三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Another worldW】
 




二人の会話が終わらぬ内に、陸将軍がクルリと身を翻して俺に突っ込んできた。

地上の獲物に狙いを定めて勢いよく滑空してくる鷲や鷹のように、俺の頭上めがけて一直線に落下する。


「く…っ。眩し……」


僅かな雲の切れ間から、丁度彼の身体を覆い隠すように太陽の光が降り注ぐ。

完全に逆光状態になってしまって、彼の攻撃の軌道が読み取れない。


バァンッ。


ドドドッ。


気が付いた時には何かが潰れるような、そして連続で打ち込まれるような大きな音と共に重い衝撃が俺の臓腑に走り、強い力で弾かれた俺は勢いよく後方に吹っ飛んだ。

自分の身に何が起こったのかは全く理解が出来ていなかったのだが、彼の攻撃を防ぎきれなかったのだという事と、自分が負けてしまったという事だけは理解が出来た。

「ぐ…。か…はっ…」

あの一瞬で、一発だけではない、きっと数発の攻撃が俺の身体に入っている。

体中のあちらこちらから走る鈍い痛みに耐えかねて思い切り咳き込むと、陸将軍の双剣が俺の喉と心臓の二カ所にピタリと当てられた。

「最後になりましたが、相手に確実なとどめを刺すときは、喉を切るか────心臓を刺します。腹部も急所の一部ではありますが、傷が浅い場合は相手の命が助かる事もありますので」

完敗だった。

陸将軍は体中を襲う激痛になかなか起きあがれずにいる俺を横目に、さっさと自分の借りた模造刀を元の位置に返却すると、『大丈夫ですか?』と普段の調子で労いの声をかけてくれる。

大丈夫です、と返事をして緩慢な動作でなんとか上体を起こしてみると、甘将軍が腕組みをしたままの格好で俺の側まで歩いてきた。

野生の獣を思わせる鋭い両目で俺の姿を見下ろすと、低く張りのある声で俺の頭上から言葉を降らす。

「男が地面に背中を付けていい時は、相手に『降参』する時だけだぜ。それ以外はボケッと空なんか見てんじゃねえぞ。分かったらさっさと起きろ」
「はい…。め、面目ありません……」

よろめきながら懸命に立ち上がって周囲の様子を見てみると、さっきまでヘラヘラ笑っていた凌将軍が真面目な顔付きでじっとこちらを見ている。

「今のを御覧になって、正直どう思われました?凌統殿。よろしければ甘寧殿のご意見も伺いたいのですが」

衣裳についた埃をパンパンッと片手で叩いて払い除けながら、陸将軍が低い声で問い掛けた。


彼の質問を受けた凌将軍は『本当に正直な感想でいいのかい?』と陸将軍に事前に一言尋ねると、体操座りの体勢を崩してあぐらを組み直し、けだるい所作で頬杖をついて口火を切った。


「この子、これ以上はどうやっても伸びないよ。きっと」
「……!!」
「───今のままではね」


辛辣な意見を述べられて、俺は大げさな程の渋面を顔に作っていた。

彼の言葉に緊張して全身を強ばらせている俺の横顔を、陸将軍が黙ったまま目で追ってくる。

「……そう言うと思いました」

フウッ…、と深い溜息を吐き出す陸将軍の台詞からは、凌将軍の感想がすでに彼の中では想定の範囲内だったという事が見て取れる。

品定めでもしているような彼らの視線に改めて自分の力量不足と腑甲斐なさを痛感し、俺は情けなさで口をつぐんで俯いていた。


「暴力を、崇拝しろ」


それまで黙って他の二人の意見を聞いていた甘将軍が、憮然とした表情で付け加える。

彼の口から零れ出た言葉の意外さに、俺は驚いてまじまじと甘将軍の顔を見上げていた。

「なぜ…そんな事を仰るのですか。どうして暴力を崇拝しなければならないのですかっ」
「弱いクセにガタガタ抜かしてんじゃねえよ。崇拝しろっつったら崇拝しろ。上司の命令は黙って素直に聞くもんだ」
「ぼっ…暴力は良くない事ですっ。俺は幼い頃より両親からそう教わって育ってきました。だから俺は、そんな物を崇拝なんてしたくありません…!」
「何で暴力を崇拝しなきゃならねえのか、その理由を崇拝しろ。お前は力が欲しくねえのか。さらなる力を望まねえのか?」
「!!力を…望む…?」


────力が欲しい。


つい先日、確かに俺は内心そんな事を考えていた。

さらなる強大な力を、心の底から真剣な思いで求めていた。

そんな俺の心を全てまるっと見透かしているかの如く、甘将軍が言葉の続きを紡ぐ。

「どうしても越えたい壁があるとか、近づきたい物があるとか、命を懸けてでも守りたい物があるとか。理由は何でもいい。お前が今よりも強大な力を身につけたいと思う理由を尊重しろ。暴力を求める、根源的な理由を崇拝しろ」
「でも…。いくらまっとうな理由だとしても、それは欺瞞ではないのですか?だからといって、暴力を求める動機を正当化するなんて事は……」
「じゃあお前は自分の好きな女がタチの悪い野郎共に囲まれて、散々酷い目に合わされて、何人もの男達からよってたかってレイプされている現場を見ても、『やめて下さい!!暴力は反対です。平和的に話し合いで解決しましょう!!』……なんて言うつもりかよ?」
「……あっ……」

俺に対して顎をしゃくり、甘将軍はそこで一旦話を切った。

究極の質問を浴びせられた俺は何と回答してよいのか分からずに、反射的にゴクリと喉を鳴らして唾を飲む。

「自分に力が無いせいで、そいつらを全員ブチのめしてやる為の喧嘩一つ満足に出来ないせいで、好きな女は助からねえ。大事な女がオモチャみてえに扱われて、血と涙を流しながら必死の思いで自分に助けを求めていても、出来る事はせいぜい指をくわえてそんな女の姿をそいつらと一緒に鑑賞するだけだ」
「……甘将軍……」
「いいか秦。世の中は綺麗事ばっかりで回っているんじゃねえんだよ。『善良な一般市民』の語る理想論だけで安易に物事を考えて、知った風な口を聞くんじゃねえって事が俺は言いてえんだよ」
「……。」
「力の無い正義は、場合によっては悪でしかねーよ。口ばっかりで何の役にも立たない。正義にならねえ」

ぞっとするような冷酷な双眼のまま、甘将軍が俺の足元へと苦々しげな口調で唾棄する。

今までずっと心の奥底に押し込めて、包み隠そうとしていた激しい憤怒と憎悪の感情が、耐え切れずに彼の体外へと放出されていくようだ。


詳しい事情は知らないが、甘将軍の過去になにか力を求めるような出来事があったとでもいうのだろうか?


[TOP]
×