三國/創作:V 【すんどめ:VS凌統】 「あー…今日も疲れた…。全く、呂蒙のおっさんときたら相変わらず人使いが荒いっての」 某月某日。仕事を終えた凌統は、深い溜息を零しながら帰路についていた。 自室へと続く長い廊下。呉軍入りしてこの城内で暮らすようになってから、もう何度往復したのか数えきれないくらいに歩いた通路だ。 (あーあ、早く帰って酒でも飲みたいぜ) そんなことを考えつつふと空を見上げると、満月が煌々と輝いているのが見えた。 もうこんな時間か。今から食事をしたら完全に夜食の時間帯になってしまう。 体が資本の仕事をしているのでそれでも腹ごしらえをしないとやっていられないのだが、あまり遅い時間に食べると翌朝胃がもたれる原因となるので、できれば避けたいところだ。 (ま、いっか。適当に何かつまんで寝ちまおう) 夜勤をこなす兵士達の為に、食堂は深夜でも空いている。普段から仲のいい食堂のおばちゃんに軽食を作って貰おうかと思ったものの、余計な寄り道をするのが億劫に感じられるくらいに疲れていた為、結局そのまま部屋に直行することにした。 今日は一段と忙しかったな……。まあ、その分給料が出るんだから文句はないけどさ。 あれこれと思いを巡らせているうちに凌統は自分の部屋の前に辿り着き、鍵を開けて中に入った。 確か、陸遜から貰った土産の箱が机の上にあったはずだ。中身は饅頭か何かだった気がする。成人男性の食事にしてはいささか物足りないかもしれないが、何もないよりはマシだろう。 連日連夜の激務で疲労困憊気味だった凌統は結局土産の箱を開封する余力もなく、目の前にある寝台にドサッと倒れ込む。 ダメだ。せめて部屋着に着替えなくては。そう思いながらも身体は鉛のように重く、起き上がる気力すら湧いてこない。 少しだけ。少しだけだから。ちょっとだけ休んだらちゃんと起きるからさ……。 そんな言い訳めいたことを頭の中で呟きながら、男はゆっくりと瞼を閉じた。 どれくらい時間が経ったのだろう。不意に誰かに名前を呼ばれたような気がして、意識が浮上するのを感じた。 (あれ……?俺、いつの間に寝てたんだ?) ぼんやりとした頭で考えながら目を開けると、そこは薄暗い室内だった。辺りを見回すと、見覚えのある調度品や家具が目に入る。 ここは自分の部屋だ。 ということはつまり、さっきの声も幻聴ではなく現実のものだったということか。それにしても、一体誰が自分を呼んでいるのか。 不思議に思いながら視線を動かすと、そこには見知った顔があった。 「あ…、ごめんなさい凌統。起こしちゃった?」 そう言って凌統の顔を覗き込む人物は名無しだった。彼女は申し訳なさそうな表情をして男を見下ろしている。 なんで名無しがこんな時間にここに居るんだろう。それになんだか頭がぼーっとするような……。まるで酔っ払っている時のような感じだ。 そもそも今は何時だ?あれからどのくらい眠っていたのだろうか。少なくとも数時間は経過しているような気がするし、もしかしたら既に朝になっているかもしれない。 だとしたらまずい。そろそろ起きなければ遅刻してしまう。 「ねえ、大丈夫?」 再び声を掛けられたことで我に返った凌統は、慌てて起き上がった。 どうやらまだ眠気が残っているらしく、少しふらついたところを彼女に支えられる形になってしまった。情けない限りである。 「……ああ、悪い」 そう答える声が掠れていることにも驚いたが、それよりも気になることがあったのでそちらに気を取られてしまった。というのも、彼女の服装がいつもと違っていたのだ。 普段の彼女といえば、露出の少ない清楚な感じの衣服を身に着けているのが常なのだが、今目の前にいる人物はそれとは大きく異なっている。 なんというか、やけに色っぽい格好をしているというか、妙に艶めかしい雰囲気を纏っていた。 ……じゃ、ない。訂正する。やけに≠ヌころか、完全にエロだ。それもかなり際どいやつ。 彼女が身に纏っているのは薄いパステルピンクのチャイナドレス。裾はいわゆるミニ丈で、太腿の付け根あたりまでスリットが入っているため、動く度にチラチラと白い脚が見え隠れして非常に目のやり場に困る代物であった。 それだけならただのミニ丈チャイナドレスだが、名無しが着ているのはそんな可愛いモノではない。 チャイナドレスとしての形を保ってはいるものの、彼女の右肩から左足の太腿まで斜めに横断するように、布地が一直線にカットされている。そのせいで胸元から下半身に至るまで素肌が丸見えだ。 そのままでは体の正面が完全にオープンになってしまうため、カッティングされた部分に一定間隔を空けて数か所の留め具が取り付けられることによって一応女体を包み込む役割を果たしているのだが、隙間からは当然中身が見えている。 しかも、本来であれば下着があるはずの場所には何もない。留め具同士の間から覗く名無しの胸の谷間にも、太腿の付け根部分にも何も無い。 つまり、着けていない。履いていない。 それなのに、当の名無しといえば特に恥ずかしがる様子もなく平然としており、心配そうな顔付きで男の隣に座っている。 (おいおいマジかよ……!) あまりにも刺激的な光景にうっかり鼻血が出そうになったが、なんとか堪えることができたようだ。危ないところだったぜ……と思いつつも、視線だけはどうしても釘付けになってしまう自分がいた。 落ち着け。まずは状況を整理しよう。俺はさっきまで自室で寝ていたはずだ。で、どうして起きたらこんな状況に? 「お帰りなさい、凌統。今日も遅くまでお疲れ様でした」 混乱する凌統をよそに、名無しは柔らかい笑みを浮かべて労いの言葉を口にした。 「た、ただいま……?」 戸惑いながらも返事をすると、彼女は嬉しそうに目を細めて笑う。その姿を見て、凌統は激しい違和感を覚える。 名無しがこういった微笑みを見せてくれるのはいつも通りだ。彼女は普段から誰に対しても分け隔てなく接するタイプだし、優しい性格でもあるので、基本的には笑顔を絶やさないイメージがある。 しかし、それはあくまでも友愛の眼差しであり、仕事仲間としての距離感を保っている時の話。 こんな風にプライベートな空間で、しかも真夜中に二人きりになった時は、多少なりとも緊張したりするのが普通の女性の反応だと思う。 なのに今の彼女はどうだ。服装の異様さは言わずもがな、凌統に対して、まるで恋人同士のような甘い態度で接してくるではないか。これは一体どういうことなのか。 ひょっとして、これは夢……? 凌統は試しに自分の頬を強い力でつねってみた。普通ならば痛みを感じるところだが、どれだけつねっても引っ張っても一切感じない。 ということは、ここはやはり自分の夢の中で間違いなさそうである。 「どうしたの?どこか具合でも悪いの?」 突然自分の顔を両手で掴んで険しい表情をした彼に、名無しは不安そうな声で問う。 「あ、いや……。なんでもない」 そう答えたものの、相変わらず心臓の鼓動は速いままだ。 (夢…、だよな?) きっとそうに違いない。でなければ、こんなことが有り得るはずがないのだから。 それにしては、目の前にいる名無しの存在感は妙にリアルだ。彼女の髪からふんわりと漂う甘い洗髪料の香り、全身から立ち上る石鹸の匂い、そして彼女の息遣いすら感じられるほどに。 なんてリアルなのだろう。本当に、本物の名無しみたいじゃないか。 [TOP] ×
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