三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Another worldW】
 




ついさっきまでベンチの上でゴロンと横たわっていた俺は、上着の裾が腹の上まで捲れ上がって、ヘソや腹筋が丸出しになっていただらしのない格好だったのだ。

大好きな名無し様の御前だと言うのに、格好悪いっ…!!

「ねえ、秦。お風呂から出る直前に、何を抜くの?」

素朴な疑問を尋ねているだけだと言わんばかりの名無し様のにこやかな微笑みに、心臓が口から飛び出そうになる。

ゆっくりと動く名無し様の艶めいた唇に魅入られたように、上手い言い訳の言葉も思い付かないままに彼女の赤い唇を凝視する。

「お、お風呂の栓ですっ!!」
「なーんだ。そっか。言われてみればそうだよね。私ったら変な質問してごめんね。ふふっ」

ああああ…!!危ないっ。危ないよ……!!

咄嗟に思い付いた言い訳をかまして名無し様の質問をかわす事に成功したものの、もう少しで危うく俺の本心が彼女にバレてしまうところだった。

この事実を万が一名無し様が知ってしまったら、俺はどうなってしまうのだろうか。

そして、彼女はこんな俺の事をどんな風に思うのだろうか。

名無し様。実は俺、貴女に隠している事があるんです。

きっと、気持ちが悪いと思いますよね。

貴女への恋心が本格的に目覚めてからのここ数ヶ月、ずっと貴女の事が頭から離れなくなっているなんて。

貴女の事だけを考えて、他の女性からの誘いを延々と断って、男の貞操を守っているなんて。

男のクセに、まるで恋する女の子みたいに、体どころか唇一つすら好きな人以外に与える事を拒み続けているなんて。

きっときっと、名無し様もこんな俺の事、気持ち悪いと思いますよね。

今でこそこんなにも優しく笑いかけて下さる名無し様なのに、こんな事実を知ってしまったら、絶対に俺の事嫌いになっちゃいますよね。

俺が毎晩頭の中で、貴女の事を弄んでいるなんて。

あんな格好やこんな格好をさせて、淫らな事を一杯しているなんて。


恥ずかしがる名無し様がポロポロと大粒の涙を流して俺の事を求めてくれるまで追い詰めて、口に出来ないようないやらしい台詞を沢山言わせているなんて。



愛する貴女が気絶するまで何度でも貫いて、その身体を俺の体液でベトベトになるまで汚しているのだ──────なんて。


「そう言えば、秦は明日が2回目の昇進試験だったよね。大切な試験前夜の夜に、こんな所にいてどうしたの。早く身体を休めないと、明日の試験が辛くなるよ?」
「名無し様……」

名無し様はそう言って、俺の頬をそっと繊細な手付きで撫でて下さった。

とても優しくて慈愛に満ち溢れている彼女の声は、仲間だと信じていた人間に裏切られ、傷ついていた俺の心を魔法のように癒やしていく。

さっきまであんなに哀しくて、泣きそうで、くじけそうになっていた俺の気持ちが、不思議な程に軽くなっているのだ。

あんなにも憂鬱だった暗い気持ちが一変して、目の前にいる最愛の女性への恋心で頭の中が一杯になっていく。

今の俺には、もはや名無し様の事しか考えられなくなっていた。

「それは…分かっています。でも、何だか今夜は眠れないんです。色々あって」

俺の返事を聞いた名無し様が、不安げな顔をする。

これ以上彼女に余計な心配をかける事は避けたくて、俺は強引に話の流れを変えようと試みた。

「名無し様こそ、どうしてこんな時間に中庭にいらっしゃったのですか?」
「…えっ。私…?」
「夜分遅くに、女性の貴女が一人で外出されるなんて。孫堅様や周将軍がこの事をお聞きになったら、その…どう思われる事か」
「……。」

先刻から疑問に感じていた事を思い切って名無し様にぶつけてみると、名無し様の肩がピクッと小さく跳ねて、彼女の顔から笑顔が消えた。

この名無し様の様子から判断すると、どうやら俺は触れてはならぬ話題に触れてしまったようだ。


突然黙り込んでしまった彼女の変化に気付き、しまった、と今更ながらに後悔した。


「…ちょっとだけ、事情があって…」
「事情?」
「────逃げてきたの。自分の部屋から」

名無し様は、俺の隣でボソッとそんな事を言う。

彼女の口から零れ出た言葉の意外さに、俺は心底面食らってしまった。

逃げる?あの名無し様が?誰から?何から?

一体何故……!?

「物凄く、強引な男性が一人いてね。さっきまでその人と一緒に食事をしていたのだけど……」

名無し様は落ち着いた口調で、自分の手元を見ながらポツリポツリと話し出す。

彼女が俺に語ってくれた説明は、以下のような内容だった。




名無し様のような高い位の女性になると、色々な所からお見合い話が舞い込んでくるそうだ。

彼女自身が望んで見合いをしたいと思っている訳でなく、いわゆる政治的な要素が複雑に絡んだ、政略結婚というやつだ。

その話を聞いた俺はショックで胸が押し潰されそうになってしまったが、名無し様の口振りによると、どうやら彼女自身は少しもその気がないらしい。

とは言ってみても、彼女の立場上その見合い相手は身分の高い男性が多いので、断り文句一つにしても名無し様は相当気を遣っていると言う。

相手の家名や高いプライドに傷が付く事のないように、それでいてはっきりとした拒絶の意志だけは相手にきちんと伝えるように心を砕いているのだが、その中に一人とんでもなく強引な見合い相手の男性がいた。

その男性はしょっちゅう名無し様に食事の誘いをかけてきて、いざ食事に付き合ったら付き合ったで毎回自分の家柄や財産の自慢話を始める。

名無し様が自分と結婚したらどれだけ得をするか、自分の女になれる事はどれだけ世間に自慢できる事か、そんな話ばっかりしてはしつこく名無し様を口説く。

そんな困った相手だというのに、運の悪い事にその男性は孫家の遠い親戚にあたる一族の出身だった。


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