三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldW】
 




その男と同棲していた情婦も彼と全く同じような状態で、一糸纏わぬ素っ裸の格好でケタケタと奇妙な声を上げながら笑い転げ、たまに呪文のように意味不明な呟きをブツブツと零しているだけである。

その事件を発端に、黒蜥蜴ファミリーの中でこの男のような症状に陥る構成員の姿が相次いで目撃された。

そればかりか、被害は彼の経営するホストクラブやソープランド、キャバクラ等のいわゆる『夜の店』にまで伝染し、出勤拒否や人格崩壊、果ては組の金に手を付けるような人間達が続出したのである。


その原因となったのが、この≪新顔薬物≫────『ユートピア』であった。


脱法ドラッグとは、違法でない、つまり法律に基づく取締りの対象になっていない薬物の名称だが、主に麻薬と同様の効果を持つ物質を指す。

合法ドラッグとも呼ばれる事があるが、名無し達のような政府組織の人間は、正面きって『違法ドラッグ』と呼称している。

一般的な観点からいけば、対応する法律が無いため、所持や摂取、売買は禁止されていない。

しかし売人が人体摂取目的に販売した場合、立派な『薬事法違反』となる。

その為、法に抵触しないようクリーナーや芳香剤、研究用試薬、観賞用などの名目で販売されている事が多々あるが、例えどんな言い訳をしてみた所で、人体への摂取を目的として販売すれば完全に違法行為である。


それなのに、そんな知識すら持ち合わせていない素人や堅気の人間達は、『合法ですよ』と聞くだけで、何を勘違いしているのか、『悪い薬ではない』と思い込む浅はかな人間が多い。


特にその傾向は若者と呼ばれる年齢層のグループに顕著であり、

『これを飲めば簡単に痩せられる』
『元気が出る』
『ただの媚薬と同じ。人体に害はない』

と言われれば、あっさりと、そして興味半分で口にする人間達が後を絶たない。


極めつけは例によって『合法だから』の騙し文句であり、付き合っている恋人の薦めや夫、妻の薦め、親友の薦め、そして相手を驚かせてやろうと思って『こっそり』飲み物や食べ物に混ぜる身近な人物の行為により、罪の意識もないまま飲用してしまっているケースが続出している。

そして気が付いた時には大多数の人間が立派な『中毒者』になり、薬を手に入れる為にはどんな事をしてでも、何とかして金を工面するようになる。


強盗、売春、そして───人殺し。


例え犯罪に手を染めてでも、自分の家族や恋人、同僚、友人達の命を危険に晒してでもそのドラッグを手に入れようと躍起になり、やがては先述の構成員や情婦のように魂ごと地獄に突き落とされて、最悪の場合、二度と現世に戻る事は不可能だ。

黒蜥蜴自体の組織力があまりに広大すぎる事もあり、その人数も数え切れないものがある事から、今までは氷山のほんの一角のような形で表面化していなかった。

だが、ついに先日珠稀のいるこの居城────『蠢く者』のスタッフにまで中毒者が出た為に、事件は明るみに出る事になる。

店の女数人や組員が示し合わせて店の売り上げに手を付けようとした現場を発見し、慌てた黒服達は直ちに主人に報告した。

組織の金庫に手を出した厳罰として、その者達を凄惨なリンチにかけた珠稀の行為により、珠稀は彼らの口から謎の薬物の存在について聞き出す事に成功した。

店でプレイ用に使用している媚薬やその他の薬物を除いては、その危険性の問題から、黒蜥蜴お抱えの医師が認めた『安全性に問題なし』の薬物以外、ボスである珠稀はこうなる可能性を見越して厳戒令を強いていた。

『風邪薬や解熱剤の類でもない限り、例え合法でも自分が認めていない薬に関しては一切の服用を禁止』とするトップの命令に反して組員達が謎の薬を飲用していた事に対して、珠稀は烈火の如く怒った。

その結果、該当する者達に厳重な処罰を与えると共に、珠稀は自らの腹心である黒服の男達に命令し、『その薬物の正体を三日以内に突き止めろ』と怒鳴りつけていたのである。

そして、彼の命令通り『ユートピア』を探し出した黒服が差し出した現物を目にした珠稀は、ここまでこの薬物が急速に組織内に広がった事態を重く見て、実際に自分でもその効果を確かめてみようと思ったのだ。


(……半端無いぜ。このクスリ)


珠稀は身を持ってユートピアの効果を実感した事により、いつも冷静な彼にしては珍しい程の焦りを感じていた。

「人類愛、パーティ用、酒池肉林用にどうぞ…って事は、俗に言う『セックスドラッグ』の一種として販売されていると俺は見た。『これを飲んでからHすると気持ちイイですよ』『疲れや眠気が吹っ飛びますよ!』みたいな謳い文句で世間に出回っているんじゃねえのかな」
「成る程。それでこちら側の人間どころか、現実は堅気の若者達を中心として広がっているのですね」
「んで、うちの構成員も最初は眠気覚ましや軽い媚薬みたいな認識で、試す。それから、実際にキメてみるとすげー気持ちイイもんだから、自分の女にも試す。周りの人間にも勧める。そんで全員ハマる。そんな流れで俺の店まできたんじゃねえの」

フーッ、と深い溜息を一つついて、珠稀が面倒臭そうな仕草で長い前髪を掻き上げる。


この威力なら、普通の女に二回『漬けた』だけで、何でも────言う事を聞くようになる。


「ま、確かにうちの組の人数は多いよ。経営している店の数だって50以上に上るし、その全部の動向を把握する事なんて出来ねー。だがよ、何で俺の『根城』にまで被害が及ぶようになりやがった?」
「……!」
「お前達が付いていながら、なんでそこまで許したんだ。店の女達や下っ端の行動管理は、お前達『幹部』連中の仕事だろうが」
「そ…それは……」

何の脈略もなく、さらりと自分達の方に話題を振られ、黒服達の顔からサーッと一気に血の気が引いていく。

主人に言われるまでもなく、部下の管理不行き届きは自分達の責任だと言う事は彼らも十分自覚していた。

しかし、どの道主人に叱咤される覚悟が出来た上でこの場に臨んだというにも関わらず、頭ごなしに叱りつける訳でもなく、ごく普通の口調で尋ねてくる珠稀の態度は余計に空恐ろしさを感じさせる。


「言い訳、いらね」
「はっ…はいっ。大変申し訳ありません。旦那様っ…」


ゾクリ。



どこまでも低く重い響きを含んだ珠稀の声に、黒服達の背筋がたちまち凍る。

普段は軽い若者口調のノリで語りかけてくる珠稀だが、彼がヤンキーっぽく乱暴な言葉使いになっている時は、ある種の『危険信号』が含まれているのだ。


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