三國/創作:V 【Another worldW】 例えどんな些細な理由であっても、自分が信じていた物がそうではないと思った時、人は大なり小なりショックを受けてしまうのではないだろうか。 信じていた友人に自分の昇進を妨害された時、全く傷つかない人間なんているのだろうか。 でも、確かに凌将軍とか甘将軍とかはそんな事は気にもしていないと言うか、はなっから信じていらっしゃらないような……気もする。 それにしても。 俺は別に桃香さんと付き合ってもいないし、何もしていないのに、どこかで誰かの恨みを買ってしまうだなんて。 付き合ったら付き合ったで今以上の妨害攻撃や陰口を叩かれそうな気がするが、それではどっちに転んでも彼女の信者に妬まれるのは一緒ではないか。 (……だったら、いっその事桃香さんと付き合っていれば良かったのかな……) 考えれば考えるほどに、自分が一方的に損したような気持ちになってしまう。 どうせ周囲の人間に嫌がらせを受けてしまうというのなら、桃香さんとキスくらいしておけば良かったのだろうか。 いっそのこと、一回くらい彼女とセックスでもしておけば良かったのだろうか。 (……馬鹿な事を……) 心の奥底で囁くもう一人の自分の声に、自嘲気味な笑みが漏れる。 勿体ない事をした、とか。 せめて一発ヤッておけば良かったな、とか。 こういうのがきっと男としての嘘偽りない赤裸々な『本音トーク』なのであり、男なら誰しもそう考えて当たり前の事なのだろう。 『据え膳食わねば武士の恥』という名言があるが、基本的に目の前に出された女体を断るなんていう事は、普通の男の感覚としては有り得ない事なのだ。 城内の女官bQの美女と謳われる桃香さんに告白されて、豊満なバストをこれでもかと二の腕に押しつけられたのに。 あんなにもあからさまな誘惑をされたと言うにも関わらず、『好きな人がいるから…』と断ったなんて言えば、きっと凌将軍あたりは目をひんむいて仰天するに違いない。 でも、いくら据え膳とは言えど、どう考えてみてもあの据え膳は猛毒入りだと思う。 そんな不安要素を提示してみた所で、きっと俺の同僚達も『内面なんて関係ない!!美女とセックス出来るなら死んでも本望!!』とか言うんだろうな。 夜の空には真っ黒な雲が一面に広がって、月明かりすら漏れてこない暗雲の天候となっている。 しかも、何だかさっきから上空でゴロゴロと嫌な音が鳴り出して、どうにも雨が降りそうな雰囲気だ。 やだな、雨。本気で降り出しそうな気配がしてきたな。 今晩だけだというならいざ知らず、明日の試験の時間まで降り続いていたらどうしよう。 一瞬そんな事を考えてみたのだが、試験の事だけでなく、幾重にも悩み事が重なっている今の俺にとっては、それもどうでもいい事だ。 「はぁ……」 何もかもが億劫に感じてしまい、深い溜息と共に身体を倒して冷たいベンチの上で横になる。 今まで特に考えた事はなかったけれど、そう言えば俺って最後に女の子とHしたの、いつだったっけ。 呉軍に入る前には一応彼女がいたんだよな。 色々あって結局別れちゃったけど、呉の兵士になってから一年ちょっと過ぎたという事は、Hしていない記録もめでたい事にそのくらい。 何度と無く女の子に告白らしきものをされた事もあったし、チャンス自体は結構あったんだけど、名無し様の事が好きになってしまってから全部断り続けてきたんだよな。 仲間の兵士達は適当に彼女を作ったり、なけなしの給料を抱えて娼婦街に遊びに行ったりしてるけど、将来の生活に備えて貰った給料を全額貯金している俺って一体何なんだ。 考えた事はなかったというか、むしろ真剣に考え出したら哀しくなると思ってその事実からずっと目をそらし続けてきた。 こんな育ち盛りの若者が、一年近く禁欲生活を続けてきたなんて、よく考えてみれば物凄い事なのかも知れない。 何か、俺、馬鹿みたいだ。 このまま一生、好きな女性の事だけ考えて、叶わぬ恋を追いかけて、青春を終えるつもりなのか。 好きな女性以外との性交渉を頑なに拒絶し続けて、男としての春を終えてしまう事になるのか。 こんな馬鹿らしくて無意味な事をいつまでも続けるくらいなら、もういい加減他の女の子に目を向けて、セックスして、子供を作って、平凡な結婚とかを夢見た方がいいのでは。 何だか寂しくなってきた。 (まあいいや……) 孤独な独り身の生活が寂しくないと言えば嘘になるが、だからと言って明日から急に凌将軍達のようなヤリヤリの遊び人に生まれ変われる訳もない。 やっぱり俺、愛のないセックスとかって、どうしても嫌なんだ。 もうしばらくこのままでいっか……。 (────結局、今夜も右手が恋人だ) 色々と考えを巡らせている内に、今の時点での結論は出た。 そうと決まればさっさと部屋に帰って、自己処理して、明日に備えて早寝しよう。 「とりあえず風呂に入って、出る直前にちゃちゃっとヌけばいっか…」 無意識に今後の予定を口にしていた俺の視界を、正体不明の暗い影が覆った。 「何を抜くの?」 「わ───!!だ…誰だっ!?」 突然ヌッと出てきたその物体は、何の前触れもなく俺の頭上から話しかけてきた。 暗い景色の中でさらに視界を塞がれて、『それ』が一体何なのか理解するまでに俺は少々の時間を要した。 「あっ…。やっぱり秦だったんだね。今晩は。驚かせちゃってごめんね」 「な…、名無し様っ…!?」 俺の顔を上から覗き込んでいたのは、なんと名無し様だった。 「一瞬不審者かと思ってどうしようかと悩んだけど、うちの人で良かったよ。ちょっとだけドキドキしちゃった」 「そ、そんな…!!お…俺の方こそご心配をかけてしまってすみませんっ。むしろ名無し様の前で何てご無礼な格好を!!」 自分の面前にいるその人物の身元が判明した途端、俺は慌ててガバッと勢いよく上体を起こして跳ね起きる。 [TOP] ×
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