三國/創作:V 【Under WorldX《後編》】 「あらー、辛辣ぅ。でもそれって、お互い様よねえ?だったらあたし達もあのお兄さん達の大事なお仲間の名無しちゃんとやらを使って、全く同じことをし返しても別に罰は当たらないって思うけど。アハハハッ!」 キングが高らかに笑う声が部屋に響く。その笑い声には何の罪悪感もなく、ただただ愉快そうな様子しかない。 この男に言われるまでもなく、そんなことは百も承知。お上なんかの言いなりになってやるつもりなどあるものか。 あの名無しがもし完全にマフィアの情婦に成り下がったとしたら、今日店に来た三人は一体どんな顔をするだろう。 絶望に打ちひしがれ、呆然とするだろうか。それとも、怒り狂い、こちらに牙を剥くのだろうか。 いずれにしても、実に溜飲の下がる話だ。小気味良い見世物になるのは間違いない。 (あいにく、こっちは普段から色々と仕込んでんだよ) 名無しがあれほどの難敵だとは正直予想外だった部分も認めるが、珠稀にだって意地がある。 たかが女一人、それも夜の女や高級娼婦でもない一般人相手に苦戦を認めるなど、彼の矜持が許さなかった。 とにかく、己の目的を達成するためには、一刻も早く彼女をたらし込み、従順な奴隷に仕立て上げなければならない。 そのためならば手段を選ばず、ありとあらゆる手を尽くすつもりでいるし、それに伴う努力は一切惜しまないつもりだ。 闇組織のボスという自分の立場は名無しとの関係性において大いなるマイナス要素であり、普通の女性はそういった男に対して恐怖心を覚え、警戒し、無暗に近付きたがらない類のものであるが、彼女を自分に心底惚れさせてしまえば関係ない。 色恋にうつつを抜かし欲望の海に溺れきった女は、周囲がどれだけ止めても聞く耳を持たず、簡単に破滅の道へと足を踏み入れる。 完全に盲目状態となり、他の男の人はそうでも、彼だけは違う≠ニ本気で思い込んでくれるから。 「お上に効果的な打撃を与えるなら、やっぱり弾は多ければ多い程いいと思うのよね。あの子以外の役人女も適当につまみ食いして、使えそうなのがいないか色々試してみたら?旦那の事だから何人だろうが改造棒とお得意のテクでヒーヒー言わせて、ガン堕ちさせるのはお手の物でしょ」 「余計に手間暇かかる上に、俺の体は一つしかないんだけど。チンコを何本生やす必要があると思ってんの?」 「またチンコの話なの」 「お前が振ってきたんだろ」 珠稀は憮然とした面持ちで酒のつまみとして置かれていた豆を一粒掴み、キングの顔に向けて指で弾く。見事に額に命中。 するとキングは痛ぁいと言って体をくねらせ、珠稀に対して中指を突き立てる。 「あたしの案を却下するなら、なんであの名無しちゃんって子が旦那の推しなのか教えてよ。ここまでお気に入りだなんて珍しいじゃない」 「セックスの相性」 珠稀は即答した。キングは『うっわ』と呟き、あからさまに嫌そうな顔を見せる。 「最低。最っ低。下品。ほんっとにサイッテーね、あんたって男は」 「何とでも言え。っていうか、相性って馬鹿に出来ない要素だし、実際めちゃくちゃ大事だろ?」 「確かにそうだけど」 「名無しちゃんの肌は柔らかくて触り心地が良くてスベスベで、締まりも良くて、感度が最高で、俺の性癖ドストライクの反応の持ち主で、セックスの度にどんな風に乱れるのか想像するだけでも堪らなく楽しいわけ。なんつーの?それは俺という世界トップクラスの演奏家の手によってその日の気分次第で微妙に音色が変わり、妙なる音楽を奏でる至高の楽器のような……」 「ただのドスケベな話題を妙に芸術風にして高尚っぽく語るのやめてくれない?」 キングはげんなりした顔で黒服を呼び、珠稀に破棄された白茶のお代わりを要求する。 単に『推し』を絶賛するだけではなく、何気に自分を持ち上げる表現を織り交ぜてくるところが、余計に鼻につくのだ。 しかし、そこまで言うほどの逸材ならば、ぜひ一度自分もお相手願いたいものだ、と内心密かに思ったりもする。 この界隈では有名な『女殺し』の異名を持つ、珠稀ほどの男がそう断言するのだ。余程具合が良いのだろう。 「人がせっかく質問に答えてやっているのにうるせえなあ。お前は俺にどうして欲しいんだよ」 「何も望んでないわよ。普通に説明しろって言ってんの」 「一言で言うと、好みです。エロ可愛さの極致。マジ女神」 「デレッデレじゃねえかよ…」 恥じらう乙女みたいに両手で顔を覆い、ブンブンと首を振りながら告げる珠稀の態度があまりに気持ち悪くて、キングは思わず男口調に戻ってしまった。 そうは言っても、珠稀のことだ。彼は必要とあれば容易く嘘を吐く男である。 こんなものはいつものぶりっこポーズに相違なく、男の言う『好み』という台詞が本気かどうか、そもそも恋愛的な意味を含んでいるのかどうかも怪しい。 「別にそれだけじゃないけどな。名無しちゃんはとってもイイ子だよ。……俺にとっては、ね」 含みのある言い方をするあたり、名無しのことを気に入っているというのは事実ではあるのだろう。 それが嘘ではないとしても、どうせ何か裏があるのだろうが。この男の中には別の思惑があるに違いない。 「つまり旦那は穴の奥までずっぽりハメたつもりが、逆にハマっちゃったってこと?だっさ」 「お前ほんとさあ、その口縫い付けてやろうか。俺、下品な人間嫌いなんだけど」 「はぇー!?言うわねえ!じゃあこっちはその綺麗な顔をちょん切ってあたし専用の便器にでもしようかなぁ〜」 「二度と喋れないように喉笛かっ切ってやろうか?ああ?」 怖い。とてつもなく怖い。 軽口の応酬からいつ本気の殺し合いに発展してもおかしくない状況に、周囲の黒服達は戦慄した。 マフィアのボス同士が顔を合わせればいつもこうだ。 特別世話になった相手や元々親友同士という関係でもない限り、基本的に仲が悪いので仕方ないのだが、互いの部下達は気が気でない。全員神妙な顔で黙っているが、冷や汗をかきまくりだ。 この二人は何がきっかけでサドゲージに点火するか分からず、口喧嘩の内容を本気でやりかねないのだから恐ろしい。 「っていうか、そろそろ名無しちゃんも風呂から出てくるだろうし、本気でいい加減に帰ってくんない?こっちは時間制限があるんで、お邪魔虫に構っている暇はないんです」 「ああ…、何かさっき旦那の部下が馬の用意しに行ったのを見たわ。門限付きで要返却なんだって?」 キングが小耳に挟んだ話によると、役人連中からは最大三時間という条件付きで名無しがこの店に残る許可を得たとのこと。 その間にちゃっかり珠稀は彼女に手出ししていたのだが、どうやら門限だけは律儀に守るつもりがあるらしい。 「残念ねえ。せめてお泊りデートにでも持ち込めたら、洗脳具合が大分違ってくるのに」 「今日はもうあれ以上犯さず許してやる代わりに、どんなに忙しくても一週間以内にまたこの店に顔を出すように約束させた。今後は最低でも月二か月一。それくらいの頻度で必ず俺の顔を視界にねじ込んで、同じことを繰り返してやれば、そのうちこっちの言いなりになるだろう」 珠稀はテーブルの上に置かれた煙草の箱を掴み、一本口に咥えて火を点けた。それから肺いっぱいに煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。 さっきまでの軽薄さは成りをひそめ、いつの間にやら闇組織の首領らしい非情で冷徹な表情を見せていた。 [TOP] ×
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