三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldW】
 




「本当にウチの店の子達はこういう所が気が利くね〜っ。うんうん、やっぱり女の子っていうのはこうでなくっちゃ。コレ君の?」
「あ…はいっ。私の私物なんですが、お好きなようにして頂いて結構ですっ。ご主人様に差し上げますから…」
「え。マジで?じゃあ遠慮なく使わせて貰うよ。コレは今日から俺のタオルにするね!ありがと〜っ」
「い、いえ。そんな…。ご主人様に使って頂けるなんて、光栄ですっ…」

珠稀とたった二言三言言葉を交わしただけなのに、彼を見上げる女の瞳が次第にハートマークのような形になっていく。

彼女の目の前に立っているのは店の女なら誰しも憧れる『あのご主人様』なのだから、そんな風になってしまうのは当然と言えば当然である。

わざわざ『あの』と名前の上に付けざるを得ない程に、珠稀の美貌は格別だった。


優雅、鮮烈、端麗、高貴、綺麗、美麗、妖艶、etc。


店の女達がどれだけ頭をひねって彼の美しさを褒め称える美辞麗句を並べてみても、珠稀の容貌を全て表現しきる事など、到底不可能な話であった。

神の気紛れか、突然変異の賜物か、人類に与えられた謎の遺伝子配列変換の結果なのか、世の中にはこういう人間がたまにいる。

見事に左右対称の完璧な黄金率の顔立ちを崩すのは、右半分にボリュームを持たせた分け目の前髪だけなのだが、それすらも彼にとってはわざとそうしているだけに過ぎない、計算され尽くしたヘアスタイル。

自分の顔があまりにも整いすぎている事を己自身で自覚している珠稀は、この上髪型まで整ってしまったら隙が無さ過ぎる事を十分知っているのだ。

完璧なまでにバランスの取れた面立ちに、所々アンバランスな部分を加える事によって、何とも形容し難い珠稀の揺らぎある美貌が完成する。

ギャル男のようにチャラチャラとした軽い語り口調でさえ、彼にしてみればその近寄り難い美しさと、そこから生まれる一種の威圧感を崩す為に『造られた』物でしかない。

そんな事を知ってか知らずか、珠稀に直接タオルを手渡した女はもちろん、遠巻きにその光景を見ていた他の娼婦達もまた、熱狂的な眼差しを自分達の主人に注いでいた。

(ああ…。ご主人様ったら、本当にいつお会いしても素敵過ぎだわっ)
(今日の髪型も服装も、汗を流すご主人の姿も、何もかもが格好良すぎ…!!)

完璧過ぎて、多少抜けた所や隙のある部分を作った方が安心して声をかけやすくなるような姿態の持ち主など、モデルや役者でも無い限り滅多にお目にかかれる物ではない。

そんな人間が、外の世界から完全に遮断されたアンダーグラウンドの、そして自分達が身を寄せる『闇の世界』のトップとして君臨しているのだから、彼女達の騒ぎようもやむを得ないものがある。

一度見たら決して忘れられない、主人の見知った美しい顔立ちと極限まで鍛え抜かれた長身の肉体美を目に留めて、店の女達は皆一様にうっとりした表情で珠稀を見つめていた。


「私もそう思ったのですが…。内容が内容ですので、一刻も早くお伝えさせて頂いた方がいいかと思いまして。旦那様に急ぎで調べるようにと言われていた、『例の件』でございます」
「!!」


黒服の発した台詞を耳にした珠稀の眉尻が、ピクリと跳ね上がる。


さっきまで笑顔だった珠稀の顔付きから、瞬時に柔らかさが失われていく。


普段の容貌が整い過ぎている分だけ、一旦感情を無くした珠稀の顔立ちは、まるで彫刻か何かのように無機質な冷やかさがある。


闇の王の名に決して劣らない氷の如く怜悧な視線を黒服に返すと、珠稀は首の周りにタオルをグルリと巻いて、赤い唇を微かに歪めた。

「シャワーを浴びたら報告を聞く。バスタオルと着替えを用意しておいて。あと適当に飲み物頼むよ」
「はい。旦那様」
「俺、10分で風呂から出るから。俺が部屋に戻ったら速攻で話が出来るように、資料があったら全部テーブルの上に並べておいて」
「かしこまりました。そのように致します」

珠稀がパチン、と音を鳴らして髪をまとめていたゴムを解いた瞬間、艶めいた赤髪が緩やかに流れ落ちる。

部下の男はそんな主人の姿を見てたっぷり5秒くらい静止した後、やがて自分達のボスの姿に見惚れてしまっていた己の不作法に気付き、慌てたように深々と頭を垂れた。

珠稀はそれだけ言い捨てると、周囲の視線など全く気にもしない素振りでさっさと目的のバスルームへと向かって行く。

足早に遠ざかっていく珠稀の後ろ姿を見送りながら、黒服達は互いに目を合わせると、主人の言い付け通りにする為に着替えを揃え、必要な書類と資料を掻き集めて彼の部屋に運び込んでいった。





「───『ユートピア?』」

聞き慣れない名前を耳にして、珠稀が眉間に僅かな皺を寄せる。

宣言通りきっちり10分で入浴を済ませてバスルームから出てきた彼は、すでにいつも通りの衣装に着替えて自室に舞い戻り、キングサイズのソファーに深々と腰かけていた。

「それが今問題になっている例のクスリの名称なわけ?どうせ『合法ドラッグ』とか銘打って素人に売りまくる、脱法ドラッグの一種でしょ〜っ。それで、何系統の薬物なのよ。スモーク系?栽培系?吸飲系?それとも飲用系?てか、現物は手に入らねえの?」

黒服の言葉に、さらなる説明を求めるように顔を上げた珠稀から、フワリと濃厚なムスクの香りが立ち上る。

彼の視線を正面から受け止めている黒服はコクリと頷いた後、透明な袋に入った白い錠剤を主人に手渡した。

「旦那様の命を受けて、我々が取り急ぎ入手したのがこれです。売人グループをとっつかまえて聞き出したのですが、主な使用方法はそのまま飲み込むか、または粉々に砕いて粉末状にし、飲み物に溶かして摂取するのが一般的な模様です」
「……ふぅん。一回に使用する適量は?」
「平均的な使用量は一度に2〜3錠。薬物に耐性が出来ている者は大体4〜5錠が目安だそうです。それ以上の量を一度に摂取しますと、相当まずいそうですが…」
「ああそう。思ったよりも小振りだね。でも、ホントにこんなちょっとの量で効果あんのかな〜。金額は?」
「グラム売りで1g辺り2〜5万円です。しかし中毒性が高い為、一度でも試した人間は1g程度では満足できず、数グラムまとめ買いをするのが主流だそうです」
「ふーん。1g辺り2〜5万かぁ。…シャブよりちょっと高いくらいだね〜」

部下の説明を聞きつつも、珠稀は透明な袋の中から件の錠剤を全て取りだして、大きさや形状を確かめるみたいに指先で弾いて弄ぶ。

その中の一錠を長い指先でつまんで己の顔に近づけると、珠稀はクンッ、と鼻で空気を吸い込み、薬の匂いを確かめた。



────匂いは、全くない。


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