三國/創作:V 【Another worldW】 その姿を目にした俺の耳に、自分の頭のどこかで何かの糸が二、三本ブチブチッと切れたような音が聞こえた。 愛する女性にここまでされて、こんなに辛く苦しい思いをさせて、その誘いを断れる男が果たしてこの世に存在していたとしたら、そいつは鬼だ。 名無し様の誘惑を振り切ってこの部屋から出て行くには、時すでに遅かった。 「可愛い…。名無し様…」 甘い声で俺の名を呼ぶ名無し様の濡れた唇が眩しすぎて、俺はもう何も余計な事を考える事が出来ない。 こんな事、決して許される訳がないと知っているのに。 頭の中では十分理解しているはずなのに、俺の理性はとっくにたかが外れていた。 「秦……んんっ」 俺を呼び続ける彼女の声が、言葉半ばで急に途切れる。 気が付いた時には、俺は自らの唇を名無し様の唇にしっかりと重ね合わせていた。 「ん…、秦…。んんっ……」 不意に呼吸を妨げられた感覚に、名無し様の口から苦しげな吐息が溢れ出る。 幾度となく唇を重ねる度に、ちゅっ、ちゅっ…、と湿り気のある音が互いの耳に届き、俺の欲望は否が応でも高められていく。 「…名無し様。口を開けて……」 「あんっ…。そんな……」 男の情欲にまみれた俺の声を耳にして、名無し様がブルッと体を震わせる。 俺はそんな彼女の唇にほんの少し触れるだけのソフトな口づけを2、3回与えると、子供をあやす時のような優しい口調で名無し様に囁いた。 「口の中も…すごく熱いんでしょう?名無し様…」 「はぁ…っ。し、ん…。だって…」 「名無し様がそうしてくれないと、俺も助けてあげる事が出来ませんから。名無し様の熱いところを、治してあげることが出来ませんから。……ねっ?」 「し…ん…。でも…でもっ……」 互いの唇をこすり合わせるような口付けの合間合間に『口を開けて』と促すと、名無し様が両目一杯涙を溜めて恥ずかしそうな顔をする。 俺の切なる望みを聞いてくれない名無し様の唇をペロリと己の舌で舐め取ると、俺はありったけの甘い声を出して再度要求を突きつけた。 「ねえ、名無し様…もっと…名無し様の可愛い口を…もっと開いて」 「……ぁ、ゃ……っ」 唾液で濡れている名無し様の唇をわざとらしく指先でなぞりながら、同じ事を何度も繰り返し名無し様に『お願い』してみる。 名無し様の瞳は薬の影響もあってかすでに涙で濡れていて、俺を見つめる彼女の眼差しはとろんと溶け切っていた。 ≪───秦って、見かけによらず意外と強引なのね≫ 情事の後で、昔の恋人に言われた言葉が記憶の中から蘇る。 人は見かけで判断しては良くないと言われるが、何を隠そう俺自身も世間でそう称されるタイプの人間だった。 だからといって、別に二重人格みたいに180度性格が変わるという訳でもない。 セックスの時だけ乱暴な口調になるとかそういう話ではないのだが、普段の俺のイメージからすると多少強引さが増すらしい。 名無し様との情事の際に見る事が出来た凌将軍と陸将軍の女性に対する迫り方が『意地悪で強引』なタイプだとすれば、俺は元カノによると『優しくて強引』なタイプの男になるそうだ。 肝心な名無し様自身はどっちのタイプが好きなのか、……良く分からないけど。 「あっ…ん…。秦……」 戸惑いの声を上げる名無し様の唇が、わずかに開く。 俺はそんな名無し様の顎に指を添えて舌を差し入れやすい角度に調節すると、チャンスとばかりに再び彼女の唇を奪い取る。 だが、先程までの優しいキスとは違い、今度は俺の得意なディープキスだった。 もともと好きな相手とは常に触れ合っていたい上にイチャイチャするのが大好きな俺にとって、キスは最も重要な愛情表現の一つである。 名無し様に対する思いの全てを込めて、俺は名無し様の唇を思うがままに貪っていた。 「ん…っ…。し…ん…」 呼吸をする僅かな時間も隙間も与えないくらいの、俺のキス。 夢にまで見た名無し様と本当にキス出来た事がとても信じられなくて、言葉に出来ない程に嬉しくて、ついつい最初から全力で飛ばし気味になってしまう。 こんな呼吸の仕方でいいのだろうか、とか。こんな舌使いで本当に良かったのだろうか、とか。 女の人とこんな行為に及ぶなんてとんとご無沙汰だった俺は、実はキスの仕方というものがすっかり記憶の中から抜けていた。 (大好きな女性に、下手くそだと思われてしまったらどうしよう) これでもかなりの緊張感を覚えていた俺だけど、最初こそ不安な気持ちを感じていても、その思いも彼女との口付けを重ねる内に段々消えていく。 不思議な事に、頭で考えるよりも体が先に動くというか、難しいことを一々考えなくても俺の舌と唇が勝手に動くのだ。 今まで重ねてきた経験回数や熟練度による上手い下手の違いはあれど、目の前に女性の体が投げ出されたとすれば、大抵の男は可もなく不可もなく一連の『作業』を無事に終えることが出来る。 誰に教わる訳でもなく、男なら本能的に腰の振り方くらい知ってるもんな。 それにしても、初めて触れた本物の名無し様の唇は何て気持ちいいのだろう。 マシュマロみたいにしっとりとして柔らかい名無し様の唇が言葉に出来ないほどに心地よくて、俺はその感触に完全に浸りきっていた。 「は…、ぁ…っ」 俺の口付けを一方的に受け止めている名無し様は、ろれつが回らない位に俺のディープキスに酔い痴れていた。 ちゅっ…と音を立ててようやく彼女の唇を解放すると、俺はもう一度名無し様の唇を指でなぞりつつ、今度は彼女の耳元に自分の唇を寄せて低く囁く。 「本当に可愛い…名無し様…。名無し様の口の中…すごく熱くて…ヌルヌルしてる……」 「あああ…そんなぁ…」 「名無し様…、もっと沢山キスしても…いい?」 名無し様の耳にかかる髪を掻き分けて彼女の耳たぶをぺろりと舌先で舐め取ると、途端に名無し様の口から『あんっ』という可愛い喘ぎ声が零れ落ち、俺の脳内にある性欲を直接刺激する。 なんかダメだ、もう。 自分で自分を買い被るつもりはないが、いつもの俺はこんなに性急な男じゃないのに。 普段の俺なら時間と手間を惜しまずたっぷりとかけて、愛する女性との情交に全力投球するはずなのに。 こんなにも悩ましくて淫靡な彼女の痴態を見ていたら、俺……。 このまま前戯も何もかもすっ飛ばして、名無し様の事を本能のままに貫いてしまいそうで。 [TOP] ×
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