三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldW】
 




いつも通りの間延びした語尾はすっかり鳴りを潜め、完全に暴力的な色に染まった彼の声音を耳にした黒服達の脳裏に、最悪の事態が過ぎる。

かくなる上は、責任を取って自分達の体の一部か、もしくは命そのものをボスに差し出すしか残された術はない。

そう考えて、震える唇で何かを言おうとしている部下達の姿を認めると、珠稀は今までの険しい顔立ちがまるで嘘のようにフッと穏やかな笑みを見せた。

「そうビクつくなって。別にお前達の事だけ責めてる訳じゃねえ。確かに下っ端の監視はお前らの役目だけどよ、最終的な責任は全てこの俺にあるんだ。お前らだけで責任を取れだなんて、誰もそんな事は言ってねえし」
「…だ、旦那様…」
「俺も気付くのが遅くて悪かったよ。けどさ、俺はこの通り自分の周囲の事しか目が届かねえ訳だから、俺に出来ない部分はお前らの目と耳に任せてあるんだ。お前らの働きぶりには、これでも十分感謝しているんだぜ。…そこの所を、くれぐれもよろしく頼むよ」
「は…はいっ。肝に銘じます。旦那様!」

しっとりと低い声でそう呟いて、黒服達にちらりと横目で視線を投げかける珠稀の言葉を重い気持ちで受け止めながら、黒服達は全員心から安堵の溜息を漏らしていた。

男でも女でも関係なく、見る者を瞬時に惑わせる、珠稀の妖艶で物憂げな瞳。

一見何の感情も感じられないような、鋭利で冷たい輝きを放つ彼の眼差しだが、その奥にはゆらゆらと揺らめく『何か』があって、彼に出会った者はその『何か』を突き止めたくなる。

一度正面から覗き込まれてしまったら最後、自分の心ごと、魂ごと別の世界に引きずり込まれてしまうような危うい双眸は、悪魔的な存在感すら見る者に覚えさせる。

そんな珠稀の鮮烈な眼光を少しでも遮るかの如く、人形のように長い睫毛が彼の両目を飾り立てているが、彼の美貌をさらに増すという役目以外の働きは何もはたしていない。

店の女達だけでなく、腹心の部下とも言える男達に対しても遺憾なく発揮される珠稀特有の『飴と鞭』の使い分けに、黒服の男達は主人に対して深い尊敬と畏怖の念を常日頃から抱いていた。


「……『キング』……」
「!!」


主人が唐突に放った単語に、黒服達がハッとしたように息を飲む。

「何考えてんだろうね、アイツ。どうせ今回のこの『ユートピア』だって、キングのグループがさばいてるモンだろう?今までは絶対に俺ん所に薬物なんて販売してこなかったのにね。これってどういう事かなぁ。うちの組員を自分達の所の薬漬けにしまくるなんて、喧嘩売ってきてんのかなぁ?」
「…それは…」
「ちょっと考えられねぇなぁ。あそことは長年不可侵条約を結んでいるし、俺の方針が『イケイケ』だって事くらい、キングは重々承知の上のハズだぜ?」

そう言って薄く笑った珠稀の口元に、残酷な色が滲む。

彼本人の発言通り、珠稀の君臨する黒蜥蜴ファミリーは、呉国でもトップクラスの『イケイケ』タイプだと周囲のファミリー達からも認められていた。

彼らのようなヤクザの世界において、俗に『イケイケ』と言われるタイプは『脅す』『攻撃を仕掛ける』『殺す』の三分野において、他のヤクザ者達よりも徹底的にその路線を貫く猛者達の事を指す。

黒蜥蜴ファミリーの男達がいかにハードな男達なのか、という事を知っている他の組織の構成員達は、黒蜥蜴の下っ端クラスの人間と偶然飲み屋で居合わせただけでも、背筋が凍るという。

そしてそんな彼らのトップには『あの5代目』が君臨していて、黒蜥蜴ファミリーに属する人間に何かをしでかしたり、彼らに不利益を与えるという事は、すなわち珠稀本人をも敵に回すことを意味している。

珠稀がここまでして徹底的に『暴力』と『悪の道』を貫き通すのは、彼なりのちゃんとしたポリシーがあっての事だった。

『黒蜥蜴の5代目は、本気で怒らせたら何をしてくるのか分からない』という彼自身の肩書きが、強烈な不安感と恐怖感を与えることになり、組織の内外問わず他の構成員達を震え上がらせているのだ。

その結果、彼を恐れる者達は滅多な事では彼に対して突っかかる事もなく、それにより、余計な争い事や死人を出す結果を招く可能性を極限まで低くする事に成功している。

珠稀のようなボスの存在は、身内、他人に関係なく、己の周囲の人間達に対して『監視役』的な効力があり、一言で言えばまるで神話の世界に出てくる地獄の番犬・ケルベロスのような役割を果たしている。

常に四方八方に睨みを効かせ、自分の守るファミリーに何かがあれば即座に噛み付き、殺す。

そんな珠稀と、彼に従う黒服達のおかげで黒蜥蜴は大いに栄え、必要以上に無駄な抗争や死者を生み出す事もなく、ここまでの巨大組織に成長したという裏背景があったのだ。

「…恐れながら申し上げます、旦那様」
「何だ」

精一杯、言葉を選んで発言しようと試みる黒服の一人に対し、珠稀が彫像のように整った顔をそちらに向ける。

「旦那様も仰る通り、キングと我々は友好的な関係を築いてきたという実績があります。そんな彼が、今頃になって旦那様や我々に正面切って闘いを挑んでくるとは到底思えません」
「……。」
「これには何か、きっと大きな理由があると思うのです。キンググループと本格的な抗争に突入するのは、その事実関係が分かってからでも遅くはありません。我々幹部達の手でその理由を探ってみようと思いますので、旦那様…どうか今一度我々を信じて、しばしのお時間を与えては頂けないでしょうか」
「……。」

そう告げて恭しく頭を垂れる部下達の姿が視界に入り、珠稀はしばらく口を閉ざす。

珠稀は1分間ほどそうして無言のままで彼らに視線を向けていたが、やがて何かを結論付けたかの如く溜息混じりに言葉を落とした。

「…いいんじゃねえの」
「!ではっ……」
「ん。お前達に全部任せるよ。その代わり、もしキングが本気で俺に喧嘩を売ってきているって事が分かったら、お前達がいくら必死になって止めても…俺は特攻かますよ」
「承知しております。旦那様」

拗ねたような口振りで言葉を紡いでプイッと顔を背ける珠稀の面持ちは、すでに普段の穏やかさを取り戻している。

この程度の嘆願で本当に珠稀がおとなしく引っ込むかどうかは疑わしい所だが、とりあえず彼の顔から険が取れた事を悟り、黒服達はホッと胸を撫で下ろしていた。


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