正反対の存在の、筋骨隆々な逞しい体躯を誇る美丈夫が、女装とかしている姿をイメージしたら一気に萎むと思いますが」
「あーん?筋骨隆々な逞しい体躯を誇る美丈夫?それだったら、あいつしか思い付かねえな。よしっ。試しにそれでいってみるか!」

自分の提案が少しでも主人のお役に立てる事が出来たら、と思い、黒服は一生懸命自分で考えられる範囲のアイデアを珠稀に告げる。

部下の言葉に反応を示した珠稀は何かを思い付いたような顔をすると、下半身を押さえながらギュッと両目を瞑って固く瞼を閉ざす。


(甘寧が、すっげえ満面の笑顔で、メイドのコスプレ!!)


その光景を頭の中で具体的にイメージした途端、珠稀の額にブワッと脂汗が滲みだし、彼の体温が恐ろしい程のスピードで急速に低下する。

「うおおおっ…。きたぜっ、ブリザード…!!」
「ほ、本当で御座いますか!?ああ〜良かったっ。私なんかのアイデアで旦那様が少しでも楽になったのでしたら幸いです!」
「あああ〜っ、すっげーきたっ。これ以上ないくらいに体温が下がったぜ。有り難う、甘寧!!」
「ちょっ…旦那様。誰の女装を想像しているんですか!?甘寧様がその話をお聞きになったとしたら、きっと物凄い勢いで旦那様の事を殴り飛ばしにくると思いますよ。ひぇぇぇ…、恐ろしいっ。旦那様がご自分で責任をとって下さいね!?私は何も知りませんよ!!」

全身にブツブツと鳥肌を立てている主人の体を両手で掴み、黒服が必死の形相で珠稀の体を揺すっている。

そんな黒服の動揺に構うこともなく、色んな意味で悶絶している珠稀の下に、一人の部下が血相を変えて飛び込んできた。

「旦那様っ。今届いた情報です。これをご確認下さい…!」

目に見える程にぜぇぜぇと呼吸を乱して、部下の男が珠稀に一枚のメモを手渡そうとする。

「んだよ、そんなに慌てて。みっともねえな。一体何があっ…」

文句混じりに呟いて男からメモを受け取った珠稀の表情が、一変する。

「…これは、マジ話か?」

鋭利な双眼でギラリと睨み付け、念を押すように部下に尋ねる珠稀の態度に、聞かれた男が神妙な面持ちで頷き返す。

部下の持ってきた情報が示された一枚の紙切れには、『ユートピア』による被害が今や呉国全土に及びつつある事が一つ。

それともう一つは、つい先日にはとうとう政府の人間、つまり───名無しのいる呉城の人間からも薬物中毒者の存在が次々と発覚し、厳しい内部処分を受けているという事実が記載されていた。


(……この情報が本当に真実だとしたら、君は黙っていられないはずだ。名無しちゃん……)


何故なら、君は誰よりもこの国を愛しているから。


何故なら、君は自分の周囲にいる人々を愛しているから。

自分の『身内』から薬物中毒者や犯罪者が続出しているなんて事実を知ったとしたら、君はショックを受けると思うから。


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