三國/創作:V 【すんどめ:VS凌統】 「お休みのところを申し訳ありませんが、お貸ししていた巻物をそろそろ返して頂けませんか?今日の仕事で使いますので」 読んでいた書物をパタリと閉じ、陸遜が立ち上がった。その表情はいつも通り穏やかなものだ。しかし何故か違和感を覚える。 読書していたということは、陸遜はついさっきここに来たという訳ではなさそうだ。おそらく、彼は部屋の主が起きる前からここに居たのだろう。 じっと自分を見つめる凌統の視線から彼の疑念に気付いたのか、陸遜は静かな声で回答を述べた。 「凌統殿の部屋を訪ねたらあまりにもあなたが爆睡している様子でしたので、休日に無理やり起こすのも申し訳ないと思いまして。とりあえず20分ほど待ってダメそうでしたら一旦お暇しようかと考えましたが、途中で起きて頂けて良かったです」 なるほど。そういうことだったのか。 誰にでも優しくて真面目で誠実な美少年で通っている人物の割に何故か自分に対しては容赦がない態度に出る男だと思っていたが、案外気の利くところもあるではないか。 けれども、疑問が残る。陸遜が読書している間、自分は一体どうしていた? まさか、まさかとは思うけど……。 「あー……。あのさ陸遜。俺、変な寝言とか言ってなかったよな?」 「さあ、どうでしょうね?」 そう答えて微笑む陸遜の顔は、どこか楽しげだった。 こいつ、絶対に何か聞いていただろう。しかもこっちが覚えていないようなことを。 世間はどう思っているのか知らないが、俺は知っている。陸遜は一見穏やかで優しそうな好青年に見せかけて、実は結構腹黒い人間だと。 その証拠に、普段は人畜無害そうな顔をしておきながら時折とんでもない爆弾を投下してくる。 「凌統殿の体が次第に傾いて、ベッドからずり落ちていく様を観察するのはとても面白かったですよ。あのままの角度で落下したらまず間違いなく後頭部を強打するだろうなとは予想していましたが、まさかあそこまで見事に頭を打つとは」 「うるせえ。人の寝相を勝手に解説すんな!」 「ところで、どんな夢を見ていたんですか」 「はあ?夢?知らねえっつの」 「おや、ご存じないのですか。ご自分がどんな寝言を言っていらっしゃったのかを」 「だから知らね……って、ちょっと待て!あんた、今なんつった?」 「別に何も」 「嘘つけ!俺は寝ている間に何か言ったな!?」 「はい。言いましたよ」 「何を?」 「それは秘密です」 「おい!」 陸遜は悪戯っぽく笑うと、それきり口を噤んでしまった。凌統は大いに焦ったが、同時にあることに思い至る。 記憶が正しければ、さっき陸遜は『凌統殿の体が次第に傾いて』と語ったはずだ。ということは自分は突然頭から落ちたのではなく、そうなるまでにそれなりの猶予があったということになる。 だとしたらあのような事態になる前にてめえがちゃんと支えてくれるか、俺の体をそっと優しく転がしてベッドの中央付近に戻してくれさえすれば、俺は起きずに最後まで夢を見られたんじゃねえか? なのにどうしてわざわざ落っこちるように仕向けやがったんだよ、ディクソン!!こんのクソ野郎がぁぁ……!! 「おや…、これは妙ですね。凄い殺気を感じます。どうかしましたか」 「どうかしましたか、じゃねーよ!この腹黒放火魔最低軍師!」 「同僚が無様に落っこちるのを傍から眺めていただけで、私、そこまで言われます?」 「そうか分かったぞこの野郎。てめえさてはわざとだな?そうやって白々しい演技でしらばっくれているつもりかもしれないけどさ、こっちはちゃんと見抜いているんだぜ。どうせ俺の寝言を聞いて俺が名無しと夢の中でイチャコラしていることに気付いたか何かで、それでムカついて嫌がらせしてきたってとこだろーが!!」 「へえ、私がそんな子供みたいな真似をするとでも。と言いますか、本気でそんな夢を見ていたのですか?凌統殿」 陸遜は口元に手を当てながらくすっと笑う。人が落ちそうになるのを黙って見ている行為だって、十分子供っぽいと思うのだが。 「ああそうさ。見てたさ。悪いかよ」 「いえ、全然悪くないですよ。むしろ素晴らしいことです」 「は?何だよその笑顔。何企んでんの」 「いや、何も。私は純粋に嬉しいんですよ。凌統殿の言葉から察するに、どうやら丁度いいところで夢から覚めたようですね。あなたのしょうもない夢を妨害出来たようで何よりです」 鬼。悪魔だ。何が真面目で誠実な美少年だ。やっぱりこいつは根っからの性悪じゃねーか! 「大体あんたさあ、俺が後頭部をしこたま打ち付けて再起不能になったらどうしようとか考えなかったわけ!?」 「大丈夫です。その時は責任を持って医者を呼びますから」 「そういう問題じゃないっての。第一、そうなる前に陸遜が俺を支えてくれれば良かっただけ───」 「は?何故?嫌ですよ。小柄で可愛らしい女性だというならいざ知らず、あなたのようにタッパもガタイもある頑丈な男を受け止めなければならないなんて、考えただけでも肩が凝ります。冗談ではありません」 「……っざけんなよてめぇ……!」 一瞬でも、ほんの少しでも期待した俺が馬鹿だった。こいつならそういう反応をするだろうとは思っていたけれど。 「あーもう、マジで嫌。本気でムカつく。せめてあともうちょっと、あと少しでも目覚めずにいられたら、俺は名無しの秘境……もとい、豊潤なオアシスにバッチリ生挿入出来たのに……っ!!」 悔しさのあまり思わず本音を漏らすと、陸遜は端正な顔を曇らせ、ウンザリした冷たい目付きでこちらを睨む。 まあ確かに、いくらなんでもこの発言は下品すぎたかもしれない。しかし、今の自分の気持ちを表すのにこれ以上相応しい言葉があるだろうか。 「だってさ、せっかく名無しのおっぱいを拝み放題かつ揉み放題、しかも最も大事な部分まで念入りに捏ねまくりで指も突っ込み放題だったというのに、それが全部台無しになっちゃったんだぜ。そりゃあ誰だってガッカリするに決まってる……ふえええん……」 「そのわざとらしく両手で目を擦って泣くフリをしているのは、もしかせずとも私への当てつけのつもりですかね?ぶっちゃけキモイです。といいますか、よくそこまでお下劣で性欲丸出しの夢を見ることが出来ますね。正直感服いたしました」 陸遜は無表情のまま淡々と呟く。相変わらず辛辣すぎる。だが、こんなことくらいで俺はくじけない。 こちらもここで引き下がるわけにはいかないのだ。何しろ今日は滅多にないお楽しみタイムだったはずなのだから。 陸遜の協力が有りさえすれば、ちゃんと最後まで気持ち良くイケたかもしれないのだから。俺はこの冷酷な悪魔に文句の一言や二言、いや、十言くらい言う権利がある。 「よりによってあんなところで終わるだなんて、本気で辛い。辛すぎだっての。限界まで昂りまくった状態で放置プレイとか、あまりにも酷過ぎる。一体俺が何をしたっていうんだよ……」 「それこそ普段の行いというやつではありませんか。常日頃から節操なく数多くの女性を毒牙にかけているから、そんな極悪なお預けを食らう羽目になるのでしょう」 ぐうの音も出ない。実際、私生活の件に関して言えば、全面的に自分が悪いという自覚はある。 だけどそれはそれ、これはこれ。いくらなんでもまさに名無しと合体という瞬間に俺の邪魔をしなくてもいいじゃないか、神様!! 「はぁぁぁ…、夢の中の名無し、超絶エロかった……。もう一回見たい。本物の名無し相手ならさらに嬉しい。夢の中でならいくらでもお願いを聞いてあげるから、頼むから現実の俺にご褒美をくれよぉ……」 「もう一回言って差し上げましょうか?キモイです」 「このモヤモヤと苛立ちを一体どこにぶつけたらいいんだよ。誰か教えてくれよ。すっかりご機嫌斜めになっちまった俺の股間のイライラ棒を、名無しのふわふわな唇と可愛いお手手でたっぷり甘やかして、イイ子イイ子して慰めて欲しい」 「そういう下品な発想って、本当にどこから出てくるんですか。逆に感心してしまいますよ。ある意味才能ですね」 陸遜は何度目かの溜息をつく。そして蔑みの眼差しを向けてきた。 「名無しって、今日は何してんのかな。もういっそ告白しちゃおうかな。好きです、って」 己の下半身をあやすように撫でながら、切なげな声で凌統が告げる。 「俺の恋人になって一生俺の為に味噌汁を作って、俺の隣で微笑んで、毎日裸エプロンで俺をお出迎えして、俺のお世話をし続けてくださいって。それがダメなら、せめて下半身のお世話だけでも週二か週三でしてください。マジでお願いします。お願いします……!!」 「凄いですね〜。せっかく顔と体だけは恵まれた部類に入る男性だと思いますのに、口を開けば開くほどに残念さが際立つ上に人望を失う人間って、本当にこの世の中にいるんですね〜」 陸遜の言葉はもはや耳に届いていないのか、彼はひたすら虚空に向かって祈り続けるのみ。 前半だけなら一見プロポーズの台詞に思えて微笑ましく感じるが、凌統が本当に言いたいのは後半部分なのだろう。ただの下衆。 夢の中でも散々好き勝手やらせてもらっておきながら、それでもなお不満たらたらな様子の凌統に、陸遜は眉を顰めた。 全く、この男はどこまで図々しいのか。いくらなんでもここまで自己中心的でワガママな人間を見たことがない。 彼が誰も知らないところで不健全な妄想に耽ることは自由だが、現実での仕事や人間関係に支障が出るのは非常に困る。 武士の情けでこの事は名無しの耳には入れず、黙っておこうかと思ったものの、彼女の身に迫る危険を考えると本人に伝えるべきなのか、判断が難しい。 大体、何でこんなくだらない事で自分が頭を悩ませなければならないのか。ああもう、面倒臭い。 陸遜は脳内に湧き上がる雑念を払拭するように、緩慢な動作で首を左右に振った。 ─END─ →後書き [TOP] ×
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