三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Another worldW】
 




「あ…いや…。どんどん熱くなってくるの…秦…なんで…?」
「な……。名無し様……」

自分の体がおかしくなっている事に気付き、名無し様が少しでも気持ちを落ち着かせようとしているのか、心臓の辺りをギュウッと自分の両手で押さえようとする。

「あぁん…どうしよう…。んっ…やだ…」

それなのに、自分自身の手元が胸に触れた途端、ビクンッと名無し様の身体が跳ね上がり、たまらなく色っぽい声が自然と彼女の口から漏れてしまうのだ。

その様子を己の目でまざまざと確認した瞬間、俺は名無し様の変貌がただの風邪や酒の類ではないという事を察知した。

そう言えば、以前先輩兵士の一人が自分達の部屋に恋人の女性を取れ込んでセックスしている最中に、丁度タイミング悪く部屋に入ってしまった事があった。

自分の彼女の裸体を他の男達に見せたくないと思ったらしい先輩は、『見せもんじゃねーぞ!!』とか言いつつ彼女を抱きかかえて部屋から出て行ったのだが、その時の女性の様子がとてもおかしかったのだ。

周囲の兵士達の視線を全く気にする事無く、完全に焦点を失った虚ろな瞳で恋人にセックスをねだり続けるその女性。

後で聞いた話だが、先輩は自分の恋人に催淫剤を飲ませ、淫らな生き物へと変身した己の恋人を抱くのが殊の外大好きだったそうなのだ。

その時の女性の顔付きに、今の名無し様はとても良く似ている。

『……最近知ったばかりの話なんだけど、どうやらその人は孫一族の中でもかなりの強引さとワガママ振りで有名な人みたいで、自分の望みを叶える為にはどんな汚い手段も平気で使う人物だってあちこちで噂になっているの』

中庭で名無し様が俺に語ってくれた話の一部が、フラッシュバックのように記憶の中から蘇る。

自分の望む女性を手に入れる為にしては何とも卑怯な手段だが、そんな性格の男であれば────十分有り得る方法だ。

(何てヤツだっ……!!)

自分が導き出した結論に到達すると、俺の全身は怒りの炎に包まれた。

俺の大好きな名無し様に、何て酷い真似をしやがるんだっ。

姿形も見たことのない男に対して殺意にも似た激しい憤りを感じていると、名無し様はそんな俺の思惑など全く気付いていないような素振りで俺の名前を口ずさむ。

「ねぇ…秦…熱いの…。体の中が…熱いの…」
「……っ」

熱で潤んだ瞳が、俺を見る。

彼女を助けてあげたいのは山々なのだが、具体的にどうすればいいのかが分からない。

何かを飲ませれば意識が戻るという訳でもないだろうし、薬の効果が消えるまでこのままずっと彼女を放置しておく訳にもいかない。

俺は一体、どうすれば?

「名無し様…俺はどうすればいいのですか?何かが飲みたいとか、欲しい物があるとか…何でもいいです。俺でお役に立てることがあれば、何でも言って下さいっ」

結局、いくら考えてみても何一つ良い解決法が見つからず、自分でも訳の分からない質問をして名無し様に問いかける。

おかしいのは体の内部だけで、表面的な熱はないのだろうか。

彼女の容態が心配になって首筋にぴとっと片手を添えてみると、名無し様がその刺激にブルッと下半身を震わせた。


「あんっ…。秦……」
「名無し様…!?な、何て声をっ……」

俺の手が触れた瞬間、余計に頬を紅潮させて切なそうにキュッと唇を噛み締める名無し様。

名無し様の唇から零れ出た喘ぎ声が俺の想像していた以上に色っぽくて破廉恥で、俺はあと一歩で理性の糸が弾け飛んでしまいそうな衝動に襲われる。


(───彼女の誘いに、乗ってはダメだ)


頭のどこかで、もう一人の自分が何かを叫んでいる声がする。

俺を求める今の名無し様は、本来の名無し様の姿ではない。

ただ何らかの原因によって、こんな風に切ない瞳で俺を見つめているだけだ。

それなのに、それが分かっている上で名無し様の誘いにヌケヌケと乗ってしまったとすれば、俺は彼女をこんな目に合わせた男と同じ部類の人間になってしまう。

名無し様の気持ちなんて一切考えず、自らの欲望のままに相手を弄ぼうとするような男と一緒になってしまう。

そう思った俺は苦い思いを抱きながらグッと唇を噛み締めると、自分自身に言い聞かせる意味も含めて重い口を開く。

「やっぱり…名無し様っ。今夜は一旦名無し様のお部屋に戻りましょう。誰かの手を借りるのが嫌だと言うのなら、俺が責任を持って名無し様をお連れします。さあ、早く……」

そう言って彼女を抱き起こそうと試みるも、俺の目の前で横たわる名無し様の目は、もはや完全に焦点が合っていなかった。

それどころか、名無し様は何とかして彼女の誘いを振り切って部屋までお連れしようとしている俺の首に両手を伸ばし、自分の方へと抱き寄せようとする。

「し…秦…。来て……」

名無し様は甘えるような声でそう言うと、俺に向かって両足を広げてみせた。

恋人にねだる時のような、体を包む微熱で完全に溶ろけた瞳の色で俺を見つめ、赤い唇をゆっくりと上下に開く。

「秦…お願い…。こっちに来てぇ……」
「は…ぁ…っ。名無し様……っ」


─────なんて、狂おしい誘惑。


溜息混じりの熱い吐息が、俺の口から零れ出る。


ここで彼女を抱いてしまったら他の男と同じになってしまうとか、彼女に対して申し訳なく感じてしまう、とか。

自制を呼びかける声が己の脳内で目まぐるしく駆け巡っているのを感じていても、こんな状況ではどうする事も出来やしない。

だって、俺の中では全然意味が違うのだ。

名無し様から見れば同じレベルの存在に見えてしまうのかも知れないが、俺とその男は決定的に異なった部分があるではないか。

何故ならその男は単に私利私欲の為に名無し様を手に入れようと目論んでいるに過ぎないが、何度も言うように俺は名無し様の事を心の底から愛しているのだ。

「あんっ…どうしてこんなに体が熱くなっちゃうの?ただじっとしているだけなのに…。どうしてぇ……」
「うぅっ…。それは…その……っ」
「秦……。あああ…助けて…。お願い……」

名無し様は、媚薬のせいで今の状態からの解放だけを望んでいた。

そして、自分の前にいる『雄』という存在がその為に必要だという客観的な事実を本能で悟っているのだろう。

じっとしているだけでも辛くて堪らないのか、切ないのか、名無し様は今にも泣きだしそうな顔をして俺の首にしがみつく。


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