三國/創作:V 【Under WorldX《後編》】 それでも平気なのだとしたら、意識するのは一瞬のことで、そうなった時点で直ちに彼女の中にある自動防衛装置が起動され、その感情を『あってはならないもの』と認識して封印してしまうのかもしれない。 女性の身でありながら、男性特有の『賢者タイム』所持者であり、適時発動させて性欲や煩悩を打ち消すことが出来る女。なんて恐ろしい。 「あの…、珠稀さん…?本当に、どうかなさったのですか?」 ハァァァーッと盛大な溜息を漏らし、頭を抱え込む珠稀の姿を捉え、名無しは心配そうに声をかける。 珠稀にとって都合が悪いのは、彼女のスキルが城の人間だけでなく、珠稀にももれなく適用されてしまう点だった。 類まれな美男子で、女性にモテモテのハイスペ要素は彼の武器の一つとも言える物なのに、そのせいで逆に名無しの防御システムが起動してしまうとは、なんという皮肉。 自分達のような男には、名無しみたいなタイプは生物学上の天敵と言える。モテ男である限り、倒しようがないではないか。 珠稀はしばらくの間考え込み、額の前で手を組んでいたが、今度は突然ガバッと顔を上げて、晴れ晴れとした顔付きで名無しを見返す。 「大丈夫。超納得できたし気分爽快だわ」 「そ、そうなのですか?」 「あースッキリした。やっと合点がいったぜ。つまり、俺が君に苦戦してなかなか落とせなかったのは、俺に何か足りない点があるとか、俺のテクが不足しているとか、そういう理由じゃなかったってわけだよね。むしろ俺の顔が良くて、体も良くて、背も高くて、運動神経も良くて、金持ちで、喧嘩も強くて、セックスが抜群に上手くてチンコもでかい、国宝級の超絶イケメンなのがいけなかったってことだよね!?」 「ええと……。珠稀さん……?」 前向きが鉄壁。自らの魅力の高さを露程にも疑わず、ついでに名無しの好みがおかしいと言わんばかりに結構失礼な事を口にしている自覚もない。 急変した珠稀のテンションの高さについて行けず、名無しはポカンとした表情で彼を見つめた。 そんな名無しの様子など気に留めず、珠稀は早口で捲くし立てる。 「俺の一体どこが悪いんだ、こんなにいい男なのに!?って今まで地味に悩んでいたのが馬鹿みたいだわ。俄然燃えて来たぜ」 「はい……?」 「あーもう、こうなったら意地でも落としたくなるじゃん。俺、女の子を口説いて失敗した事なんて一度もなかったのに、全然悔しくないから。むしろ楽しくなってきたから。名無しちゃんのせいで新しい性癖の扉が開かれそうになったらどうしよう……!」 「ちょっ…、ちょっと、珠稀さん!」 何やら不穏な空気を感じ取り、『まずい』と思った時には既に遅かった。 珠稀は名無しの手を掴んでグイッと引き寄せ、強引に自分の隣に座らせた。そしてそのまま彼女を抱き締め、逞しい腕の中に閉じ込める。 「きゃ……、珠稀さ……っ!」 「名無しちゃんってば、ほんっとに罪作りな女だなぁ。そういうところもいいんだけどね」 「あ……、あの……、私……」 「とりあえず今は、俺だけを見て?」 「……っ」 耳元で囁かれる甘い声音。 珠稀の腕に抱き留められ、彼の匂いに包まれて、彼から与えられる温もりと重みを感じる。 ドクンドクンという心臓の音はどちらのものなのか。それすら分からないほど密着した状態で、彼に抱きしめられるという現実に脳が追いつかない。 名無しがパニック状態に陥っている最中に、珠稀の手が頬に添えられ、そのまま顔を持ち上げられる。 「さ、お喋りはもう終わり。ここからは、俺と君がもっと仲良くなる為の時間」 「た…、珠稀さん…!離してくださいっ。私、そんなつもりじゃ…」 「えー?それはさすがに通用しないでしょ。じゃあなんでこんな状況になってんの。他の男を全員返して君だけこの店に残るってことは、普通にお持ち帰り案件だよね。俺の部屋に一人で来たってことは、普通に合意の上だよね?」 「違います!そ…、そんなことより珠稀さん、何か大事なお話があったのではないですか!?」 男の厚い胸板に両手を添え、全力で押し返しながら名無しは必死に抵抗する。しかし当然ながら、女性の腕力で彼に勝てるはずもなく、珠稀はビクともしない。 「何だったかなあ」 「何って…、私の仲間の前で宣言されていたじゃないですか。私達にとっても有益な情報を提供してくださると……」 名無しの問いに、男はわざとらしく首を傾げてみせた。 「んん…、そうだっけ?」 「そうですよ!だからこそ、私は……」 「あんなのは、ただの嘘」 「!?」 あっさりと暴露された衝撃の事実。珠稀の発言を受け、名無しの動きが停止する。 まさかの返答に呆然とする彼女の様子に、珠稀は満足そうに笑う。 「だってああでも言わないと、君と二人っきりになるのは難しそうだったし。嘘も方便ってやつですよ〜」 「そ、そんな……。で、でしたら、私は直ちにお暇しなければなりません。珠稀さんからお話を伺うという条件で、こちらに残っているのです。もしそれが偽りだったとすれば、みんながどれだけ怒るか…。それに、珠稀さんのお立場もきっと悪くなってしまいます!」 動揺を隠しきれないまま、名無しは懸命に食い下がる。 珠稀が約束を守るつもりがないのなら、彼の店に居続けることは出来ない。 これ以上仲間の怒りの矛先が彼に向かわずに済むようにこの場から急いで立ち去るべきだし、今すぐにでも行動に移るべきだ。 だが珠稀はそんな彼女の不安を一蹴するように、飄々とした口調で言い放つ。 「まあ確かにねえ。名無しちゃんのお仲間とまた揉めるのも、そのせいで君がこの店に来られなくなって会えなくなるのも面倒だ。どうしてもっていうのなら、適当なネタを何個か教えてあげてもいいよ」 「え…」 「元々、お上が欲しがったり喜びそうなネタはそれなりに持っているしね〜。俺に害のない範囲で、お役人の反応が良さそうなやつを選んであげるよ。話だけじゃ不十分だっていうのなら、特別に資料もお土産に渡してやってもいい」 瞬きする名無しの瞳に、笑う男の顔が映る。 彼の話を聞いて、名無しは幾分心が楽になった。一時はどうなる事かと焦ったものの、それなら何とかなりそうだ。 「本当ですか?ああ、良かった…。ありがとうございます、珠稀さん!」 心から嬉しそうに破顔する名無しとは対照的に、どこか含みのある笑みが男の口元に浮かぶ。 「……そう言えば。大事な話で思い出したけど、俺も君に言いたいことがあるんだよ」 突然珠稀の声音が少し低くなり、表情も険しくなった。 軽いノリから一転、珠稀は名無しをジッと見つめ、まるで睨むような視線を向ける。 「俺とお役人のお兄ちゃん達が戦っていたのを止めに入った際、君は俺よりお仲間の事を庇ったよね」 先程までの気安い雰囲気とは違う、言い訳無用の威圧感。その迫力に圧倒され、名無しは肝を冷やす。 「覚えてる?っていうか、忘れたとは言わせない」 つい先刻の出来事なので、忘れるわけがない。 室内に踏み込んだ時、珠稀と見知った顔の人々の姿が視界に飛び込んできた。室内の惨状から激しい戦闘が繰り広げていたのを悟り、自分は周瑜の前に割り込んで彼を守る盾となった。 咄嵯の判断とはいえ、総合的な面からすれば、あの選択は決して間違いではなかったと思っている。 [TOP] ×
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