三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldW】
 




「…スピリタス・ウォッカ」
「はっ」

主人の指示を受けた黒服は部屋の奥に一旦引っ込むと、珠稀が愛飲している世界最強レベルのアルコールとグラスを手にして彼の前に戻ってきた。

酒の準備をしている黒服の姿を横目で見ると、珠稀は腰に下げているナイフをゆっくりと鞘から取り出して、錠剤の端に刃物の先端を押し当てる。

男が酒の瓶を傾けて空のグラスの中にトクトクと中身の液体を注いでいる間の時間を利用して、珠稀は慎重な手付きで錠剤一粒辺りの約4分の一だけを削り取り、ナイフの柄で押し潰し、細かい粉末状に変えていく。

「…旦那様」
「……。」

心配そうな目付きで自分を見つめる男に対し、珠稀は無言のままで視線を返す。

一度に使用する量が2〜3錠だとすれば、珠稀が削り取った量は1錠の4分の1だから、通常の使用量の約8分の1から12分の1。

毒物による暗殺の可能性も考慮に入れて、珠稀は普段から闇医者の指導の下で様々な薬物をごくごく少量ずつ、それも計算され尽くした量だけ飲用し、薬に対する耐性を飛躍的に高めていた。

普通の人間ならいざ知らず、その主人がこれだけの量しか口にしないと言うのであれば、それほど心配する程の事でもない。


しかし────何事にも『万が一』という事がある。


そう目線で訴える部下の気持ちを全て察しているかの如く、珠稀は力強い声音でたった一言呟いた。

「大丈夫だ。心配するな」
「…はっ。心得ております…」

珠稀はそう言って部下をの男達をピシャリと諭すと、先程砕いた粉末をほんの少量ペロリと舌先で舐め取った後、残りの分を酒が入ったグラスの中に混入し、一口ずつ飲み干していった。

ゴクッ。

ゴクッ。

珠稀の喉が鳴る度に、黒服達もゴクリと生唾を飲み込んでその光景を見守っている。

グラスに注がれた全ての酒を体内に納め、珠稀はそのまま静かに目を瞑り、神経を研ぎ澄ませていく。

薬の効果が表れてくるのをおとなしく待ちながら、珠稀は『ユートピア』を口にした実直な感想を心の中で述べる。


(……無味無臭……)


先刻匂いを嗅いだ時も、そして舌で直接舐めた時も、何の味もしない。そして、アルコールに混ぜた事による味の変化もまるでない。

大抵の薬物は普通に飲むよりも酒と一緒に飲んだ方が体内に吸収される速さは数倍に上ると言われるが、ほとんどの場合、そのままでは苦かったり、何とも言えない不味い味がして、何とかして味を工夫しようとするのが通例である。

それに引き替え、この薬物は全くの無味無臭な為に、黙ったまま何かの液体や食料にこっそり混ぜて誰かに与えたとしても、ほぼ100%の確率でその相手が薬物の存在に気付く事はないだろう。

(アッパー系?ダウナー系?)

果たしてこの『ユートピア』は、覚醒剤やコカインのようなアッパー系か、それともヘロインのように『廃人直行』のスーパーダウナー系か。

しばらくそうしてじっと目を閉ざしていた珠稀の体に、ほんのりと、そしてゆっくりと、確実な変化が訪れてきた。

体温が徐々に上昇し、何とも言えない心地良さが珠稀の全身を包み込む。

自らの下半身に表れた目に見える変化を直視して、珠稀はポツリと言葉を漏らす。

「…勃ってきた」
「ええっ…、ほ、本当ですか!?」
「まだものの5分も経ってないってのによ。早え…。しかも通常の8〜12分の1の量でこれだぜ。いくら酒と混ぜてるっつっても、俺の体質で、コレは……」


(────有り得ねえ)


心の奥底で一人呟いて、珠稀が苦々しげな顔をする。

彼の発言を聞いた部下の男達もまた、まるで信じられないといった顔をして、主人の顔を凝視していた。

そんじょそこらにいる普通の男ならいざ知らず、自分達が仕える主人はかなりサディスティックな素質を秘めた人間であり、性欲を感じる構造が普通の男達とは大きく異なる。

真っ裸な美女が大きく両足を左右に開いて局部が露出している光景を目にしてもなお、平静な顔付きを保っていられる男。笑って軽く流せる男。それが珠稀という男なのである。

しかもその上、珠稀は世の一般男性とは違い、その性欲すらも己の意志と理性でほぼコントロールする事が可能な男であり、さらに通常の人間よりも遙かに薬物耐性が高いはずの珠稀が、たったこれだけの使用量で体に変化が起きたというのだ。

その事を良く知っている黒服達と同様に、『ユートピア』の効果を身を持って確かめた珠稀自身もまた、信じられないといった様子で薬に添えられた注意書きの紙に手を伸ばす。


≪副作用…特筆すべきものは特に無し。耐性はつくので1週間に2回程度の利用に留めること。健康上の理由からも、過度な利用は避けること≫

≪主成分…不明≫

≪効能…アッパー系代表。人類愛、パーティ用、酒池肉林用にどうぞ!≫


「人類愛?酒池肉林用にどうぞ?何だよコレは。どうなってんの。こんなハイレベルなドラッグが、本当に『合法です』とか言って素人にまで出回っている訳?冗談でも笑えねー」
「は、はぁ……」
「普通に勃起するってコトは、確かにアッパー系の特徴だよな。ダウナー系は性欲も食欲も減退するし、アッチ方面は役に立たねー。…っつうか、俺ですらたったこれっぽちの量でこうなるってのに、説明書の使用量が『一度に2〜3錠が適量』だって?ざけんじゃねえよ。廃人街道まっしぐらだぜ、これじゃあ。なんつー悪質な販売方法だ……」
「旦那様…。そ、それほど、ですか…?」


珠稀の嘘偽り無い『体験レポート』を受けた黒服達は、全員青ざめた顔をして、ゴクッと生唾を飲み込んでいた。

何故こんな話になっているのかと言うと、話は1ヶ月程前に遡る。

帝王珠稀の支配下にある暴力団組織・黒蜥蜴には膨大な数の構成員が存在していたが、ある日の事、傘下の構成員の一人が何も言わずに消息を絶ち、組にも全く姿を見せなくなっていた。

数日の事なら何かあったのかと思うのだが、数週間に渡って何の連絡も無い事を心配した仲間の組員達が男の部屋を訪れてみると、そこには変わり果てた男の姿があった。



一切の灯りも何も点けられていない真っ暗な空間の中で、ヘラヘラと笑っているかつての仲間。



完全に焦点の定まっていない瞳は闇の世界を所在なく彷徨い、口元からはだらしなく涎が滴り落ちていて、男の足元には謎の錠剤が大量に散らばっていた。


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