三國/創作:V 【Another worldW】 大人達は『本当に強い気持ちで願ってさえいれば、どんな夢でもいつかは実現するはずだ』と子供に向かって言うけれど、あれはとんだ嘘っぱちだと思う。 だって現実の世界では、どんなに強い気持ちで願っても、叶わない夢はある。どんなに毎日焦がれても、叶わない思いもある。 夢だけで生きていけるような子供時代をとっくに過ぎた今の俺に分かる事は、『何か』を強く望んでいる時ほど実際はその『何か』からはるかに遠ざかっているという事だ。 ああ、恋愛というのは本当になんてドロドロして、自己陶酔の塊で、浅ましい欲望なのだろう。 そして、場合によっては愛する相手を傷つけてしまう羽目になったとしても、力ずくでその全てを略奪してしまいたくなる程に恐ろしい情熱なのだろう。 それなのに、世間の人間達はそれをまるで至極清らかで一切の汚れがない、あたかも純粋な、幸福の源泉のようだ、と周囲の人々に嘘ばかり言い触らすのだ。 もし何でも願いが叶うのだとすれば、俺が望む事はただ一つだけ。 名無し様の周囲にいる男達の中で、俺は唯一、たった一人の存在でありたい。 愛する女性の気持ちを自分だけに向ける事が出来ると言うのなら、どんな苦難がこの先待ち受けていたって構わない。 彼女に関わるこの世の全ての男の中で、彼女にとっての一等賞になりたいんだ。俺は。 貴女の周りにいる他の男達は、あまりにも淫蕩な者が多すぎる。 彼らをよく見るがいい。彼らの目ははっきりとそう言っているではないですか。 彼らはこの地球上で、愛する女性を心の底から慈しむのではなく、相手の気持ちを第一に考えるのではなく、己の欲望のままに奪い取るよりマシな手段を知らないのだ。 でも俺は、愛する人にそんな事はしたくない。彼らとは違った方法で、貴女の愛を手に入れたいと思うのです。 この世に善と悪の二つが存在するというのなら、俺はいつまでも名無し様にとっての善き者でありたい。 ところで…名無し様。実は俺、貴女に教えて頂きたい事が一つあります。 俺、今の自分が一体どの地点を彷徨っているのか、たまに分からなくなる時があるんです。 光を求めて真っすぐに歩いてきたつもりだったのに、何だか最近目の前がぼんやりと灰色の景色になってきて、自分の立っている場所がどの辺りなのか、よく分からなくなってくる。 俺はどこから来て、この先どこへ行こうとしているのか。 ────ここは、どこだ? ―秦夢・【Another worldW】 もう季節は初夏の段階から次第に本格的な夏へと移行しようとしている、ある日の午後。 ここしばらく降り続いていた雨はようやく止まり、薄暗い雲の隙間からは僅かな太陽の光が漏れている。 だからといって、急に天候が良くなったという訳でもなく、呉の上空は相変わらず一面灰色の雲に覆われて、どんよりとした暗い空気が国全体を包み込んでいる。 ちょっと油断すればすぐ雨模様に逆戻りしそうな今日の天気だが、それでも久しぶりの雨上がりの景色は人々の心と動きを活発にさせる。 せっかく雨がやんでいるのだから、この機会に城の外に出かけてみよう、と言い出した同室の兵士達に連れられて、この日俺は呉の城下町に姿を見せていた。 せっかくの休日くらい何もせずにゆっくり過ごしていたかったという思いもあった俺は、誘いを受けた当初は全く乗り気がしなかった。 しかし、同僚達に何度もしつこく誘われている内に、初めは嫌だ嫌だと断り続けていた俺の心にも微妙な変化が表れていく。 たまには気分転換を兼ねて、外で買い物でもしてみるのもいいか。 そう考え直した俺は、兵士達に支給されている戦闘服から普段の私服に着替えると、なけなしの金が入った財布を握りしめて仲間達と一緒に城下町へと出て行った。 戦場から離れると、兵士達は急に退屈になる。 今までずっと戦いの為に高めてきた闘争心や緊張感を、どこに向ければいいのか分からずに。 「うわぁ…、結構人が多いなぁ…」 城下町に辿り着いた途端、俺の口から漏れる感嘆の声。 大通りを歩く人々の多さに戸惑いながら、通行人達とぶつかる事のないように、気を付けながら先の道へと進んでいく。 大雨のせいでここ最近は人気も少なくなりつつあった城下町ではあるが、この日は以前の活気を多少取り戻しているようにも見えた。 それほど外出好きという訳ではない自分でも、普段身を置いている環境とは異なった空気を吸える事は、やっぱり新鮮な気分が味わえるし、心地よい。 そんな感じのウキウキ気分で道の両脇に立ち並ぶ露店商を眺めながら歩いていた俺に向かって、不意に何かを思い出したかの如く同僚兵士の一人が声をかけてきた。 「そういえば、秦。聞いたぞ。お前何であんなに勿体ない事をしたんだよ」 「えっ…俺が?勿体ないって、何の事?」 突然振られた問いの意味がその場ですぐには分からずに、慌てた俺は振り向きざまに聞き返す。 「しらばっくれてんじゃねえよ。尚香様のお付きの女官、桃香ちゃんの話に決まってんだろうが。お前…よりによってあのマドンナの告白を断ったんだって!?」 ああ、その話か。 同僚兵士の口から鼻息荒く放たれたその名前を聞いて、俺はやっと彼に質問された話の概要を思い出した。 ────ある日の夕方。 『秦く──んっ』 いつものように午前中の鍛錬を終えた俺が自分達に与えられた兵士控え室に戻ろうとしていると、不意に背後から声をかけられた。 自分を呼ぶ声に気付いてゆっくりと声のする方を振り返ると、俺の視線の先には一人の見知らぬ若い女性が立っている。 いくら考えてみても、全く見覚えのない相手だ。 ひょっとして、今自分の名前を呼ばれたと思ったのは、単なる俺の聞き間違いだったのだろうか? [TOP] ×
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