三國/創作:V 【Under WorldX《後編》】 「俺が君の立場で考えても、あの時はああするのが最善手だったと思うよ。あそこで逆に仲間よりも俺を優先して庇ったら、職務を放棄して色恋に走った単なる色ボケ女にしか見えない。それこそ処罰の対象になるか、要注意人物として厳重に監視される羽目になって、もう二度と俺の元には自由に来られないと思うしね」 「……あれ、は……」 「だから、君の選択は正しかった。そこは褒めてやる。だけどね……」 珠稀の顔付きが変わる。整った眉根を寄せ、鋭い眼差しで名無しを射抜く。 「それはそれ、これはこれ。頭で理解していることと、感情はちょっと別なんだよなあ。俺はさっきの君の行動を目の当たりにして、すごく腹立たしい気分になった。どうして俺じゃなくて、お仲間を選ぶのかなって」 ≪あたし、こう見えて物凄く嫉妬深い上に負けず嫌いなのよ。この世にあたしより上がいるなんて許せない。あなたが今頭に思い浮かべた人達は全部邪魔。だってその順位は、今からあたしが一位を頂くんだもの……≫ 数十分前に知り合いの男が口にした言葉を思い出し、珠稀の唇が不快に歪む。 別に、キングや珠稀だけが特別負けず嫌いな人間という訳ではない。マフィアのボスを務めるような男達は、元来そういった気質の者ばかりなのだ。 珠稀もキングも、呉国内では数本の指に入る闇組織の長である。自分の物を他人に奪われて、ヘラヘラと笑っているような腑抜けではない。 彼らの世界は面子の世界だ。『面子を潰される』『顔に泥を塗られる』のは最も忌むべきものであり、舐められたら終わり。 『もし、素人に喧嘩で負かされたら殺さなきゃいけない』という言葉があるくらい、彼らはプライドの高い生き物である。 自分の所有物が他の人間を優先し、自分以外を選ぶというのなら───黙っているわけにはいかない。 「正直言って、滅茶苦茶不愉快。何で名無しちゃんの一番大事なものが俺じゃないんだよって感じ。俺は君のただ一人のご主人様だと思っていたけど、どうやら違ったみたいだね。がっかりだよ」 「た…、珠稀さん!待って下さいっ。申し訳ありません。私は───…」 「謝って欲しいわけじゃないんだけど?」 「あ……」 珠稀の放つ重苦しい空気に気圧され、名無しは言葉に詰まる。 誤解を解きたいのに、上手く言葉が出てこない。珠稀にかける言葉を見つけられないまま、ただ俯くことしか出来なかった。 「あれが周囲の目を欺くための演技なら仕方ない。……演技ならね」 「……。」 「でも、あの時の君はおそらく本心だった。君は嘘偽りなく、心から俺より他の男を優先させたってことでしょ?それも、とても重大な場面で」 「!……違います!私は決して、そんなつもりでは……!」 「じゃあ、どういうつもりだったわけ?」 珠稀の口調は冷ややかだった。名無しを見つめる双眸は氷の如く冷たく、普段のチャラチャラした彼からは想像もつかないような無表情さで、淡々とした口調で言う。 「ねえ。教えてよ」 「そ、れは……」 「言えないんだ。だったらやっぱり、あれは本物の感情だったって事だよね」 いつになく饒舌な珠稀はそこで一度言葉を切ると、軽く溜息を吐いた。その姿を目にして、名無しの表情が悲しげに歪む。 違うと言いたいのに、言えなかった。 自分はただ、城の皆も珠稀もどちらも大切で、どちらにも傷付いて欲しくなかった。命を失って欲しくなかった。ただそれだけなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。 しかし悔やんでももう遅い。今の彼に何を言っても無駄だということは、火を見るよりも明らかだった。 (どうしよう) 何と弁明すれば良いのか分からず、名無しが唇を噛んだ時だった。珠稀の口から疑問が漏れる。 「……あとさぁ。ポニーテールの男が君のことを『子猫ちゃん』って呼んだよね。あれ、俺的にはすげえ違和感」 酷く軽い口調で問われ、それでもその声はどこまでも冷たくて、名無しは身を固くする。 すると珠稀はそんな彼女の反応を見て、ますます目を細めながら続けた。 「おかしいじゃん。だって君はどっちかっていうと犬でしょう。猫は気まぐれだっていうけれど、俺が欲しいのはそんな生意気な女じゃないし。俺にとっての名無しちゃんは可愛い子犬ちゃんで、俺が呼ぶと喜んで尻尾振りながら寄ってくるはずだったのに、変だよなあ?」 珠稀の指先が名無しの顎を捕らえ、強引に上向かせる。 そうして至近距離から覗き込んだ男の瞳は、まるで底無し沼のように暗く、深く、何も映さない暗黒の闇そのもの。 硬直しているのは名無しだけではなく、壁際に控えている黒服達も同様だった。 間近で感じる主人の静かな怒気にあてられて、全員鳥肌が立っている。 あんなに怖そうな顔をした男も、屈強な肉体を持つ背の高い男も、声を発するどころか1ミリたりとも動けない。さっきから、ずっと。 「ね、名無しちゃん。困ったなあ。俺に会いにくるまでの期間がちょっと空きすぎて、ご主人様の顔を忘れちゃったのかな?」 「珠、稀、さ……」 ゾクゾクする。怖い。怖くて、たまらない。 今すぐここから逃げ出したい。でも、逃げられない。 何故なら、名無しは知っているからだ。珠稀という人間が、どれだけ恐ろしい男なのか。 ここで逃げ出せばどのような仕打ちを受けるか分からないし、そもそも逃がしてくれるなんて思えない。 「ごめ…ん、な、さ……っ」 震える声で謝罪の言葉を口にすれば、途端に珠稀の表情が和らぐ。 「いいよ、いいよ。そんなの、俺に謝らないでよ。本来なら許されない事だけど、名無しちゃんはまだまだ小さなワンちゃんだから仕方ないんだもん。俺、大目に見ちゃう。ねっ?」 珠稀は名無しの頭を優しく撫で、髪に指を絡めて弄ぶ。 その手つきとは裏腹に、彼の瞳に宿る光は依然として冷たいままで、むしろより一層輝きを増しているような気さえする。 「でもやっぱり躾け直しは必要だよねえ〜。こうしている間に残り時間もどんどん減っていっちゃうし、とりあえずベッドに移動してくれる?」 珠稀の手がするりと下りてきて、太腿から脇腹の辺りをなぞるように撫で上げた。 ぞわっとした感覚が背筋を駆け抜けていき、思わず身震いする。 抵抗などできるはずもない。 今の名無しには、最愛の飼い主の命令に従う以外の選択肢は与えられていないのだから。 珠稀に手を引かれるまま、名無しはベッドへと移動した。 そしてそのまま押し倒される形で組み敷かれると、上から覆い被さるようにして顔を覗き込まれる。 その瞳は相変わらず冷え切っていて、何を考えているのか読み取れない。 それが恐ろしくて名無しは堪らず目を逸らそうとしたのだが、それを察したらしい彼に顎を掴まれ、容易く阻止されてしまう。 それどころか逆にぐいっと顔を近付けられてしまい、吐息がかかるほどの距離にまで迫られた。 「脱ぎな」 たった一言告げられた命令に、名無しの肩が大きく跳ねる。 拒否出来るものなら拒否したいが、拒否権はない。込み上げる羞恥で頬を染めたまま、命令通りに服を脱ぎ始めるしかなかった。 一枚ずつ丁寧に脱いでいき、下着姿になったところで手を止めると、すかさず次の指示が飛んでくる。 [TOP] ×
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