三國/創作:V 【Under WorldX《後編》】 冷酷な判断を下す為だけに生み出された、無感情な仮面。その様子を見て、キングは僅かに口角を上げる。 この男は、真面目な話題になると一変して雰囲気がガラリと変わるのだ。 やはり、珠稀にはこちらの方が似合っていると実感すると同時に、彼に狙われた女が心底哀れに感じた。 「抜かりのないことで」 キングは感心半分、呆れ半分といった様子で呟いた後、皿の上にあった豆を摘まみ、お返しとばかりに珠稀の顔に向けて弾く。 すると珠稀はそれを難なくキャッチしてみせ、豆を皿の上へ戻すと、再び煙草を咥えて吸い始める。 深く吸い込み、フーッ…と細く長く紫煙を吐き出す姿は、悔しいがやはり絵になる男だった。 マジで腹立つくらいにいい男。 相変わらず整った顔立ちだと感心しつつ、キングは目を眇める。 顔が良いだけでなく、すこぶる狡賢い知能犯で、喧嘩も強く、セックスも抜群にいいのだから手に負えない。 この男なら、大抵の女は簡単に落とせるだろう。 (……旦那にとっても、あの子にとっても、今が一番大事なところね) テーブルの上で頬杖をつきながら、キングは思う。 全てではないにしろ、名無しと珠稀の関係はある程度彼女の仲間に知られることとなった。これは彼女の人生において大きな分岐点となる。 自分達の関係が他人に伝わり、親しい人間から『あんな男はやめておけ』と助言して貰える。そんな男に任せる訳にはいかない、友人の危機を黙って見過ごすわけにはいかないと懸命に引き留めて貰える。 ここで辞めるか、それとも逃げるタイミングを失うか。それは重要なルート分岐であり、言いかえれば引き返す最大のチャンスだ。 親しい人々の忠告を何度も無視したり、一度でも強く拒絶したら、彼女の中に罪悪感が生まれる。 家族や親友の制止を振り切って家出や駆け落ちした時のように、何かあっても今更戻れない、相談できないと感じる。どの面を下げて帰れるのだろうと己を恥じ、周囲の人間関係から距離を取って孤立する。 特に彼女のように真面目で優しい性格の持ち主であればあるほど、自分のせいで周りに迷惑をかけてはならないと思い、その傾向は強くなる。 だからこそ、文字通りの正念場。 あたしがあの子の立場なら、絶対に越えてはならない一線。 でも、旦那にとっては……。 「……ここは、絶対に越えさせないといけない一線」 ぽつりと漏らされた独り言が、静かな室内にやけに大きく響く。 声の主は珠稀だった。 キングははたと顔を上げ、己の目と耳を疑う。 目の前の男は無表情のまま煙草をふかしており、目線だけ動かしてキングを見返す。 「何の話よ」 「別に?ただ……」 珠稀はそのまま視線を逸らすことなく、静かに告げる。 「ここが重要な分岐点なのさ。お仲間に俺の事が知られた今、俺にとっても、名無しちゃんの人生においてもね」 「……。」 「ここを越えてしまったら、もう周りに助けを求められない。二度と取り返しがつかない。だから……」 ───名無しちゃんを思い切り突き飛ばしてでも、この線を無理やり踏ませてやらねえとな? そう言って男が浮かべた笑みは陰湿で、その目は笑っていなかった。驚くほど冷たい目だ。 キングは背筋を這い上がる寒気を覚え、無意識に喉を鳴らす。 「そうね。……そうよね」 ゾッとした。心が読まれているのかと。 何とも言えない居心地の悪さを感じ、手元の湯呑に残っていた白茶を一思いに飲み干した。 やはりこの男は油断がならない。 女たらしだとか悪党だとか、そんな生易しい言葉で表現していいような相手ではなく、もっと恐ろしい物の片鱗を味わった気がする。 (可哀想にね、小鹿ちゃん。こんなに危険な男に捕まって) 大切な仲間だの、友情だの、家族の愛だの。 そんなものは彼の魔手を防ぐには何の役にも立たず、何の救いにもなりはしない。 旦那の毒牙は、そういった『絆の力』をドロドロに溶かし尽くし、奪い去り、最後には骨すら残さない。全てを無に帰す強酸なのよ。 あの怪物に目をつけられた時点で、もうおしまい。気の毒だけど、同情の余地はないわね。 ……まあ、ノコノコとこんな店に足を運び、旦那と出会った事自体がすでに自業自得なんでしょうけど。 心の中で結論付けて、キングはソファーから立ち上がる。 別に占い師でもなんでもないけど、そんなあたしでも分かる。名無しちゃんの行く末が。 あの子はまもなく終わりを迎える。考え得る限りの、最悪の結末で。 それは想像を絶する苦難に絶え間なく苛まれる、地獄の最下層に位置する無間地獄=B だって、あたしは知っている。 旦那に惚れて、心身だけでなく魂まで全てを捧げる程にハマった女の結末なんて、どれも悲惨なものよ。 最後までまともに生きていられた子なんて、今まで一人も見たことがないんだもの────。 俺自身を動物に例えるとしたら何かって?そうだねえ、名無しちゃんにはどう見える? 珠稀さんは犬科なら猟犬か野生の狼、猫科なら獅子、虎、豹あたり?へえー、そうなんだ。 残念ながらそれはないね。俺は見ての通り、人畜無害なハムスターだもん。もしくは、せいぜい普通の猫。 それも野良じゃなくて完全飼育の、生まれて一度もお家から外に出たことのない、超箱入りの家猫ってところかな。可愛い可愛い猫ちゃんでーす。ふふっ! 俺は動物全般にそれほど興味はないけど、あえて選ぶとしたら犬かなあ。 誰が一番上であるのか、明確な順位付けを行う。己の立場を弁え、上位の雄には絶対服従。つまり、最上位の俺ってこと。 俺が『待て』と言えばいくらでも待つし、『来い』と言えば来るし、名前を呼べば喜んで尻尾を振る。ははっ、めちゃくちゃ可愛いな。俺、そんな聞き分けのいい性奴……じゃなくて、女の子が好きなんだよねえ。 どこまでも俺に従順で、素直なメスがいいわけよ。そう、例えば君みたいなさ。 楽しみだよ、名無しちゃん。一日も早く君に頑丈な首輪を付けてあげたくて。君がどんな鳴き声を聞かせてくれるのか、今からゾクゾクして仕方ない。 大丈夫、安心していいよ。俺が飽きるか君が死ぬまで毎日可愛がっていたぶって、飼い殺しにしてあげるから。 そうして最後の瞬間まで、俺の腕の中でにゃあにゃあ可愛く鳴いていればいいのさ。 ああ……とっても可愛いよ、名無しちゃん。涙に濡れたその表情、恐怖で青ざめる唇、快楽地獄で痙攣する身体、助けを求めて懇願するその絶叫。本当にたまらない。もっともっと泣かせたくなる。 君の何もかもが俺好みすぎて、心臓の鼓動が高鳴りすぎて、喰い殺してしまいたいくらいだ。 ひょっとして、これが初恋ってヤツなのかな。俺、君の前では童貞になっちゃうのかも。 やだなあ、そんなに見ないでよ。俺、これでも一応恥じらいの心とかあるし。好きな子に見つめられちゃうと、さすがの俺も結構照れるし……。 それじゃあそろそろ、いただきます≠オようか。 ────女は絶望に染まった顔が一番そそるぜ。 ―END― →後書き [TOP] ×
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